トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【8】再始動

もうひとつのおわり

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 突然目の前が真っ暗になり、意識が落ちた。それから、うつろうつろとまどろみにのまれていた。浅い眠りが、想いを夢に起こす。
 皆は無事だろうか。大切な人は……彼は元気だろうか。
 まだ、彼とした『約束』が果たせていない。
 自分の居場所はとても温かくて、かけがえのないものだと、離れてから知った。
 いつだってそうだ。慣れてしまい、当たり前だったから、ありがたみは薄れる。あの賑やかだった日常に戻りたい。
 嬉しいことも、悲しいこともあった。苦労も多かった。もう二度と戻れないのかもしれないと惜しんでしまう。
 自分の意思で行動する難しさを知った。
 自分で立てない、歩めない、どうしたらいいのかわからない。閉ざされた境遇から抜け出したのに、何もできなかった。教えてくれたのは、ほかならない『彼』である。
 普通の女の子になったら、返事をする『約束』をした。

「おい、姉ちゃん。そろそろ起きろや」
 乱暴な声が耳に届いた。頭に響き、沈んでしまった意識を浮上させる。
「お父様、お姉さんの顔がにやけていますよ? 気味が悪いですね」
 この少し生意気な話し方に記憶がある。まだ少し体が重い。
「ったく、しゃーねぇなぁ……時間が惜しい。叩き起こすか」
 叩き起こすと耳にし、背筋に寒気を感じた。まるで言葉に一つ一つが自分の体を呼び起こすような感覚だ。自分はこれから痛い思いをするのか。
 嫌ない記憶がよみがえる。白衣を着た人にたくさん注射されたり、言うことを聞かなかったら叩かれたりもした。それは、いつの話だろうか。

 重たい瞼が開かれた。
 ミティアは目が覚めた。晴れた空に入道雲が見える。体を起こしてみると、前髪から少しだが砂が落ちた。
「あれ……?」
 起きたら皆がそこにいる。なんて、感涙にむせぶことはなかった。
 現実に引き戻された。
 痛そうに首を左右に動かし、顔をしかめるケーシス。
 その横では、呆れ、諦め、軽蔑、ミティアに対しあまりいい印象を持っていないサテラが腕を組んでいた。
「わたし……」
 ミティアは夢と現実の区別がつかずに混乱していた。気絶でもしていたのだろうか。目の奥が軋むように痛む。
「何て恩知らずな!」
「よせサテラ、話をする時間が無駄だ」
 ミティアが無事なのを確認したケーシスが、立ち上がって急かす。
「姉ちゃん、少しは戦えるんだろう?」
「えっ?」
 突拍子もない質問だ。だが、ミティアの腰に下がっている剣を見ればその判断は頷ける。
 ケーシスはミティアを戦力として見ていた。サテラはそれを気に入らない様子だ。
「なぜあの女性に受け渡さなかったのですか? お姉さんは帰りたがっていたはずです」
「……いいからさっさと移動魔法を放ってくれ」
 サテラは渋りながら、地面にサークルを展開した。
 ミティアが何か言う前に話が進む。
 サテラの魔法で景色が変わる。少し体が浮いた感覚がしたが、瞬きをするような感覚だった。ミティアは変わった景色に見覚えがあった。
 確か、スプリングフォレストを越えた先の整備された小さい街道。ここは沙蘭だ。
 以前は崩れていた街の門がきれいに修復されている。
 ミティアは驚きの声を上げた。
「ここは、沙蘭じゃないですか!」
 城に続く大きな橋。この景観がとても素敵な場所だ。庭木も手入れされている。
 以前ジェフリーが言っていた。沙蘭はとてもきれいでいい街なんだ、と。
 ケーシスは戦えるかと聞いて来た。またこの景色が汚されてしまうのだろうか。そう考えると、胸が苦しい。
 さほど遠くない場所でガラスの割れる音と何人かの叫び声がした。
 街が荒らされている。あのときはほとんど何もできなかった。今度こそ。
 走り出したミティアの横を、ケーシスが軽快に追い抜いた。彼の背中が真っ赤であることに気がつき、ミティアは悲鳴を上げる。
「きゃっ、ケーシスさん、その背中は……」
 声をかけるも、ケーシスは無視する。
 ミティアは思い出した。ケーシスは自分を庇ってこんな怪我をしているのだ。自分はうまく戦えないかもしれない。だから自分に戦えるのかを聞いた。この人は命懸けで守ってくれたのに、まだ何もお返しができていない。種の研究所にいたときも、サテラと一緒に自分を連れ出してくれた。
 ジェフリーと竜次の父親はこんなにも格好よくて、優しくて、でも口は悪くて。
 ミティアは目に冷たさを感じた。走っているので涙だったのかは定かではない。どうしてケーシスは、こんなにも命を大切にしてくれないのだろうか。自分には父親なんて存在は知らない。わからない。母親だってわからないのに。でも親の存在は暖かい。命が長くはないというサテラにすら、ケーシスという立派な父親がいる。そこに血縁関係はなくても、羨ましかった。
 感傷に浸るのも間もなくして、騒動の中心に遭遇した。
 沙蘭の街中で、シフが若い女性を人質にし、騒いでいる。
「城主を出せ!!」
 シフは当たり散らしている。城主、つまり正姫を出せと。
 三人は足を止める。ケーシスとサテラはシフと直接面識があるわけではない。ゆえに、蔑んだ目を向ける。
 ミティアはシフの説得を試みた。
「やめてっ! その人を離して!!」
「よぉ、生贄ちゃん……求めているのはあんたじゃねぇんだよなぁ」
 シフはミティアを睨みつける。人質の女性の首には、短剣の刃が押し当てられていた。彼は北の山道やノックスでも、ミティアを傷つけるのを躊躇した。
 本当はそんな非道なことはしないと、ミティアは歩み寄った。
「こんなことしたくないんでしょう?」
 シフはミティアの言葉を聞き、眉間にしわを寄せた。何か言い返したいのかもしれない。
 蔑んだ目を向けていたケーシスが付け加えるように言う。
「お前、本当は騙されているの、わかっていてこんなことをしているんだろう?」
 シフは馬鹿にするように吐き捨てた。
「滅んだ部族や、妹が生き返るかもしれない。俺はそれだけのために縋って生きて来た。今さら、後戻りなんてできるわけがない!!」
「そんな……!」
 ミティアは息を飲んだ。ケーシスもシフについて、ある程度は調べたのだろう。敵対しているのなら、相手の手の内くらいは探る。ケーシスなら容易いだろう。
「てめぇに同情する気はない。間違ってると教えてくれる人もいなかったのか」
「な、ん……だと……?」
「俺はいなかったぜ。自分勝手にやっちまった挙句、引き返せなくなった。それでも、俺は悪者じゃないって慕うもの好きな姉ちゃんもいるけどな」
 挑発とも取れる発言だ。だが、ケーシスの言葉はすべてがそうとは限らない。
「悪いことぁ言わねぇ。トンズラでもして隠居しちまえ。あの野郎にとって、お前なんて捨て駒だろうからな……」
 ケーシスは、口は悪いが説得を試みている。彼なりの情けだ。
 シフは下品な笑みを浮かべる。
「恵まれた人間は、間違っている人間に対して厳しいよな。一度道を間違えたらもう軽蔑の眼差しだ。その気持ちは、テメェにはわかんねぇだろうな?」
 わかっていて、間違った道を進み続けて後戻りができなくなった。シフの事情はそんなところだろう。
 シフの言葉に、理不尽が汲み取れる。ミティアはその気持ちを理解していた。
「わたし、わかります。そんな人が、仲間にいました」
「姉ちゃん……?」
 聞いていたケーシスは表情を曇らせる。
 ミティアが言う仲間、つまりローズを指している。ローズは種の研究所を投げ出すように辞めた。けれど、そのしてしまった行為を償うように全国を渡り歩いていた。たまたま出会ったが、今では自分の大切な仲間の一人だ。
 もちろんケーシスだって例外ではない。
 ミティアは勇気を振り絞り、自分の役目を果たそうと試みる。
「ケーシスさん、わたしをここに置いて行ってください」
 一か八か、ミティアの賭けだ。
「この時間がもったいないです。サテラを助ける方法を探すのが、ケーシスさんのお仕事ですよね。わたしは、何も恩返しができなかった。だからここでさせてください」
「自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
 ケーシスは眉をひそめた。サテラも困惑している。
「ケーシスさんたちには、もっと時間が残されていない。わたしを沙蘭に置いて行ってくれる約束でしたよね。だったら、この場をわたしに任せて先を急いでください」
「いいん……だな……?」
 ミティアはあえて、大きな仕事を自分から引き受けると申し出た。時間という、恩返しがしたかったのだ。その言葉は、ミティアをこの場の誰よりも、何よりも力強い存在に見せた。
「お父様、自分はこのお姉さんが正しいとは思えません。こんなに優しい人、知りません。絶対にこの人はおかしいです」
 サテラはミティアの行動を不審に思って仕方がなかった。ケーシスはサテラの耳をつねって黙らせる。
 ケーシスは納得しているようだ。歯を見せて笑った。
「これで、貸し借りはナシだ」
「……はいっ!! 短い間でしたが、ありがとうございました!!」
 目を潤ませながら、ミティアは笑って見せる。
 ケーシスは大きく息を吐いて、腰に手を回した。
「土産だ。もしかしたら、いいことがあるかもしれねぇ」
 金属の音とともに、ミティアに鈍色の物体が投げられる。
 ミティアが両手で受け取ると、手の中にはブロンズ色をしたの懐中時計があった。ミティアは顔を上げる。
 無邪気に笑ったケーシスが言う。
「その代わり、こいつはもらって行く。じゃあな、姉ちゃん。お前はいい女だぜ……」
 ケーシスの手には竜次の作った傷薬が握られていた。
「絶対にまた……」
 ミティアと挨拶を交わして、サテラが杖を振った。どこへ行くのか行き先を告げず、二人は消えた。
 ケーシスの笑顔は子どもっぽく笑う竜次にも、心を許してくれたジェフリーにも似ていた。ミティアの寂しかった心が温かくなった。自分の足で歩けた。自己満足かもしれないが、誰かを助けてあげられた。
 その相手が、好きな人の父親だった。何も感じないはずがない。

「ケーシスさん……サテラ……」
 ミティアは懐中時計を握りしめ、こらえきれない涙が零れ落ちる。ケーシスは何を思ってこの懐中時計を託したのだろう。ただのお守りにしては重みがある。
 ミティアはこの懐中時計が大切なものだと知っていた。魔法学校の最終成績、魔導士の誇りだ。仲間であり、友人でもあるサキが違う色のものを持っていた。
 静かに見ていたシフはいつの間にか人質を解放し、短剣も持っていなかった。シフにはミティアが何よりも強い存在に見えた。自分がしていることが馬鹿馬鹿しく思った。
「どうして、あんたは他人のためにそこまでできるんだ?」
 シフは良心が痛んだ。会ったときから、仕向けられたときから、ずっと疑問に思っていた。彼女はどうしてこんなにも暖かい存在なのか。誰もが彼女を守ろうと必死なのか。
 ミティアは真っすぐな目でシフを見つめる。
「生きてちゃいけない人間なんていないからです……」
 それは生きることを諦めていたとき、ジェフリーに言われた。ミティアは大切な人に言われた言葉を、ずっと心に生きていた。言いまとめるのならもっときれいで簡略な言葉があるはずだ。だが、この未熟で人らしさがにじんだ言葉に自分は救われた。
 シフは少しだけ素直になれた。
「あんたの仲間が羨ましい。もっと早く、あんたに出会っていたら、俺はこんな道を選んでなかった。もう、あいつの言いなりになって、人を殺したくねぇ」
 懺悔にも似た言葉がシフの口から淡々と吐かれる。
「俺は、どこで間違えたんだろうな。こうするしか道がないと追い込まれた。こんなになって、バッカみてぇだ……」
 ミティアは懐中時計を握ったまま震えていた。シフも、助けられるかもしれない。
「今からだって、やり直せると思います」
「もう遅いんだよ……」
「どうして?」
 人を殺したせいだろうか。仲間を傷つけたせいだろうか。それとも……?
 ミティアは嫌な予感を抱きながら、それでもシフを信じていた。その目がシフを追い詰める。
「頼みがある」
 シフは表情を歪めた。疲労か、それとも柵から解放されたせいだろうか。自然と緊張が増す。
 頼みと聞き、ミティアは表情を明るくする。
「な……ん、ですか?」
 一緒に戦ってくれるのだろうか?そんな淡い気持ちもあった。
 だが、シフの様子はおかしい。それは自身でも自覚していた。
「多分なんだが、俺はそろそろダメだと思う。その前に殺してほしい……」
 思わず耳を疑った。急にそんな頼みをされても困る。ミティアは当然、首を振って拒否した。
「できません。だって、あなたは自分がしたことを悔やんでいたじゃないですか!」
「違うんだ。あんた、捨て駒って意味がわかるか?」
 ミティアは懐中時計をポーチに収め、もう一度よく考えるも理解ができない。捨て駒の意味はわかる。だが、シフはそれが嫌だから抗おうというのではないだろうか。
「お前の兄貴は、人間をキメラにする薬も作っていた。俺は、盛られたんだよ……」
「盛られた……?」
「二度と人間には戻らない……殺せないなら、せめて逃げ…………」
 シフは急に前屈みになり、咳き込みながら吐血する。赤黒い血が石畳にぶちまけられた。血だけではない。何かの塊が見える。赤黒い塊が。
「た、大変……」
 ミティアはシフの手を握った。
「し、しっかりして……!」
 明らかに異常だ。体調が悪いのか、額には大粒の汗をかいている。
 胸から何か込上げるのだろうか。ミティアが見ている眼前で、シフは滝のように血を吐いた。血の中にまたも塊が見える。肉片のようなものが。
 まさか、内臓だろうか。ミティアは足が竦んでしまった。
 シフがミティアを突き放した。
「逃げろ!!」
 叫んだ直後に、シフの背中が大きく裂け、血飛沫が飛び散った。
「ぁ……」
 助からない量の出血を目に、ミティアは言葉が出てこなかった。シフの背中から大きな翼の生えた蛇が現れた。シフから生まれたかのように。彼の血肉をベースにしたキメラだ。抜け殻になったシフは、どこが顔で手足なのかもわからないほど原型を留めていない。
 衣服と、血と、肉片と、骨と――。
「こ、こんな…………」
 先ほどまで目の前にいたシフは異形な姿をあらわした。体長はわからないが大きいのは確かだ。翼を生やした蛇のような体をしている。まるで邪神龍を小さくしたような姿だ。
 ミティアは目が合った。冷たく赤い目からは明らかな敵意を感じる。
 戦わないと、戦わないと、死――。
 体が宙を舞っていた。
 剣を抜く前に、巨体はミティアの軽い体を弾き飛ばしていた。
 どこかわからない建物に背中から叩きつけられた。まず何が起こったのかわからない。遅れて来た痛覚で、身体が悲鳴を上げた。口の中が血の臭いで充満している。ぬるっとした、液体が喉を逆流した。
 頭が動かない。右手の感覚がない。骨でも折れただろうか。左手は動くが、ポーチも剣も外れてしまったようだ。今から武器を取ろうにも、もう遅い。
 自分は死ぬのだろうか。底知れない闇に引きずり込まれるような感覚がミティアを襲った。
 瞼が重い。背中に激しい痛覚が走った。
 辛うじて上がる左手を、天に向かって伸ばした。そこにいない誰かに助けを求めるような手だった。
『ピシッ……』
 終わりを告げる音だ。腕輪が大きな音を上げ、真っ二つに割れた。カランカランと落ちる音がする。
 腕がこんなに軽いなんて、信じられない。
 落ちる瞼、暗く冷たい世界が見えた。落ちる感覚、冷たい空気。
 ミティアは意識を失ってしまった。

 自分は誰かの役に立てた。
 ケーシスさん、サテラ。

 でも、シフは助けてあげられなかった。
 これはきっと罰だろう。彼のサインに気がつけなかった、手を差し伸べられなかった。
 謝ることも、お礼を言うこともできなかった。

 皆がこの危険と向き合っているわけじゃない。
 よかった。
 本当によかった。


 これ以上 絶望しなくて いいんだよ ね…………

 ミティアの想いはここで途絶えた。
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