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【4】千切れそうな絆

パーティ

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 早朝、一行は警報の爆音で目覚めてしまった。早く目覚めてしまったコーディが天気を見に行った際に警報機に引っかかってしまった。
 ローズの作ったものが、しっかりしたものだという保証にもなった。
 予定より早めに目が覚め、一同揃って身支度を整えはじめる。
 皆はそれぞれの体調を確認し、出発をした。

 雨は止んだが、曇りだった。山道を抜けるには悪くないコンディションだ。
 霧で視界が悪くなる懸念があったが、視界は概ね良好だ。このまま天気が持ってくれれば、道中も楽であろう。
「えーっと……」
 コーディがトランクのサイドポケットを漁った。手帳から色褪せ気味た紙を引っ張り出し、広げて周辺を見ている。
「おや、コーディちゃん、それはもしかして?」
 竜次はコーディの手元を覗き込む。その予感は当たった。
「これ、古いからあんまりアテにならないかも。最近はギルドの人もケチで、地図をくれないんだよね……」
 この地図によって、進む方角がわかった。これだけでも助かる。
 進む隊列の後ろで、ローズが明け方まで組み立てていた小箱を持って周辺をキョロキョロしている。チカチカと小さいライトが光っていた。
「博士、それは何だ?」
 質問をしたのは先頭のジェフリーだ。誰かがはぐれてはいけないと、しっかりとうしろも気にしている。
「動物のサーチャー。試作機デス」
 一同が足を止めた。驚きと歓喜しかない。
「ローズさん、何気に凄くないですか?」
 キッドが弓を背負い直しながら驚きの声を上げる。
「確実ではないデス。植物と小動物には反応出来ないと思うので、要改良デスネ……」
 ローズは照れながら補足をするが、大進歩だ。
「ローズちゃんはその陰キャが抜けたらいいのにね?」
 圭馬が指摘する、『陰キャ』という言葉。どうも聞きなれないが、要するに暗い性格を示す意図のようだ。多分、ローズ本人が一番わかっているだろう改良点だ。
 雨のあとの地面はぬかるみ、ところどころ歩きづらさはあった。それでも昼を前に下り坂に差しかかった。警戒しつつ進んではいたものの、順調だ。

 坂道が一区切りし、見晴らしがよく平らな場所に出られた。岩肌がむき出しだがいい具合に丸みがあり、座れるようになっている。
 ジェフリーの合図で皆は足を止めた。
「少し休もうか。ここまで何もないし、予定より早かったな」
 昨日と違って警戒するほどのことはなかった。野鳥のさえずりや木々のざわめきがある平和な道中だ。むしろ、昨日が異常だったのかもしれない。
「ここ座る? よかったらどうぞ……」
 コーディがトランクから、レジャーシートを引っ張り出して広げた。外の世界に慣れているだけあって、トランクから実用的なものが取り出される。
 雨がすぎたあとの岩肌はしっとりと湿っている。このまま座れば服が汚れてしまうかもしれない。一同はコーディの厚意をありがたく受け取った。

「山道は疲れますね。これくらいで休憩だと僕も助かります。ね、ミティアさん?」
 サキは隣を座ったミティアに声をかけた。だが彼女は浮かない表情で無言のまま俯いている。そういえば、起きてから喋ったのかも怪しい。
 ジェフリーがサキに向かって何か話題を振れと目で訴える。だが、サキには面白い話題の手持ちがない。首を小刻みに横に振っていた。

「ねーねぇ、ボクいいですかぁー⁉」
 圭馬が任せろと言わんばかりに飛び出した。
 俯いていたミティアが顔を上げる。なぜか圭馬には反応がいい。小動物の外見のおかげなのかもしれない。
「ちゃんとした自己紹介しなぁい?」
 圭馬はミティアの膝の上に乗った。そのまま見上げて返事を待っている。
「えっと、自己紹介?」
「そ。キミたちをもっと知りたいからね」
 ミティアがやっと喋った。突然話が出て困惑しているようだ。
 キッドが横から話しに乗った。
「あら、いいじゃない。賛成よ。ちゃんとしたこと、ないじゃない? どう?」
 キッドはジェフリーと竜次にも視線をおくった。
「確かに、好き嫌を含めて、意外と知らないかもしれませんね。今後お互いに地雷を踏まないためにも、ちゃんとしておくべきかもしれません」
 竜次は手を叩いて賛成した。ジェフリーも同調し、頷いた。
「ここは安全みたいだし。休憩も兼ねていいかもしれないな。俺も好き嫌いで地雷を踏むのは、兄貴だけにしたい」
 現状、七人と一匹だ。気がついたら大所帯になりつつある。
「ワタシもお願いしたいデス」
「そうだね、ちょっと恥ずかしいけど。これから組むのなら、自己紹介しないとね」
 ローズもコーディも賛成した。
「ミティアさん?」
「う、うん……そうだね……」
 サキが確認を取ると、ミティアはぎこちなく頷いた。機嫌が悪いのかと思ったが、そうではないようだ。驚きや戸惑いがあるのかもしれない。
 圭馬から湧いた話がトントン拍子に進み、雰囲気に流されてしまった。

 フルネーム
 年齢
 出身
 好きなもの・嫌いなもの

 基本情報はこんなものだろう。何気に、フルネームなど名乗る機会がなかった。
 見張り番のくじ引きで順番を決めた。
 
「んー、一番というのは緊張しますね」
 意外なことに竜次が一番のくじを引いた。
 いざかしこまってみると、恥ずかしいし緊張もする。
 今日は割と機嫌がいいのか、整った容姿に営業スマイルが眩しい。
 まとまっている長い金髪と、左の耳に下がっている三日月のピアスが特徴だ。
「私は、竜次・ルーノウス・セーノルズです。年はぎりぎり四捨五入したら三十路になってしまいます。名前でお判りかもしれませんが、沙蘭出身です」
 恐らく年齢を気にしているのだろう。言い終えてから苦笑いをしていた。黙っていれば、隠れてしまいそうなものだが、年齢は誰しも気にする時期が訪れる。
 さっそくコーディが挙手し、質問をする。
「やっぱり、沙蘭の王様になるはずだった剣神さんだよね?」
 コーディは世渡りもするし、ギルドに身を置いているだけのことはある。
 竜次は頷いてにっこりと微笑んだ。どうしても隠せるものではないので開き直っているようだ。
「強いんだよね?」
「どうでしょう? 左腕を絶賛負傷中です。それに、今の私は国と関係がないので、ただのお医者さんとして頼っていただけるとうれしいです」
 今度はコーディが笑顔になった。
「じゃあ、気を遣わなくていいんだね。フィラノスの手前で会ったあと、気になって調べたんだよ。実はちょっと話すのが恐れ多くて。でもよかったぁ」
 コーディはほっとし、胸を撫で下ろした。気を遣っていたのかもしれない。
 竜次はにこやかに続けた。
「好きなものはお茶です。嫌いなものは海や川、湖もそうですが水の暴力はどうしても受け付けません。自慢ではないですが、泳げませんのでね」
「でも、なぜか風呂は好きだよな?」
 ジェフリーは鋭い指摘を入れた。これでは兄弟同士のいじり合いだ。
「お風呂は別です。あ、あとは質問、ございますか?」
 ジェフリーの指摘に対する受け流しもそれなりに、皆から質問を受ける。
「はーい、先生ってどんなお茶好きなんですか?」
 キッドが挙手をし、質問をした。
 ミティアも竜次の好みが気になるようだ。
「フィラノスではお抹茶が好きって言ってましたよね?」
 竜次は女性二人に興味を抱かれ、だらしない顔をしていた。
「香りのいいお茶は何でも好きですよ。ハーブティーも好きです。まだまだ世界のお茶を味わいたいものです。よろしければ今度、一緒にカフェでも行きましょう」
 にこやかに笑いながら竜次の紹介は締めくくった。
 果たして、その冗談が現実となる時が来るのだろうか。

「さって、あたしね」
 二番目はキッドだ。ふわりとしたボブで少し緑のかかった金髪、羽根つきのブローチのついた帽子、広がるスリットの入ったスカートが特徴だ。
「あたしはキッド。これでもあと少しで二十三歳なの」
 たったこれだけを聞いて、ジェフリーが驚愕のあまり立ち上がった。
「は、はぁ⁉ キッドは俺よりも年上だったのか……」
 ジェフリーの言葉を聞き、キッドは一瞬で不機嫌になる。ここまでは見慣れたいつもの流れだ。だが、今回はジェフリーが年下と知って、たっぷりと皮肉を込めた嘲笑を浴びせた。
「へぇ、そうなの。知って安心したわ、クソガキ……」
「くっそ……」
 何かと些細な衝突があるこの二人だが、自己紹介で意外な事実を知った。しかし、どう足掻こうが年齢だけはどうしようもない。
 ジェフリーは年齢に関しては噛みつきようがないと諦めた。
 キッドは自己紹介を続けた。
「出身はフィラノス。父さんは優れた魔導士、母さんは魔法学校の教師をしていたらしいの。あとは弟もいたけど、魔導士狩りで天涯孤独。それからミティアと同じ村で暮らしていたわ」
 キッドはミティアを見て笑った。ミティアが暗い表情ではないのが救いだ。
「魔導士狩りがあって今があるから、あたしは平気。大好きな親友が普通の女の子になれるなら、そのために一生懸命になりたいわ」
「キッドぉ……恥ずかしいよぉ」
 ミティアは頬を赤らめている。キッドが男性だったら、今の言葉は間違いなく愛の告白だ。長年一緒に過ごしていたなら正真正銘のカップルだろう。
「好きなものはパスタ。特に、チーズが入っているものが好きよ。嫌いというか、苦手なのは高い場所なのよね。下さえ見なければいいんだけど……」
 強くて勇ましいキッドにも弱点があった。
「何か、あたしに聞きたいことはある?」
 キッドの質問タイムだ。狩猟の経験があって、感覚は人の何倍もいいことは道中で知る機会があった。過去は振り返らない主義で、個人の情報は少ない。
 どうしても謎は多いが、今あえて知りたい質問というのは扱いが難しい。
 何もないかと思ったが、その中でサキが控えめに手を上げた。
「えっと、お母様のお名前は? 魔法学校の先生だったら、僕は知っているかもしれないのですが……」
「あぁ……」
 キッドは言うのをためらったが、少なくともミティアは知っている。教えて何か変わるとは思えないが、教えることにした。
「母さんの名前はユッカ。極めるのが難しい、水の魔法を使うスペシャリストだったみたいよ」
 せっかく聞いたのに、サキは申し訳なさそうに首を振った。
「すみません。お会いしてみたかった……」
 名の知れた教師なら、もしかしたらと思ったが、そんなことはなかった。
 お会いしてみたかったと、サキが言った理由は後に知る。

「私、自己紹介っているのかな?」
 三番目はコーディだ。
 まずは自信満々にギルドカードを出した。両手で、自慢げにカードをかまえる姿が可愛らしい。
「ドラグニー神族の混血、コーデリア・イーグルサント。これでも立派な十六歳なんだからね!」
 コーディは子ども扱いをするなと言わんばかりに胸を張った。
 真ん中分けでさらっとした長い金髪に黄金の瞳、赤いチョッキにワンピース。何よりこの背中の翼が最大の特徴だ。
 この頑張って大人びたことをしようとする、背伸びにも似た仕草が可愛らしい。残念ながら、他の女性に比べて胸はない。コーディ本人は、気にしていないようだが。
「あれ、コーディちゃん、ギルドハンター二級になっていますね?」
 竜次がギルドカードをまじまじと見て頷いた。
「に、二級⁉」
 ローズがすり寄ってまじまじと見る。
「二級ってすごいのですか?」
 竜次がそのまま訪ねた。ローズは熱弁する。
「二級と言ったら、機密事項が見られマス! 表に出て来ないヤバい話や、お偉い様からの依頼も受けられるデス……」
 だから昨日、黒い龍が誰かの所有物かもしれないなどと言ったのかと、ここで皆は話の流れを理解した。
「私、どこで産まれたのか覚えてないけど、育ったのは多分、種の研究所……」
 一同の顔色が変わった。この平和な自己紹介で蒼天の霹靂のような衝撃を受ける。
「種の研究所って……」
 ジェフリーはここでもつながりがあったのかと声色を変えた。
 コーディ以外の者が思うところは同じだ。走る緊張に、どうしても表情が強張ってしまう。
「どしたの? 続けていい?」
「そ、そうですね、とりあえず……」
 コーディは動揺するのを不審に思いながら質問をする。竜次は苦笑いで譲った。
「よくない研究をしている施設なのはすぐわかった。でも、私ね、小さい頃に人間のお母さんに殺されそうになって、自衛したつもりがいけないことまでしてしまった。それで、どこにも引き取られずに、そこに連れて行かれたの」
 ここにも共通点があった。『いけないことを母親に』と聞いて、サキは心を痛めた。運命か、必然なのか。ここまで重なると、偶然では済まされない。種族の壁や偏見を持っていたが、その考えは改めようとサキは思った。
 コーディは暗い話をしていたのに表情が明るい。
「でも、今は自立出来るくらいにはやっていけてるから、大丈夫。どうしたの、みんな顔が怖いよ……?」
 咎を背負ったこの小さな体に、どんな険しい事情があったのだろうか。その想像をしたら、乗り越えられたコーディの精神は間違いなく強い。
「好きなものは執筆の時間。嫌いなものは……そうだね、お父さんかな」
 軽い気持ちでの自己紹介が、話のカギまで出てきてしまったのだ。
「コーディ、落ち着いて聞いてくれ……」
 ジェフリーが話そうとしたのを、コーディは遮った。
「いいの。やっぱりそうだよね? 種の研究所を探してるんでしょ?」
 コーディがジェフリーと竜次を見やった。
「場所を知りたい。そこに俺たちの親父がいる可能性がある……」
「逃げ出したときは、王都フィリップスの近くだったことまでしか覚えてないんだよね」
 コーディは静かに首を横に振った。
「言ったよね、黒い龍は誰かの所有物なんじゃないのかって。今のところ、その研究所がキナ臭くて、情報を追ってるけど危険かもしれない。その調査をしに行ったギルドの人が何人も亡くなってる。みんな凄腕よ⁉ 私よりずっと……」
 その牙が昨日の襲撃だ。おそらく何らかのつながりがあるだろう。
 コーディは知っていて黙っていたのだ。おそらく、皆に気を遣っている。だが、これからはその必要もなくなるだろう。
「もしかしたら、気にしてると思って黙ってた。ごめんなさい、お兄ちゃん」
 コーディはそれからもうひとつ謝った。
「私もここまで踏み込んでしまったから誰かに消されちゃうかもしれない。だから、誰かと組みたいと思ったの。これも、自衛のため。せっかく仲間になったのに、利用する感じになって、ごめんなさい」
 聞いたキッドはコーディを抱き寄せた。不安を和らげてくれるのか、コーディも届かない背中に手を伸ばす。小さくて可愛い。
「情報収集をしながら、その悪党を叩けばいいのよね? 目的が一緒なんだから力を合わせましょう?」
 キッドは皆に呼びかけた。誰も反対はしなかった。
 コーディは込み入った話を貿易都市の宿でする約束をし、この場の自己紹介を締め括った。

「ワタシ、ブライトローズ・ラシューブライン、百歳と五十くらいだと思うデス。アリューン神族は長生きなので、年齢は忘れてしまいマス……」
 ローズの自己紹介は注目すべき点が多い。皆は黙って聞いていた。
「出身はフィリップス。仕事はフィラノスの近くだった種の研究所に二十年ほど前までは在籍していたデス。そのころは、まだ病気や薬の研究を真面目にしていたのです……」
 ローズは込み入った話をざっくりとさせ、あくまで自己紹介に絞った。
「好きなものはお酒やおつまみ。嫌いなものは暴力ですかネ……」
 ローズは自己紹介のせいか、丁寧な話し方をしている。独特な語尾の名残はあるが、内容は真剣なものだ。
「質問はたくさんあると思いますが、ワタシはもうそこの研究員ではないです。現行の所長とは因縁があります。どちらかというと、今は自分が関わってしまった償いがしたくて同行してマス」
 ローズはミティアに目を向けた。目が合ってしまい、申し訳ない気持ちになる。
「今は考古学者とか、医者とか、戦術アドバイザーとか、機械整備士とかまぁ色んな資格は持っていますが、いかんせん暴力的なのが苦手なので、戦うのはほとんどできないデス。そこは理解いただければと……」
 常にローズは白衣で歩いているのが特徴だ。彼女は足が長く、スタイルがいい。整った顔立ちに大きな目。その目にはアイシャドウを引き、三角フレームの珍しい眼鏡をかけている。よく見たら美人。青みがかった髪は少し外はねしているが、本当に綺麗な人だ。あまり学者らしくないのもローズの特徴かもしれない。
「その所長さんとの因縁って何なの?」
 意味深な指摘をしたのはコーディだった。
 ローズは俯き視線を伏せた。兄弟の前で話すのは気が引ける汚点だ。だが、ローズもいつまでも内気なままではいられない。覚悟を決めて語りかけるように話した。
「同志でした。そして、奥方様が治らないと知って堕ちてゆくのがあまりに不憫で見ていられなくなって、ズルズルと……」
 後半はぼかされていたが、これだけでドラマが一本でき上がってしまいそうな話だった。だが、誰がローズだけを責められるだろうか。
「ワタシがこんなに道を逸脱してしまうなんて、思いもしなかった。でも『彼』のしていることは間違っています。きっと今も間違い続けている……」
 奇しくも、その因縁関係にまでなった人の息子がここに二人もいる。ローズにとっては、どんな罰よりも気が重いだろう。
「わかった。ローズはもう関係ないんだよね。なら、信じるよ」
 コーディが深く頷いて笑う。この人は悪い人ではない、『そちら側』の人間ではないと信頼を寄せた。
「明るい自己紹介ではなくて申し訳ないデス……」
 伏し目がちになりながら、ローズは聞き手に回った。自分の膿を出し切ったわけではなさそうだ。きっとまた、話し合う機会は訪れる。

 金髪の髪に青いジャケット。筋肉質な腕と、本人も自覚している目つきの悪さが特徴、ジェフリーの番だ。
「俺って自己紹介をする必要があるのか?」
 ジェフリーは皆の反応をうかがった。簡略に終わらせようとしている。特にミティアとキッドが興味津々のようだ。ミティアはともかく、キッドは弱点でも握ろうとしているのかもしれない。
「ジェフリー・アーノルド・セーノルズ。夏に二十二歳になったから、キッドより年下だな……」
 聞いたキッドは勝ち誇った態度を見せつける。何も言わないが、ずいぶんと露骨だ。
 そんなキッドを見流し、ジェフリーは竜次を指さした。
「こぉら、人を指でさすんじゃありません!」
 竜次に注意をされるも、ジェフリーは無視をして続けた。
「兄貴と一緒で沙蘭の出身だけど、俺は六歳までしかいなかった。出身だけど、兄貴と違って疎遠になった。見てわかると思うが剣術も違う」
 自身の生い立ちには触れたが、経験や負い目には触れない。多くを語らずともそのうち知られるだろう。ジェフリーは詮索を避けるように一方的に喋った。
「好きなものは別にない。嫌いなものは激辛のもの。以上」
 おおざっぱな紹介だった。あまりに簡略すぎて、聞いている側もがっかりする。
 だからといって、話題を広げようもない。ジェフリー自身は触れてほしくない気質であることは、道中である程度は察せる。
「ねぇ、その重たそうな剣、ちょっと持ってみていい?」
 キッドは立ち上がって、ジェフリーの剣を持ちたいと申し出た。
「別にいいけど、振れるとは思えない……」
 腕に自信のあるキッドが剣を受け取り、持ってみた。両手で持って膝を崩しかけ、典型的に腰が落ちた。
「えぇ……なにこれ。やっぱりあんた、おかしいんじゃない?」
 持てないことはないのだが、振り上げるまではいかない。キッドは呆れつつ、こんなに重かったのかと悔しがった。
「だから言ったじゃないか」
 キッドはすぐに剣を返した。機嫌が悪くなってしまったようだ。
「ほんと、よくそんな重いの、振ってますよね」
 竜次も呆れている。
 やり取りに混ざるわけでもなく、ミティアは興味を示している。
「持つか……?」
「えっ? ううん……そうじゃないんだけど」
 ジェフリーは自分に興味を持っているのかと思っていた。だが、違うようだ。ミティアはじっと剣を見ていた。
「いっぱい金属を打ち込んでいるように見えるから、改造してるのかなって……」
 ミティアは立ち上がって近寄った。剣の根元である金属部分を指さした。注視しないとわからない溝や、微妙に違う金属を指摘する。
 この目の付け所にジェフリーは驚いた。
「よくわかったな……」
「特攻クラスの人って、大切な人を亡くしたら剣を重くするって聞いたことがあるけど、そうなの?」
 なかなか人の武器は見る機会には恵まれない。
 ミティアも同じ剣術学校に通っていたゆえの質問だった。剣が重い。比例してそれだけの人を亡くしている。これは剣術学校の中では、有名な話のようだ。
「隠しても仕方ないから言うが、そうだ」
「そう……なんだ……」
「そんなに悲しい顔をしないでほしい。これ以上重くなることはないさ」
 ミティアは無言で頷き納得をした。それでも、もの悲しげな表情がむなしい。
 ジェフリーは自己嫌悪に陥った。せっかく元気づけようとしたが、悪化させてしまったかもしれないと思った。

「ねぇ、ローズ……」
 コーディはローズに耳元でこそこそと質問をした。
「ミティアお姉ちゃんはジェフリーお兄ちゃんが好きなのかな?」
 聞いたローズは口をあんぐりとさせ、震えながら小刻みに頷いた。それから人差し指を立て、しーっとさせた。
 さすが中身は年頃の女の子、察しが早い。もしかしたら、知り合って最速だ。
 ローズはコーディの鋭さに驚愕した。

 紅いローブに羽根つき帽子、紫色を帯びた特徴的な髪の毛をした男の子、サキの番だ。少し恥ずかしそうにしている。
 特色が濃い人ばかりで、自分の存在が薄くなっているのではないかと思っていた。十分な特徴を持っているはずが、すっかり埋もれてしまっている気がしていたようだ。
 キャラクターが引き立つかは不明だが、圭馬とセットである。
 サキは赤いローブを叩き、土埃を払った。
「僕はサキ・ローレンシア。今年十六歳なので、コーディちゃんと同い年ですね」
 それだけを聞いて、コーディは立ち上がって声を震わせた。
「ろ、ローレンシア一家の⁉」
「まぁ待て、こいつは違う」
 ジェフリーが庇いに入った。ギルドに身を置いている以上は絶対に耳に入る名前だ。サキ自身、この名前には肩身の狭い思いもした。
 冷静になったコーディは確認を取る。
「じゃあ、もしかして……アイラさんの?」
「えっ、お師匠様を知っているのですか?」
「な、なーんだ、やっぱりそうだよね。安心した……」
 コーディの言う安心とは、暗殺組織の関係者ではない点だ。
「お師匠さんなんだ?」
「はい。僕の育ての親でもあります」
「アイラさん、レジェンド級の賞金ハンターだよ。しばらく大きな仕事から離れてたけど、最近界隈に帰って来たみたいだね。やっぱりお金をほしがってたけど……」
 サキの自己紹介だが、師匠であり育ての親でもあるアイラの話でトントンと話が進み、盛り上がった。サキはアイラから仕事の話をほとんど聞いたことがない。お金を稼ぎに行くと不在にすることは何度もあった。
「なるほど。僕の学費や生活費を、ギルドで稼いでいたのですね」
 アイラはサキに学校を卒業できるだけのお金を出してくれた。それだけではない。魔法学校の寮にまで入れてくれた。
 アイラ自身はフィラノスでけちけちとした生活をしていた。そういえば家が欲しいと語っていた。だとしたら、つじつまが合う。コーディが知っているのなら、ギルドで名前が知れ渡っていたのも、二つの意味で納得がいく。
 納得したサキは自己紹介を続けた。
「フィラノス出身だと思います。魔導士狩りに遭って、その時に記憶がなくなって」
「魔導士狩り、惨かったらしいね。私も同業者にそういう人がいるから、話は聞いてる。子どもだったらショックで記憶もなくなっちゃうと思う」
 コーディは気持ちを察しながら頷いた。いい思いをしなかった『親』という共通点がありそうだ。サキは親近感を抱いた。
 お得意のあどけなさが残る笑顔を見せた。
「好きなものは勉強です。これでも就学を終えています。嫌いなものは……」
 サキは言いかけて、なぜか竜次に視線をおくる。彼も首を傾げて反応する。
「先生と同じで水が苦手です。魔法も、水の魔法が苦手で……」
「あぁ、同士がいてちょっと安心しました」
 竜次は苦笑いをしていた。ジェフリーにからかわれる要素でもあるので、少しでも理解があって助かった。

「ねー、ボクも自己紹介をしてもいいかい?」
 圭馬はサキを踏みつけ、頭の上に乗った。帽子まで踏み潰してしまいそうな勢いだ。
 フサフサの尻尾以外はウサギの外見だ。すっかりマスコットというキャラクターにして立ち位置を確立している。
「えぇ……圭馬さんもするんですか?」
「仲間外れはんたーい!」
「うぅっ……何だか僕より目立ってる……」
 圭馬はサキの頭に乗ったまま自己紹介を始めた。
「ボクは幻獣ティアラマント兄弟の次男、圭馬・ノーヴァス・ティアマラント。これでもざっと三千年の長生きちゃんなんだよ!」
 えへんぷいと言わんばかりに態度が大きい。
「出身は沙蘭近郊のはず。面白そうだからこの子と契約したんだ。いざって時は、超強くて、めちゃんこかっこいいボクを見せてあげるから期待してね!」
 尻尾をフサフサと揺らしながら、自慢げに。踏みつけられているサキが不憫だ。
「ボク、黄金ニンジンが大好きだから、何かお願いがあったら貢いでね! 嫌いなものは人間の裏切りかな。お兄ちゃんはそれで邪神龍に敗北したからね」
 話の最後に妙な威圧がかかった。
 一同に向けての忠告とも思えた。面白半分で同行している、ただの賑やか師ではない。
 この性格だが、人間がどんな道を選ぶのかを見届けようとしている。

 赤い髪に美人顔。水色のワンピースにカバースカート。ミティアは立ち上がって見渡すと、一礼した。
「わたし、みんなみたいに面白い話はないと思うけど。ミティア・アミリト・セミリシアです。もうすぐ誕生日だけど今は十九歳……って、お、おかしくないよね?」
 まずはそう言って髪を耳にかけ直した。恥ずかしいし、これでおかしくないかとそわそわしてしまう。
「わたし、幼い頃の記憶がないんです。出身とかよくわからなくて、ごめんなさい」
 堪りかねてローズは確認の質問をした。
「あ、あの……ワタシのいた研究所にセミリシア博士がいたのですが……」
 ローズの言葉にミティアが悲しい顔をした。
「ルッシェナ・エミルト・セミリシア。それが亡くなった兄さんの名前です」
「ムムム……間違いないかと」
「やっぱりそうだったんだ……」
 自己紹介から新展開だ。ローズはミティアの兄を知っていた。しかも、同じ研究所で働いていた。ここでまたひとつつながった。
 ミティアは不思議なことに驚いてはいなかった。
「兄さんがお医者さんのような知識を持っていたのはキッドも知っています。ほかに家族がいなかったので、間違いなさそうですね」
 ミティアは淡々と喋る。兄の情報を得たというのに、まるで他人のような振る舞いだった。話の重要さから誰も指摘を入れないが、ミティアの兄は亡くなっていると一同は聞いている。
「わたしは、世界の生贄なんですよね。人為的に創られた存在。でも、兄さんは何も言わなかった。兄さんはわたしをその研究所から連れ出した。こんな感じですよね」
 ミティアなりに情報を整理したようだ。それでも首を振って顔を上げた。
「でも、それでもいいです。今、みんなとこうして一緒にいるから」
 強がった精いっぱいの笑顔に一同は心を痛める。
「すごくわがままなのはわかっています。わたしは、世界の生贄になんてなりたくない。もっとみんなと一緒にいたい。たくさんおいしいものを食べて、いいもの見て、いい景色を見て、楽しかったって言い張れるような思い出がほしいです……」
 ミティアの声はかすれていた。口と鼻を覆って泣き出してしまった。壊れそうな思いをずっと抱えたまま、弱音を吐かないように抑えていたようだ。
「さっきまで、諦めてたんです。でも、まだまだみんなの知らないところがいっぱいあるってわかったら、もっと知りたいなって……」
 離れていた圭馬は尻尾を揺らした。自己紹介をしようと提案したのはこのウサギだった。もしかして、前を向かせる作戦だったのだろうか。なかなかの策士だ。
 咽び泣くミティアにキッドは寄り添った。
 
 普通に見れば親友を思い、これからも互いに支え合う誓いに見える。皆が決意を新たに前に進む。ただこれだけだとまとめるには何も違和感はなかった。
 ジェフリーはあえて何も言わなかったが、違和感を抱いていた。
 自分の家族について触れたというのに、ミティアは淡々としていた。それどころか、亡くなった兄にあまりいい印象がなかったようにも思える。鍵を握っていそうだと思われていた兄が研究員だったなど、確かにいい印象は抱けないかもしれない。だが、それにしては不可解な点が多い。
 肉親が亡くなったというのなら、もっと悲しんでいいようなものだ。これは前々から抱いていた疑問だが、キッドの方が悲しんでいるように思える。
 点でしかなかったヒントがまたつながったというのに、ミティアの反応は薄い。自分の真実に迫りたくないのだろうか。ミティアが背負うものの多さには確かに気が滅入るだろうが、それでも彼女は『自分の目で自分を知る』選択をした。この選択を選んだことがそもそも間違いだったのだろうか。今さら悔いたところで、もう引き返せない領域に自分たちはいる。
 自分が思っていた嫌な予感が現実となってしまうかもしれない。真実に迫ることに近道を選べば、ミティアは壊れてしまうかもしれない。
 ジェフリーは焦りを感じていた。自分がもっと強かったら、ミティアを支えてあげられるかもしれないのに……

 ミティアとキッドの仲睦まじさを見ていたコーディが控えめに呟いた。
「仲間って言うか、もはや家族みたいだね……」
 コーディの呟きを、ローズは拾った。
「みんな、いい人たちデス……」
「私も頑張ろうかな、早く馴染みたいし、仲良くなりたい……」
 コーディはレジャーシートを折りたたみ、出発の支度をする。
「さ、ジェフ、今夜は何食べます?」
「はぁっ⁉ 決定権、俺かよ!」
 竜次がジェフリーに無茶振りをする。出発する空気を読んでの行動だ。先ほど泣いてしまったミティアを、気落ちさせないように明るい話題を振っているようだ。
 この話の流れにキッドも悪乗りを見せた。
「激辛火鍋でもいいわよ」
「激辛は却下だ! 辛いものは苦手だとさっき言っただろう!?」
「お子ちゃまだから、辛いのが食べられないのよねー?」
「少し年上だからって調子に乗りやがって……」
 キッドはジェフリーをここぞとばかりにいじり倒している。
 そのキッドの腕の中で、先ほどまで泣いていたミティアが目を擦りながら笑っていた。
「ね、ボクいい提案したでしょ?」
 圭馬は楽しそうに首を振りながらサキに言う。確かに大手柄だとは彼も思った。
 自己紹介は無駄ではなかった。一層雰囲気が柔らかくなったように思える。
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