30 / 79
咲
咲⑬
しおりを挟む
「毎日お前がそんな顔しとったら近所がどう思う?」
多重子は頬を二、三強く揺すると手を離した。
「周りに誤解されるようなことするな。あと、誰かに家のこと聞かれてもいらんこと言うなよ」
そう言うと多重子は去っていった。拓人は頬に残る感触を早く拭いたくて洗面所の水で顔を洗った。それからいつもの掃除を始めた。
拓人は全てを終えると休むことなく宿題を始めた。昨日と違ってよく捗る。何があっても咲がいれば耐えられる。気が付くとそう思うようになっていた。
廊下はいつもの時間に電気が消えた。拓人は懐中電灯を手にまた玄関から家を出た。
少し早くに出たはずだった、しかし、待ち合わせ場所には咲が既にいた。
「おまたせ」
「ねえ、見て!」
咲が空を指差した。拓人はもう知っていた、今日は願ったとおりの澄んだ夜空だ。そして、これまでに見たことのない星の輝きに気分が高揚している。
「うん、早く行こう」
「うん!」
咲はより一層嬉しそうな声で返事をした。肩には手提げが掛かっている。
「それ持つよ」
「え、なんで?」
「だって重いじゃん」
「いいよ。でも、ありがと」
2人は足早に進んだ。草原へ辿り着くと早速ガーデンライトを出して丸く並べた。やはり月見草は美しく、ライトが照らす黄金色の輪の中で拓人と咲は座って空を見上げた。
「寝転ぼうっと」
咲が言った。拓人も同じく寝転んだ、そして目の前に広がる景色に目を細め息を呑んだ。
「原君って星好き?」
「…うん」
「あのさ、3つ並んでる星があるの。それをいつも探すんだけど、最近全然見つからなくってさ」
「それって、オリオン座だよね」
「え?」
「オリオン座って聞いたことない?」
「聞いたことあるけど、3つあるのがそれなの?」
「うん。3つ並んでる星はオリオン座の一部で、オリオンは冬の星座なんだ」
「へえ。よく知ってるんだね」
「星の図鑑持ってるんだ」
「え、そうなの?今度見せて!」
「…こっちには持ってきてない」
拓人はそう言って思い出した。家を売るのならあの図鑑はどこに行くんだろう、と。
「そっか。じゃあ、いつか見せてね」
「うん」
さっきまで全てを忘れられたかのように見上げた夜空の輝きが段々と胸に迫り始めた。頬を摘ままれた感触さえ蘇る。
「どうしたの?」
咲は拓人の横顔を見て聞いた。拓人は暫く黙った。そして口を開いた。
「オリオンって、人の名前なんだ」
さっきとは違った声色で話す拓人に咲は何も言わず耳を傾けた。
「神話っていって、いろんな言い伝えがあるんだけどさ。オリオンっていう男の人が死んだときに恋人のアルテミスが神様にお願いしてオリオンを特別な星にしてもらったんだ」
「どうして死んじゃったの?」
「アルテミスのお兄さんがオリオンとの恋を許せなくて、矢で殺した」
夜の静寂に浮かぶ拓人の言葉を咲は息を潜めて聞いている。
多重子は頬を二、三強く揺すると手を離した。
「周りに誤解されるようなことするな。あと、誰かに家のこと聞かれてもいらんこと言うなよ」
そう言うと多重子は去っていった。拓人は頬に残る感触を早く拭いたくて洗面所の水で顔を洗った。それからいつもの掃除を始めた。
拓人は全てを終えると休むことなく宿題を始めた。昨日と違ってよく捗る。何があっても咲がいれば耐えられる。気が付くとそう思うようになっていた。
廊下はいつもの時間に電気が消えた。拓人は懐中電灯を手にまた玄関から家を出た。
少し早くに出たはずだった、しかし、待ち合わせ場所には咲が既にいた。
「おまたせ」
「ねえ、見て!」
咲が空を指差した。拓人はもう知っていた、今日は願ったとおりの澄んだ夜空だ。そして、これまでに見たことのない星の輝きに気分が高揚している。
「うん、早く行こう」
「うん!」
咲はより一層嬉しそうな声で返事をした。肩には手提げが掛かっている。
「それ持つよ」
「え、なんで?」
「だって重いじゃん」
「いいよ。でも、ありがと」
2人は足早に進んだ。草原へ辿り着くと早速ガーデンライトを出して丸く並べた。やはり月見草は美しく、ライトが照らす黄金色の輪の中で拓人と咲は座って空を見上げた。
「寝転ぼうっと」
咲が言った。拓人も同じく寝転んだ、そして目の前に広がる景色に目を細め息を呑んだ。
「原君って星好き?」
「…うん」
「あのさ、3つ並んでる星があるの。それをいつも探すんだけど、最近全然見つからなくってさ」
「それって、オリオン座だよね」
「え?」
「オリオン座って聞いたことない?」
「聞いたことあるけど、3つあるのがそれなの?」
「うん。3つ並んでる星はオリオン座の一部で、オリオンは冬の星座なんだ」
「へえ。よく知ってるんだね」
「星の図鑑持ってるんだ」
「え、そうなの?今度見せて!」
「…こっちには持ってきてない」
拓人はそう言って思い出した。家を売るのならあの図鑑はどこに行くんだろう、と。
「そっか。じゃあ、いつか見せてね」
「うん」
さっきまで全てを忘れられたかのように見上げた夜空の輝きが段々と胸に迫り始めた。頬を摘ままれた感触さえ蘇る。
「どうしたの?」
咲は拓人の横顔を見て聞いた。拓人は暫く黙った。そして口を開いた。
「オリオンって、人の名前なんだ」
さっきとは違った声色で話す拓人に咲は何も言わず耳を傾けた。
「神話っていって、いろんな言い伝えがあるんだけどさ。オリオンっていう男の人が死んだときに恋人のアルテミスが神様にお願いしてオリオンを特別な星にしてもらったんだ」
「どうして死んじゃったの?」
「アルテミスのお兄さんがオリオンとの恋を許せなくて、矢で殺した」
夜の静寂に浮かぶ拓人の言葉を咲は息を潜めて聞いている。
0
あなたにおすすめの小説
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
母娘の影 (母娘丼) 二重の螺旋
MisakiNonagase
恋愛
「愛した女は、恋人の母親だった」
大学4年生の山本哲兵(22歳)。
どこか冷めた日常を送っていた彼が出会ったのは、太陽のように眩しい同級生・天草汐里。
そして、バイト先で出会った、慎ましくも色香を纏う49歳の主婦・天草美樹。
光のような純愛を注いでくれる娘、汐里。
闇の中で少女のように甘え、背徳の悦びに溺れる母、美樹。
「天草」という同じ名字を持つ二人の女。別々の場所で始まった二つの恋は、哲兵の家賃5万のワンルームで、そして娘の「お下がり」のブーツを通じて、音もなく混ざり合っていく。
それが最悪の結末へのカウントダウンだとも知らずに。
ついに訪れた「聖域」への招待状。汐里に連れられ、初めて訪れた彼女の自宅。そこでエプロン姿で出迎えたのは、昨夜まで哲兵の腕の中でその名を呼ばれていた、あの美樹だった。
逃げ場のないリビングで、母と娘、そして一人の男を巡る、美しくも残酷な地獄が幕を上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる