18 / 79
咲
咲①
しおりを挟む
「これ、うちで採れた野菜」
沼津は大きな葉を広げた数本の大根を箱に入れたまま玄関の床へ置くと今度は腕に提げた紙袋を渡した。
「あと、ちょっとだけど菓子もね。ほら、あんたとこ来た子に」
「ありがとうございます、気を遣ってもらって」
原多重子(はらたえこ)は短い白髪混じりの横髪を耳にかけると淑やかに頭を下げた。
沼津はその場で中の様子を覗うように目を動かした。
「沼津さん久しぶりですね、元気してましたか?」
「あー、そうだな。腰がちょっと痛かったもんだからな」
ばつが悪くなって沼津は手を後ろにまわすと玄関の扉を開けて帰る素振りを見せた。
「その子によろしく言うといてね」
「わかりました」
扉が閉まって静かになると、多重子は薄ら笑いを浮かべた。
「遠慮せんとたくさん食べるんよ」
低い食卓に様々な食器が並び、料理が盛られている。
原由雄(はらよしお)は既に箸を持ち自分の皿におかずを取りはじめている。
「来週から学校やし、しっかり食べて勉強頑張らんとね」
微笑みかける多重子をじっと見て、拓人は小さく「いただきます」と言った。
テレビは消えており、ただ黙々と食事をする多重子と由雄の顔を気付かれない程度に見ながら茶碗の米がなくなるまで食べた。
由雄は拓人に目を合わせることもなく、ひたすら料理を口に運んで時々湯呑の茶を啜った。食事が終わった後も言葉を交わさない老夫婦を見ていて拓人は自分がどう思われているのか気になった。
「お風呂入りなさい」
多重子に連れられて風呂場へ行くと、荷物に入れていた自分の服が既においてあった。
「脱いだ服はここの籠に入れなさいね」
「はい」
多重子は去り、拓人は1人になったことで息を楽にして風呂へ入った。
拓人が一時保護施設に入ってから2ヶ月が経とうとした頃、突然多重子が現れた。
拓人が保護された当初、父方、母方どちらにも連絡のつく親戚はいないという話だった。そのため拓人には児童養護施設へ入所する手続きがなされ、健司は精神疾患が短期間で回復する見込みがないために成年後見人をつける流れとなっていた。ところが、拓人の通う学校に多重子が訪ねてきて祖母だと言った。担任の林は役所に連絡をし、幾度の面会を終えて拓人は多重子の家に引き取られることとなった。多重子はこれまで付き合いがなかったことについて健司が一方的に連絡を絶ったため疎遠になってしまっていたと主張した。また、過去に健司が精神疾患を患っていたことを多重子は知っており、実家の高知でともに暮らしていた時から度々様子がおかしくなることがあり心配していたと話した。
拓人は風呂から上がり、自分の部屋として与えられた四畳一間の小さな和室に入ると薄暗い明かりの下でリュックから写真を取り出した。
一時保護施設から出る際、預けられていた荷物はすべてリュックに詰められ渡された。母めぐみと家の前で撮った写真、不器用に伸びたひまわりが懐かしく、カメラを構えて地面に尻餅をついた曽根明美の笑い声を思い出した。
沼津は大きな葉を広げた数本の大根を箱に入れたまま玄関の床へ置くと今度は腕に提げた紙袋を渡した。
「あと、ちょっとだけど菓子もね。ほら、あんたとこ来た子に」
「ありがとうございます、気を遣ってもらって」
原多重子(はらたえこ)は短い白髪混じりの横髪を耳にかけると淑やかに頭を下げた。
沼津はその場で中の様子を覗うように目を動かした。
「沼津さん久しぶりですね、元気してましたか?」
「あー、そうだな。腰がちょっと痛かったもんだからな」
ばつが悪くなって沼津は手を後ろにまわすと玄関の扉を開けて帰る素振りを見せた。
「その子によろしく言うといてね」
「わかりました」
扉が閉まって静かになると、多重子は薄ら笑いを浮かべた。
「遠慮せんとたくさん食べるんよ」
低い食卓に様々な食器が並び、料理が盛られている。
原由雄(はらよしお)は既に箸を持ち自分の皿におかずを取りはじめている。
「来週から学校やし、しっかり食べて勉強頑張らんとね」
微笑みかける多重子をじっと見て、拓人は小さく「いただきます」と言った。
テレビは消えており、ただ黙々と食事をする多重子と由雄の顔を気付かれない程度に見ながら茶碗の米がなくなるまで食べた。
由雄は拓人に目を合わせることもなく、ひたすら料理を口に運んで時々湯呑の茶を啜った。食事が終わった後も言葉を交わさない老夫婦を見ていて拓人は自分がどう思われているのか気になった。
「お風呂入りなさい」
多重子に連れられて風呂場へ行くと、荷物に入れていた自分の服が既においてあった。
「脱いだ服はここの籠に入れなさいね」
「はい」
多重子は去り、拓人は1人になったことで息を楽にして風呂へ入った。
拓人が一時保護施設に入ってから2ヶ月が経とうとした頃、突然多重子が現れた。
拓人が保護された当初、父方、母方どちらにも連絡のつく親戚はいないという話だった。そのため拓人には児童養護施設へ入所する手続きがなされ、健司は精神疾患が短期間で回復する見込みがないために成年後見人をつける流れとなっていた。ところが、拓人の通う学校に多重子が訪ねてきて祖母だと言った。担任の林は役所に連絡をし、幾度の面会を終えて拓人は多重子の家に引き取られることとなった。多重子はこれまで付き合いがなかったことについて健司が一方的に連絡を絶ったため疎遠になってしまっていたと主張した。また、過去に健司が精神疾患を患っていたことを多重子は知っており、実家の高知でともに暮らしていた時から度々様子がおかしくなることがあり心配していたと話した。
拓人は風呂から上がり、自分の部屋として与えられた四畳一間の小さな和室に入ると薄暗い明かりの下でリュックから写真を取り出した。
一時保護施設から出る際、預けられていた荷物はすべてリュックに詰められ渡された。母めぐみと家の前で撮った写真、不器用に伸びたひまわりが懐かしく、カメラを構えて地面に尻餅をついた曽根明美の笑い声を思い出した。
0
あなたにおすすめの小説
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
【完結】身代わりとなります
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
レイチェルは素行不良の令嬢として悪名を轟かせている。しかし、それはレイチェルが無知ゆえにいつも失態をしていたためで本人には悪意はなかった。
レイチェルは家族に顧みられず誰からも貴族のルールを教えてもらわずに育ったのだ。
そんなレイチェルに婚約者ができた。
侯爵令息のダニエルだ。
彼は誠実でレイチェルの置かれている状況を知り、マナー講師を招いたり、ドレスを作ってくれたりした。
はじめは貴族然としている婚約者に反発していたレイチェルだったがいつのまにか彼の優しさに惹かれるようになった。
彼のレイチェルへの想いが同情であっても。
彼がレイチェルではない人を愛していても。
そんな時、彼の想い人である隣国の伯爵令嬢フィオラの国で革命が起き、彼女は隣国の貴族として処刑されることが決まった。
そして、さまざまな思惑が交錯する中、レイチェルは一つの決断を下し・・・
*過去と未来が行ったり来たりしながら進行する書き方にチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる