異世界の猫は悪役令嬢に恋をする

N.R

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リラ・フィオナ・グランベルの想い

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帝国から使者が来る――。
その知らせを聞いた時、リラの胸の奥に走ったのは“驚き”でも、“不安”でもなかった。
ただ、冷たい“覚悟”だった。

(早いわね。予想より……ずっと)

縁談が決まってから、わずか数日。
婚約破棄からの、断罪、そして表向きの祝福劇――すべてを終えたばかりのリラに、猶予など与えられていなかった。

(都合のいい女。駒として扱いやすくなった“元王子の婚約者”。そういうことね)

そう理解しても、リラの表情は変わらない。
屋敷の鏡に映るのは、いつも通りの整った微笑。
完璧なメイク、完璧な言葉遣い、完璧な礼節。


だけど、その仮面の内側にあるものは、誰にも知られない。

(彼らは、私がどれだけ努力したかなんて知らない)

十四歳で学園に入学してから、毎日を磨くことに費やした。
いや、入学前から、それこそ物心ついた時からか。
ドレスの着こなし、舞踏のステップ、完璧な所作。
それだけじゃない。魔法も、剣も、人並以上に鍛えた。

「王子の隣に立つ者として、ふさわしくなければならない」
そう言われ続けた。

王族に選ばれるのは、名家の娘として当然。
その“当然”を裏切られたことが、悔しくないわけがない。

(でも、悔しさだけじゃない)

それだけなら、怒りに燃えるだけで済む。

でも――
彼らに選ばれなかった“私”に対して、
「やっぱりどこか足りなかったんじゃない?」
「本当にリラ様は潔白だったのかしら?」
そんな、澱んだ声が世間にはびこる。

(私は……失敗作の人形なの?)

リラは、月を見上げる。
そうしていると、自分が感情を持たない何かのように思えてくる。

でも、彼は違った。

足元に寄り添う、銀の猫。
シエル――彼だけは、なにも言わず、なにも押しつけず、ただそこにいる。

黙っているのに、なぜか通じているような気がする。
弱さも、怒りも、虚しさも。
彼の柔らかな毛に触れるたび、それが少しずつ溶けていく。

(この猫……本当に、ただの猫じゃないわ)

けれどそれでいい。
何者かを問うことは、いまのリラにとって意味がない。

“信じられる”という事実こそが、唯一の救いだった。

(ありがとう、シエル)

その言葉を、彼に向かって口にすることはなかった。
けれど、仮面の裏にある心が――、ほんの少しだけ、やわらかくなる。

 

そして翌朝。

帝国からの使者、アルノルト・ヴァレンティーニと対面したとき、リラは思った。

(この男、私を“人形”として扱うか、それとも“女”として見るか)

そのどちらでもないなら、まだ見所があるかもしれない。

けれど――もし“試す”ような目を向けるのなら。

(その目の光、忘れないで。私は、ただの駒ではない)

涼やかに笑って、リラは迎えた。
シエルが足元にいてくれるその安心感を、心の中で小さく抱きしめながら。
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