72 / 106
第二章 辺境の村~7歳~
67 ナイフとマフラー
しおりを挟む
新年は色々と行事がある。
風の月の五日目は、今年最初の土の日。
この日はドワーフ族の仕事始めという話を聞いて、僕は鍛冶場にお邪魔した。
軽い気持ちで「見てみたい」なんて言ったけど、ドワーフ族には特別な儀式らしい。
鍛冶炉の熱気で顔が火照る。
真剣な表情のロンさんとレンがリズムよく魔鋼鉄に金槌を打つと、明々と燃えた鋼は高い音を響かせて暗闇に火花を散らした。
前世、関市で正月二日に『古式日本刀鍛練打ち初め式』を見たことを思い出す。
暗い鍛冶場に舞い上がる火の粉は、羽が生えた小さな精霊たちが飛び交っているように見えて、とても幻想的な光景だった。
戦いと鍛冶を司る火の女神イグニビスカ様と、古来ドワーフ族の主神であり豊穣と物作り、酒や料理を司る土の女神ノームマルド様。
ロンさんとレンは、この二柱の女神様に奉じるためのナイフとスプーンを作った。
そして儀式が終わると、レンは作ったナイフを真新しい鞘に入れて僕に差し出してきた。
「え? これ僕がもらっちゃっていいの?」
「うん。ハルト様、三日がお誕生日だったでしょ? アルダン様たちは、お誕生日になるとプレゼントをもらっていたから」
本当に驚いた。
自分の誕生日を忘れていたわけじゃないけど、わが家は貧しかったり、みんな忙しかったりしてお祝いなんてしたことなかったから。
何もしないのが当たり前だったんだ。
それがまさかレンからこんなサプライズを受けるとは。きっと僕のために革製の鞘も作ってくれたんだろう。驚きのあまり涙が出てきた。
ナイフを受け取った僕は、気恥ずかしそうなレンを強く抱き締める。
「ありがとう、ありがとうレン! 父さんはレンの成長が嬉しいよ。ありがとう!」
「ハルト様はボクのお父さんじゃないよ!」
「そういう気持ちなんだからいいじゃん」
「やだよう」
そんな僕とレンの様子を見ていたロンさんが、がははと豪快に笑う。
「良かったじゃねぇか、レン」
「うん」
「ハルト様、そのナイフは解体用だがいい出来だ。大事に使ってやってくれ」
「はい。ロンさんもありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
そっかー、あのレンがなあ。
お返しをしなきゃ、とレンの誕生日を聞くと土の月の三十五日らしい。美味しい食べ物じゃあ、お手軽すぎるかな。何がいいだろう? 時間はあるからじっくり考えよう。
儀式が終わると、鍛冶場には続々と村人たちがやって来て、冬の間に修理を済ませておきたい鍬や大鎌などの農具を置いていく。
レンはこれから仕事があるというので、僕は大事にナイフを抱えて屋敷へ戻ってきた。
「ただいま、フィーネ」
暖炉の前にはフィーネがいて、器用にくるくるとスピンドルを回して羊毛を紡いでいた。帰ってきた僕に気づいて立ち上がる。
「お帰りなさいませ、ハルト様。ふふ、レンは無事にプレゼントを渡せたみたいですね」
「フィーネは知ってたの?」
「はい。ハルト様にはいつも驚かされていますからね。たまには私たちが驚かせようと、レンと相談して黙っていました」
そうだったのか、全然気がつかなかった。
「ですから私からも。マフラーを編んだので受け取ってくださいますか?」
フィーネは毛糸の入った箱から白いマフラーを取り出して、僕の首に巻いてくれた。
寒風で冷えた頬を手編みのマフラーに埋めると、彼女と同じ花の香りがする。
「お誕生日、おめでとうございます」
これ以上優しくされると泣いちゃう。
ここでは編み物をするにも、羊毛を紡いで毛糸を作るところから始めなきゃならない。糸一本を作るのもとても手間がかかるんだ。
「ありがとうフィーネ。すごく嬉しいよ」
「ハルト様に喜んでいただけて良かったです。驚かれましたか?」
「うん、すごく驚いた」
「ふふふ、やりました」
目を細めて嬉しそうに笑うフィーネ。
負けたみたいでちょっと悔しい。
「やられたよ。お返しをしたいから、フィーネの誕生日を教えて欲しいな」
少し口を尖らせてそう言うと、フィーネは気まずそうに目を逸らした。
「ごめん、聞いちゃまずかったかな?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。その、明日なんです」
「え、明日? 本当に?」
「はい。だからお返しとか、そんなことは気になさらないでください。私はハルト様に喜んでいただければそれで幸せですから」
そんなことを言われても「じゃあ、いいか」なんて納得できないわけで。
何かないかと誕生日プレゼントを考えた。
でも、翌日までに気の利いた物を用意できるはずもなく。その日は子供たち四人のいつものお茶会で誕生日のお祝いをした。
フィーネはイチゴのショートケーキをとても喜んでくれたけど、少し遅くなっても何か喜んでもらえるものをプレゼントしよう。
そう考えて一つ挑戦してみることにした。
風の月の五日目は、今年最初の土の日。
この日はドワーフ族の仕事始めという話を聞いて、僕は鍛冶場にお邪魔した。
軽い気持ちで「見てみたい」なんて言ったけど、ドワーフ族には特別な儀式らしい。
鍛冶炉の熱気で顔が火照る。
真剣な表情のロンさんとレンがリズムよく魔鋼鉄に金槌を打つと、明々と燃えた鋼は高い音を響かせて暗闇に火花を散らした。
前世、関市で正月二日に『古式日本刀鍛練打ち初め式』を見たことを思い出す。
暗い鍛冶場に舞い上がる火の粉は、羽が生えた小さな精霊たちが飛び交っているように見えて、とても幻想的な光景だった。
戦いと鍛冶を司る火の女神イグニビスカ様と、古来ドワーフ族の主神であり豊穣と物作り、酒や料理を司る土の女神ノームマルド様。
ロンさんとレンは、この二柱の女神様に奉じるためのナイフとスプーンを作った。
そして儀式が終わると、レンは作ったナイフを真新しい鞘に入れて僕に差し出してきた。
「え? これ僕がもらっちゃっていいの?」
「うん。ハルト様、三日がお誕生日だったでしょ? アルダン様たちは、お誕生日になるとプレゼントをもらっていたから」
本当に驚いた。
自分の誕生日を忘れていたわけじゃないけど、わが家は貧しかったり、みんな忙しかったりしてお祝いなんてしたことなかったから。
何もしないのが当たり前だったんだ。
それがまさかレンからこんなサプライズを受けるとは。きっと僕のために革製の鞘も作ってくれたんだろう。驚きのあまり涙が出てきた。
ナイフを受け取った僕は、気恥ずかしそうなレンを強く抱き締める。
「ありがとう、ありがとうレン! 父さんはレンの成長が嬉しいよ。ありがとう!」
「ハルト様はボクのお父さんじゃないよ!」
「そういう気持ちなんだからいいじゃん」
「やだよう」
そんな僕とレンの様子を見ていたロンさんが、がははと豪快に笑う。
「良かったじゃねぇか、レン」
「うん」
「ハルト様、そのナイフは解体用だがいい出来だ。大事に使ってやってくれ」
「はい。ロンさんもありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
そっかー、あのレンがなあ。
お返しをしなきゃ、とレンの誕生日を聞くと土の月の三十五日らしい。美味しい食べ物じゃあ、お手軽すぎるかな。何がいいだろう? 時間はあるからじっくり考えよう。
儀式が終わると、鍛冶場には続々と村人たちがやって来て、冬の間に修理を済ませておきたい鍬や大鎌などの農具を置いていく。
レンはこれから仕事があるというので、僕は大事にナイフを抱えて屋敷へ戻ってきた。
「ただいま、フィーネ」
暖炉の前にはフィーネがいて、器用にくるくるとスピンドルを回して羊毛を紡いでいた。帰ってきた僕に気づいて立ち上がる。
「お帰りなさいませ、ハルト様。ふふ、レンは無事にプレゼントを渡せたみたいですね」
「フィーネは知ってたの?」
「はい。ハルト様にはいつも驚かされていますからね。たまには私たちが驚かせようと、レンと相談して黙っていました」
そうだったのか、全然気がつかなかった。
「ですから私からも。マフラーを編んだので受け取ってくださいますか?」
フィーネは毛糸の入った箱から白いマフラーを取り出して、僕の首に巻いてくれた。
寒風で冷えた頬を手編みのマフラーに埋めると、彼女と同じ花の香りがする。
「お誕生日、おめでとうございます」
これ以上優しくされると泣いちゃう。
ここでは編み物をするにも、羊毛を紡いで毛糸を作るところから始めなきゃならない。糸一本を作るのもとても手間がかかるんだ。
「ありがとうフィーネ。すごく嬉しいよ」
「ハルト様に喜んでいただけて良かったです。驚かれましたか?」
「うん、すごく驚いた」
「ふふふ、やりました」
目を細めて嬉しそうに笑うフィーネ。
負けたみたいでちょっと悔しい。
「やられたよ。お返しをしたいから、フィーネの誕生日を教えて欲しいな」
少し口を尖らせてそう言うと、フィーネは気まずそうに目を逸らした。
「ごめん、聞いちゃまずかったかな?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。その、明日なんです」
「え、明日? 本当に?」
「はい。だからお返しとか、そんなことは気になさらないでください。私はハルト様に喜んでいただければそれで幸せですから」
そんなことを言われても「じゃあ、いいか」なんて納得できないわけで。
何かないかと誕生日プレゼントを考えた。
でも、翌日までに気の利いた物を用意できるはずもなく。その日は子供たち四人のいつものお茶会で誕生日のお祝いをした。
フィーネはイチゴのショートケーキをとても喜んでくれたけど、少し遅くなっても何か喜んでもらえるものをプレゼントしよう。
そう考えて一つ挑戦してみることにした。
35
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
死に戻りぽっちゃり双子、悪役お姉様を味方につける。
清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。
たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。
神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。
悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜
四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」
ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。
竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。
そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。
それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。
その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた!
『ママ! 早く僕を産んでよ!』
「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」
お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない!
それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――!
これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。
設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる