トレジャーキッズ ~委ねしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2‐5】導くもの

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 今日は曇っているが、空は覗いている。朝方も冷え込むようになって来た。そろそろ雪が降って来たと騒ぐ時期かもしれない。
 朝ご飯は軽く済ませた。まだ街中には活気が出ていない頃、手早く乗船手続きを済ませ、一行は乗り込む。
 魔法での移動は術者の活動にある程度の支障をきたす恐れもあるし、ローズの便利アイテムは高額なお金が掛かる。低コストの船で移動ができるなら、急ぎではない限りこちらの方がいい。
 景色も楽しめるし、くつろげる利点がある。
 旅の一行として、同じ船旅として話題を共有するのがいつもの流れだ。だが、何となく竜次は避けられていた。本人もその空気は察していたのか、デッキで一人、ぼうっと海を眺めていた。
 水は怖いが、船の上だと慣れてしまった。景色を楽しむにも、特別海が好きでもなければ飽きてしまう。
 竜次はこれからの身の振り方を考え、深いため息ばかりをついていた。沙蘭に到着し、案件が片付くまではこんな調子かと思っていた。
 ぼんやりとしていた竜次は背後から声をかけられた。
「せーんせっ!」
 顔もあまり合わせていなかったサキだ。船のデッキは風があるため、帽子は手に持っている。
 竜次は相手がサキだと知り、苦笑した。
「てっきり、サキ君に嫌われているのかと思いました」
「へへっ、まさか。でも、いつまでもはっきりしない先生はちょっとカッコ悪いです」
 このあどけなさが残る顔で、無邪気な笑いだ。何を言われるのか、竜次は身構えてしまった。
「心配しなくても一人です。圭馬さんたちは、この強い風で飛んで行っちゃいますよ」
 サキは帽子とカバンの中を軽く見せた。船旅に風はつきもの。小動物は容赦なく飛ばされることもある。
 竜次はサキに訊ねた。
「お得意の推測でも聞かせてくれるのでしょうか?」
「さすが先生、そういうのは鋭いですね」
 謎の攻防の幕開けだ。しかしサキ一人を相手に、竜次はまったく敵う気がしない。
「もしかして、僕と話すの嫌ですか?」
「と、とんでもない。出掛ければ殺人事件に遭遇する物語ではないんですから」
「僕はそういうキャラじゃないのですけれど……」
「ふふっ、それもそうですね」
 変な話の振り方だ。ストレートに言いたいことを言ってしまえばいいのに、お互いの心境を探るところから入る。滑稽なことだ。
 サキはポケットを漁っていた。
「次は先生かなって。はい、これどうぞ」
 ポケットから摘まんで差し出したのは、コーディから巡って来た沙蘭のお守りだ。桜の刺繍と飾り、ピンク色で少しかわいらしい。だが、何人も持ち主を経ているせいか、少し端が黒ずんでいる。
「僕はご利益がありました。こんなものに頼らなくても、先生はきっと正直になってくれると思いますけど、ね?」
「正直?」
 竜次は思わず眉をひそめる。
 その頃合いで、サキは強引にお守りを渡した。
 受け取った竜次は首を傾げた。
「嘘はついていませんよ?」
「そうですね、先生は嘘つきじゃないです。でも、正直にもなっていません。適切な言葉を言うならば、妥協するというところでしょうか。それで先生は満足ですか?」
 竜次の考えを見透かすような言動だ。こう言われては、少し怖い。竜次は嫌な予感を抱きながら訊ねた。
「も、もしかして、読心術でも習ったのでしょうか?」
「んー、それも悪くないですね。でもそれって聞きたくないものや、知りたくなかったことも知ってしまう悲しい術です。多分?」
 圭白の存在を否定するつもりはないが、サキはこうやって考察するも好きだ。
 全部わかってしまっては面白くない。もちろん利便性については、読心術の方が圧倒的に話を進めやすい。
 サキは竜次との会話で一時的な読心術というものがないか、少し興味が湧いて来た。こういうのがやめられない。
 それはそうと、竜次が観念したように大きく息を吐いた。
「妥協か、痛いところを突きますね」
「わっ、当たった」
「もう少し悩ませてくださいよ」
「じゃあ、ノーで」
「サキ君っ!!」
「もう、一回わがままになったんですから、二回も三回も一緒です。それに、そういう性格は直せないと思いますよ?」
「ゔっ……」
 未熟で青臭いところもあるが、言っていることは至極当然で正直。そして、サキは小悪魔のような笑いをしている。純粋なミティアよりタチが悪い。わかっていてやっている感がひしひしと伝わって来るのだ。
「先生はしっかりさんのつもりでも抜けているところがたくさんあって、迂闊で、自分勝手でどうしようもないところもありますが、それが先生なんですから」
 身も蓋もない。どうしようもないまで言われ、励ましに来たのか落ち込ませに来たのかが怪しい。
 竜次は変な勘繰りをしてしまいそうだ。だが、決して嫌な気はしない。不思議なものだ。これはきっと、サキの人柄のせいだ。言い伏せたからと言って、自分が優れていると踏み躙ることはしない。
 竜次はお守りを握って情けなく思った。視線を伏せる。
「サキ君は、私の考えていることがわかってしまうのですね」
「先生の生き方は不器用です。それを否定するつもりはないし、僕だって同じだったらいい道が選べないかもしれません。でも、誰かの視線を気にして生きるのはすごく堅苦しくて、それこそ『特別』に縛られてしまう」
 サキは笑って頭を下げた。
「ごめんなさい先生。ちょっと生意気だったかも?」
 すぐに直り、人差し指で頬を撫でた。
 竜次は首を振って否定した。
「生意気ではありませんよ。そういう考え方もあるんだなって学びました。少し、賢くなれたかもしれません」
「えへへ……」
 また少し考えが変わった。自分にはまだ居場所がある。そう思うと、やはり別れを選ぶ決断は早いかもしれない。

 話が一区切りした。このまま別の話をしてもいいのだが、サキがポンと手を叩き、提案をする。
「あ、そうだ先生、こんな所でぼんやりしていないで、チェスをやりませんか? コーディちゃんが相手を探していましたので」
「チェス!? 将棋の小さいものですよね? 私でお相手できるでしょうか」
「僕はルールがわからないので、断ってしまったのです」
 何やら景色や遊覧に飽きてしまった者が娯楽に目覚めたようだ。これは数時間の船旅でも楽しくなりそうだ。
 話題になっていいかもしれない。そういえば、みんなで遊ぼうというのは卓球くらいだった。緊張感を持った旅だけではなく、こういった娯楽で気を休める機会はいいかもしれない。
 カンカンと乾いた足音を立て、船の中へ二人は戻る。

 デッキの上層で二人を見下ろしていた男女がいた。女性はミエーナだ。金髪のポニーテールが風になびく。
「あの金髪の人、堕ちなかったね」
 ミエーナに反応するのは兄だ。名をルシフという。
「気配を感じましたが、邪魔が入りましたね。さすが大魔導士、そういう気配も察知できるのか?」
 一部始終を観察、いや、監視をしていたようだ。
 ルシフは焦りの色を見せる。
「あまり時間がないのに」
「小さい瘴気じゃ集まってくれないと見付からないもんね」
 ミエーナは言葉遣いががさつなのだが、物事ははっきり言うタイプのようだ。
 ルシフは悪巧みをしているようだ。どうしても一行が気になる。
「あの御一行が本体を呼び寄せてくれるかもしれない。いずれにしても、得た情報が少なすぎる。この世界に何が起きているのかを調べないと」
 一行に対し、何かを企んでいる様子だ。特にルシフは思い詰めた表情をしている。
「利用できるものはするしかない……」
 低く重い言葉が放たれ、ルシフの赤いマントは風になびいた。
 現状では敵でも味方でもない、第三の、また違う勢力だ。


 沙蘭に到着したときは昼を回っていた。遅くても夕方までにはとのことだったが、定刻通りの到着になった。スケジュールにはある程度の余裕を持たせて組まれているが、遅れない方が珍しい。船も利便性が高くなり、人気だがその分トラブルもあるし天候や潮の流れに左右されやすい。他の船とも連絡を取り合って、衝突やトラブルなく無事にというのがこれからも理想だ。
 下船の際に、ミティアは竜次に目を輝かせていた。
「先生って頭を使うゲームが強いんですね!! 判断が早くて、すごくかっこよかったです!」
 感動していたのはチェスを指す。ミティアは見ていた感想を述べた。
「わたし、駒を覚えられなかったなぁ。それなのに、先生ったら、ちょっとやっただけでさくさく動かせるんだもの。見ているだけですごいのがわかりました!」
 おだてられていい気になる竜次。わかりやすい反応だ。
「ははは、私にもまだまだ輝ける場所があったみたいですね」
 旅の道中、まさか娯楽で輝くとは思いもしなかった。皮肉なことに、竜次はまだまだ自分は捨てたものではないのではないかと自信をつけてしまった。
 竜次の横では、対戦相手だったコーディが口を尖らせていた。
「最初しか勝てなかった。強すぎるよ」
 コーディは最初の一戦だけしか竜次に勝てず、その後は連敗していた。
 サキはずっと興味を抱いていながら見ているだけだった。こうして皆で何かを囲むことが少なかった。学校生活で友だちのいなかったサキには輝いて見えた。次の機会があれば、自分から混ざりたいと考えていた。卓球もそうだが、娯楽には興味がある。
「駒の動かし方さえ理解すれば、僕にもできるかも?」
 コーディは呆れていた。
「うわっ、一番強そうな人がなーんか言ってる」
「えぇ、ダメですか? 僕にもルールを教えてほしいです」
 サキはどうしてもルールを教えてくれと食い下がる。
 コーディはこれを拒否した。頭のいいサキがチェスをやったら誰も勝てないだろう。わかっていて、ルールを教えなかった。
 教えてくれないのなら、自分で調べる。それがサキなのだが。
 
 キッドは乗船中に気になることがあったようだ。ジェフリーの姿を見て、質問をする。
「あんた、ずっといなかったけど、何してたの?」
「デッキで筋トレ」
「はぁ!? あんたって脳筋野郎だったの?」
 朝方バタバタしていたせいもあって、宿での茶番がなかった反動かもしれない。
 いつものことだが、キッドはジェフリーに対する指摘にキレがある。
 ジェフリーが筋トレと答えたのには理由があった。
「いつまでも体が動かないのは困る。体力も落ちたし」
 デッキで筋トレと聞いて、ミティアが顔を覗き込んで来た。
「頑張ってるんだね。でも、怪我しないで……」
 ジェフリーは頭を回し、首を鳴らす。
「怪我はしていないけど、今度は首が痛い」
 時折パキパキと骨の軋む音がする。
「枕を少し高めにしてみたけど、首が痛い以外はよく休めた気がする」
 同室で休む竜次は心当たりがあった。
「そう言えば、いびきを聞かなかったような気がしますね」
 ジェフリーは改善策を試したようだ。それは、自分にとってプラスに作用するのなら何でも試したい思いだった。
 それを聞いたローズはもうワンステップ先の提案をした。
「宿によって枕も質が違いますヨ。何となくでも、自分に合った高さとか、硬さを覚えておくといいかもしれませんネ」
 ローズの助言はためになる。だが、ローズが話したことによって、指摘の対象が増えた。
 キッドは鋭い指摘を入れた。
「あれ? ローズさんもいなかったけど、何をしていたんですか?」
「ン、船の構造を見ていたデス。自分で作ったら、もっとコンパクトで軽量化させるとは思いますヨ。おそらくエンジンが重くなると思うので無駄を省いて、でもできたら潜水機能も付けたいし……ぶつぶつ……」
 長々と独り言を呟いている。要は船の構造を練っていたようだ。そんなに大きなものを作ろうとしているのか。

 見慣れた街並み、石畳の整った道、格子状の独特な街造り、沙蘭だ。
 沙蘭の街に繰り出そうとしている中、ジェフリーが背後をしきりに気にしている。
「どうしたの?」
 ミティアも背後を振り返ったが誰も見ている人はいないし、特におかしい点もない。
「いや、どうも誰かに見られている気がしてな。何もして来ないなら別にいいさ。どうせ、サキのファンじゃないか?」
「わぁ、今度からそういうのにも気を付けないといけないのかなぁ」
 ある程度の警戒はしているが、少し違うような気配もする。追っ掛けだけならいいのだけれど、余計な心配事は増えないでもらいたい。ジェフリーは意味深なことを言ったが、深くは考えないでおいた。
 久しぶりと言っていいのかはわからない。だが、結構な頻度で沙蘭を訪れている気がする。
 宿は取らずとも、客室を使わせてもらえることもあり、正直気が楽でいい。食べ物もおいしいし、街の人も優しくて人柄がいい。
 ただ、今回は少し緊張感を持っているべきだ。
 目的の一つとなってしまった、『お見合い』を済ませなくてはならない。竜次は皆に振り返り言う。
「さて、面倒なことを早々に話して来ます。何となく流れを組むまでもなく、私は縁談をお断りするつもりです。また夜にでもご飯を一緒に食べましょうか」
 竜次は軽く手を振って城の方へ向かった。城に向かったわけではなく、その向こうの離れの仕事場が主目的だ。
 残された者でこれからの行動を話そうとする。だが、その前にミティアはキッドの背中を押した。キッドは一歩前に出て、ミティアの方を振り返る。
「あ、えっ?」
「キッド、先生のところに行かないと後悔するかもしれないよ?」
「ミティア? えっ、みんなも!?」
 突然の出来事にキッドは驚く。ミティアだけではなく、皆も温かく見守っていた。
「で、でも、あたしは……」
 キッドは主にジェフリーの視線を気にしていた。ジェフリーは竜次の弟だ。だからこそ、恋の駆け引きとひと悶着を申し訳なく思った。
 ジェフリーはその視線に気が付いた。両手をジャケットのポケットに突っ込みながら、態度を悪くして言う。
「別に誰と誰がくっつこうが俺には関係ない。ただ、兄貴は押しに弱いところがあるから、断る意思があってもねじ伏せられるかもしれない。だからはっきり言う人が必要だと思った」
 サキも手を振っている。怖いくらいの笑顔で。
「こっちは任せてください。姉さんなら、ちゃんと先生を引っ張ってあげられると思います」
「あ、ありがと……」
 キッドは少し照れながら、竜次の背中を追い駆けて行った。
 てっきり、いい展開が予想されるだろうという空気だった。だが、サキ以外の皆が笑いを堪えている。
「んん? どうかしました?」
 さすがにサキは不振に思い、変な声を上げる。
 最初に噴き出したのはジェフリーだった。
「ぶっ、くはは、お前、名演技で助かった」
「な、何ですか、ジェフリーさん? 皆さんも?」
「あっはっはっ……久しぶりに大笑いした!! 苦しいくらいだ!」
 ジェフリーを筆頭に、ミティアもローズもコーディすら笑いを堪えている。頑張って抑え込んでいるようだ。
「だ、だめ、苦しいかも」
 いつもクールで感情の浮き沈みがないコーディは、涙目になって口を歪ませているくらいだ。もうただごとではない。
 使い魔たちもこの話と反応には興味を抱いている。特に圭馬なんて、煽るような言い方だ。
「あぁー、昨日の話ぃ?」
「なになに、圭馬チャン? わしは知らんのぉん」
「お兄ちゃん先生のお見合い相手って、今年三歳になる女の子だよ」
 圭馬がさらりと真実を口にした。この空気に馴染めないのがサキだった。
 サキは眉をひそめた。どうもいい気がしない。
「つまり、皆さんは知っていて、先生や姉さんに話さなかったと? 騙したのですか?」
 サキは『騙した』と言って疑ったが、詳細を話さなかっただけで、騙したことにはなっていない。ジェフリーは軽く弁解しつつ、詳細を話した。
「相手がどんな人なのか、話さなかったのは悪かった。だけど、こんな縁談、通るはずがない。丁度いいから、兄貴にはこのまま薬にしてもらおうと思ったんだよ。いつまでも中途半端で見てらんねぇだろ?」
「それに関しては激しく同意したいのですが、結構真剣にアドバイスしたんですよ。何か拍子抜けです!」
「だろ? サキは真面目にアドバイスするから黙ってたんだよ」
 事情は理解した。サキは怒ろうとも悩んだが、真面目で嘘が苦手なのは自覚している。二人のためにも、ここは抑えることにした。問題は、そううまくいくかという点だ。
 少しでも進展があるならそれもいいだろうと思うサキであった。

 コーディが主目的にシフトさせる。
「それで、ママ探しだっけ」
 これも面倒といえば面倒な話だ。
 早速沙蘭のギルドに赴く。すると、腰にマスケット銃を下げた光介に遭遇した。
「あっれー、兄貴様御一行」
 やけに陽気な挨拶だ。時刻は昼を回っているが、ギルドで何をしていたのだろう。ジェフリーが皆を代表して、挨拶をする。
「よっ、光介! 久しぶり、でもないか」
 軽く会釈を交わす。光介はこの中に竜次がいないのを察知した。
「兄貴様が不在ってことは城が大変か。どうすっかなぁ」
 何か困っているようだ。いつもは腰に剣を下げている光介も、右手を痛めているらしい。手の平に包帯、腕には湿布を巻いてテープで処置をしていた。
 それでも街の警備と正姫の護衛からは外れられないため、マスケット銃を持っているようだ。大変な思いをしているのだろう。
 光介は一行に提案を持ちかけた。
「今、少し困っていまして。よかったら報酬を弾むので、見てもらえないっスかね?」
 ジェフリーは光介の様子を見て疑問を持った。ギルドにいる時点でもっと疑うべきだった。
「内容にも寄るけど、俺たちも用事があって来てるんだ」
 ジェフリーの言葉に、光介はギルドのカウンターを離れ壁の掲示物をぽつぽつと指さして行った。
「名前や詳しい人物情報は知らないっス。でも、赤毛のシスターらしき人がこれだけ騒ぎを起こしていて。最初はただ信者集めなんだろうくらいでしたが、次第にエスカレートして、役人や城の者が噛みつかれたし、魔法攻撃をされて困っていまして。昨日も城に来て城主を出せと言って暴れました」
「光介、その話、乗ってもいいぞ。丁度そのおばさんを探していたんだ」
「マジっスか!?」
 探すまでもなかった。話の中には不可解な点がいくつもある。一時的な感情でカッとなるのならジェフリーは目撃している。だが、一方的に人を傷つけることはしていなかった。しかも、何度も繰り返している。
 ミティアは不穏な話に気を落としていた。
「お母さん、傲慢だけど、そんなことはしないはず」
 ミティアの顔色が悪い。別人ではないかと疑いも掛けたくなる。
 コーディは光介を見上げる。嫌な予感がしたのだ。
「もしかしてその怪我って?」
 光介は苦笑いで返す。
「はは、修行不足っスね。立派な傷害事件なので追い返すだけでなく、早々に捕まえて罰を与えておけばよかったと後悔してるっスよ」
 ミティアは頭を下げて謝った。認めたくはないが、自分の母親だ。
「そんな、ごめんなさい」
 こんなにお世話になった人に悪いことをしたと心を痛めた。
 直接立ち会ったローズも首を傾げた。
「しかし、そんな気性の荒い人だったかと言うと、何かおかしいような気もするデスネ」
 ジェフリーの質問をした。
「それだけ暴れてるなら、どうしてさっさと捕まえないんだ?」
 光介はまた苦笑いをした。
「いえ、だって、毎回謝って来るんですもん。土下座されたこともあります。自分がやったのかって、納得してない様子っスけど」
 会話から情報を整理している者がいた。
 大魔導士のサキだ。顎に手を添え、まずは一言。
「それ、『幻』かもしれないですね?」
 世の中の情勢を考慮すると、その可能性も一つ有り得る。あくまでも、まだ可能性の段階だ。
「とにかく、会ってみないとわかりません。そのシスター、今はどちらに?」
 サキが質問すると、同タイミングで役人が数人、バタバタとギルドに入って来た。あっという間に話が遮られてしまった。
 光介が小声で役人と話をしている。途中で表情が強張ってしまった。
 役人たちと話を終えた光介は、焦りの表情で言う。
「兄貴様、ちょっとまずいことになったので、すぐに手を貸してもらっていいっスかね」
 光介が先に役人たちを向かわせる。言っても光介は手負いだ。マスケット銃など改造なしの物など滅多に当たらない、威嚇にしかならないものを持っているのだ。戦力にはならない。
「先に手が空いている人を城に向かわせました。街も手薄にはできないし嫌っスね、こういうの」
「むしろ、光介が街の警備に当たれ。それは威嚇になるものだろ?」
「そりゃあそうっスけど……」
「お前は俺と違って街の人からも信頼されている。もしものときに備えて、現場の人に就いてやれ。城に行けばいいのか?」
 ジェフリーは光介の肩に手を置いた。義理なのに、本当の兄のような振る舞いに、光介はへらへらと笑う。
「船着き場へお願いします。王政を掴もうと必死なフィリップスの回し者が、もうすぐ到着するそうっスよ。ちなみに俺っちは反対しておいたんスけどね」
「はぁっ!?」
「三歳の子どもなんて飾りっス。本当はその親戚と取り巻きが遺産と国を目当てに血眼になっているだけ。ギルドで人でも雇って動向をうかがっていたのかもしれませんけど、兄貴様にストーカーなんてきめぇっスよね」
 いい加減な口振りだが、時々こういう鋭いことを言うのが光介だ。
 光介が向き直って深々と頭を下げた。
「また助力をお願いするなんて図々しいっスけど、よろしくお願いします」
 上げたその顔は大人びていた。沙蘭を支える者の一人として。

 竜次とキッドは、座って待っていた。正姫がお茶を出して軽く話をし、出て行ってしまったところだ。正姫は城主として、沙蘭の地主として統治する仕事に追われている。忙しいのも仕方がない。それなのに、縁談の話だ。
 これは申し訳ないことをした。
 そして、縁談の相手が良し悪しも自分で把握できるか怪しいもうすぐ三歳の女の子。フィリップス王家の血族ということで崇められ、気の毒で仕方ない。大きい国になると、それなりに派閥や野望が入り乱れる。いつも被害に遭うのは子どもだ。
 竜次は情報を整理し、喪失感を感じた。迷惑を掛けていると真剣に悩んでいたことすら馬鹿馬鹿しい。悩んでいた時間を返してもらいたい。
 キッドはほとんど口を出さなかったが、同席しているだけで心強かった。客間で出来事を振り返る。
 キッドは固唾を飲んで一緒になって聞いていたが、相手が三歳と知って同じように脱力していた。
 しかも、もうフィリップスから出向いているらしい。その時間調整で待ち時間が生まれたようなものだ。
 竜次はキッドと会話を交わす。
「将来的に沙蘭も手中に収めたいのなら、私じゃない方がいいと思うのですけどね。それこそ、ジェフが適正かと」
「もしかして、その女の子のこと、本気にしています? ろりこん?」
「まさか。私は元気な女性がいいですよ」
 お茶を目の前にしながら、対談も控えているというのに着替えもしない。正装に着替えるくらいしてはどうかと正姫に提案はされたが、その気はないことを形から入る事を選んであえての私服だ。
 竜次は一つの可能性を言う。
「案外、これは皆さんに仕組まれたことだったりして、ねぇ」
「まさか。だとしたら、あの子が黙っていませんよ」
 キッドが言う『あの子』とは、サキを指す。竜次もそこは気になっていた。
「なんか、全部拍子抜けだったなぁ……」
「あたしも、真剣に悩んでたのに」
 お互い落ち込んでからチラッと視線を上げると目が合った。思わずくすっと変な笑いを立ててしまう。
「変な竜次さん。あたしもおかしい」
「いえ、まったく……」
 お互い気まずかったのに、そうは感じなくなっていた。
 キッドは竜次の顔を見て言う。
「あの、返事、してもいいですか?」
 キッドはもじもじと恥じらい、可憐さを見せた。
「残る道を選ぶなら、あたしはここには残れません。ごめんなさい」
「いえ、そんな、謝らないで……」
 どちらかというと、悪い返事だった。でも嫌な気持ちはない。まるでサキと話しているような感覚だ。竜次はこの絶妙な空気も嫌とは思わなかった。
 キッドがまだ何か言いたそうに顔を上げる。だが、部屋の襖を隔てて正姫の着物の擦れる音がした。
 別に特別なことなどない。出迎えならあり得る。
「す、すみません」
「姫子、いつから?」
「少し前から、です」
 盗み聞きするような感じになってしまい、正姫は軽く詫びた。
「呼びに来たら、込み入った話をされていたので、タイミングがわかりませんでした。申し訳ありません。お兄様が好きな方くらいわかっております。以前からとても親しくされていたではないですか」
 正姫に指摘され、二人は顔を見合わせた。
 他者からだと、これは少し気まずい。
「わたくしもお断り申し上げたのですけど。今後もフィリップスと友好関係を続けるのかと強く言い寄られてしまい、何とも情けない。会うだけお会いして、お断りくださいませ」
「久しぶりにブチギレ起こしてしまいそうです」
 避けたいと思っていた板挟み。そろそろ我慢の限界だ。
 竜次は立ち上がって眉間にしわを寄せる。本当に怒っているようだ。
「どうせならこちらから出向いてやりますよ。城に上げるまでもありません!」
「先程船が、ってお兄様!?」
 正姫の言葉を聞いて、竜次は血相を変えてどたどたと部屋を出て行った。
 呆然と残されるキッドと正姫。
「え、あれ、いいのかな……」
「最低限の節度さえ守っていただければ、お兄様は沙蘭の者ではないことになっておりますので大丈夫、だといいのですけれど」
「あー…………」
 キッドは立ち上がった。慣れない正座で少し足を引き摺るも、一応止めに入ってあげた方がいい気がしたのだ。いや、縁談の決裂自体はいいのだが。
 言いたいことが言えずに、不完全燃焼のキッド。このままでは落ち着かない。


 こんなに慌ただしいのに、雲はあるが晴れている空が憎らしい。知らせを受けて、沙蘭の船着き場へ向かっている途中だ。
 ミティアは険しい表情だ。彼女の視線の先には自分の母親を名乗った人がいる。傲慢で、自分勝手で自分の話を聞いてくれなかった。だが、他人に迷惑をかけるような人ではなかった。今はまだ姿だけ。まだ距離はある。向こうには気付かれていない。
 勇み足なミティアの手をジェフリーは握った。
「あんまり思い詰めるなよ」
「わかってる。わかってるけど、でも、こんなの絶対おかしいよ」
 ジェフリーが気遣う。だが、ミティアは自分の目で見ないと納得がいかないようだ。
 様子がおかしいのはミティアだけではない。圭馬がずっと耳を立てて、何かを警戒している。サキは気になった。
「圭馬さん、おとなしいですね」
 いつもなら誰かを煽ったり、茶々を入れたりするのに何も喋らない。
 ことの流れでも黙って見ているという感じで大きく干渉はしない。もともと幻獣は、生きている人間に大きく干渉すると魔界から追放されるとか言っていた気もするが、ティアマラント達は例外のようだ。ショコラも人間にとって便利な魔法の本を出したり、人里近くの森で幻影術の実験など行っていたりしていた。では、普通とはどれくらいの干渉なのかというと、セティのようにブローチの中でおとなしくしているくらいである。
 化身を持つこと自体が異例で高位。そして普通は物、呼ばれたら出るくらい。
 圭馬は人間に干渉どころのレベルではなく小うるさい。邪神龍を抹消する魔界からの特命があるせいだが、騒動の度にうるさいのが普通で今回はおとなしい。
「なんか、よくわからないけど、気持ち悪いんだよね」
 圭馬の言葉にサキは首を傾げる。
「お昼にフレンチトーストにホイップクリーム乗ったのなんて食べたからじゃなくて、ですか?」
 気持ちが悪い症状を胸焼けと考えたサキが指摘する。だが、圭馬は首を振っていた。
「違うよぉ、モヤモヤするんだって!」
 圭馬のよくわからない訴えに、ショコラは惚けたように指摘をした。
「圭馬チャン、恋煩いなのぉ?」
「もぉーっ!! 違うってば!!」
 バタバタと慌ただしくも、一行は船着き場に到着した。
 大きな船がある。到着して、さほど経過していないようだ。恐ろしいことに、この場に竜次が居合わせた。船の前で、フィリップスと思わしき人たちと口論になっている。こちらには気付いていないようだ。それだけ話に熱を持っているようだった。
 ジェフリーは自分たちの抱えている案件と、竜次の縁談がバッティングしてしまったことを嘆いた。
「そうなるだろうと思っていたが、ちょっと展開が早すぎやしないか!? 結局こうなるのかよ」
 潮風で乱れる髪を払いながらジェフリーが面倒くさそうな声を上げる。竜次のうしろには、赤毛の女性が迫って見えた。
「お母さんっ!!」
 ミティアが駆け出した。彼女が離れた瞬間に目の前を閃光が走る。まるで、ミティアが一行から引き離されるように。
 ジェフリーが一瞬目を塞ぐも、その行動をどうにかするべきだったと後悔した。
 光をまとった壁、いや、檻のようなものが展開されている。触れたら体に電撃でも走りそうだ。目を疑った。一気に非日常へ誘われた。
 サキがループタイを撫で、武器を召喚した。杖を手に持ち、言う。
「ジェフリーさんっ!! 魔法攻撃です!」
「くそっ、やっぱりそうか。相手は誰なんだ!?」
「わかりません。でも、この檻を何とかしないと! ミティアさんと先生が……」
 サキは杖を媒体に早口で呪文を唱える。
「ディスペル!!」
 お得意の解除魔法を放つも、壁は消えない。サキの魔法が弾かれたようだ。
「えっ……」
 魔法が弾かれるなんて初めてだ。サキは動揺した。つまり、術主はサキよりも『力』を持った人だ。サキは焦りの表情を浮かべる。今は、次の一手が考えられない。
 魔法の檻に閉じ込められたのは、ジェフリーとサキだけではない。この場に閉じ込められたのはローズとコーディも一緒だった。
 ローズサキの魔法が弾かれたのを見て、小さく唸る。
「ひょっとして、まずい展開ではないデス?」
 コーディは現実を見据えていた。サキでこの場が打開ができないのなら、ローズはどうだろうかと提案をする。
「ローズ、お得意の科学の力は!?」
「魔法と科学は相容れないものデスヨ!?」
 コーディとローズで、ちょっとしたコントのような掛け合いになってしまった。変な動揺が加速する。
 閉じ込められてしまったことにより、ミティアが危ないかもしれない。ジェフリーは剣を抜き、檻に向かって剣を叩きつける。だが、びくともしない。
 ミティアはジェフリーを気遣った。檻に触れようとしている。
「ジェフリー! ど、どうしよ……」
「来るな! こっちは何とかする。兄貴と一緒にいるんだ!」
「わ、わかった」
 ミティアは困惑しながら引き下がった。無理をして怪我をしてほしくない思いから、ジェフリーは竜次といることを勧めた。
 ミティアが離れて間もなくだった。
 光の檻を隔てて、まるで空からでも降りて来たようにストンと靴音が鳴った。金髪の兄妹らしき二人がこちらを向いて立っている。
 サキは驚き、声を上げる。
「あっ、あなたたちは、フィラノスで会ったご兄妹?」
 助けてくれるのだろうかと思ったが、そういう空気ではないようだ。
 もっと驚いていたのは圭馬だ。サキのカバンから身を乗り出している。
「ルシフ兄ちゃんッ!!」
 圭馬はカバンを飛び出し、壁際まで駆けた。一同を魔法の檻に閉じ込めたのは、赤いマントに大きな眼鏡のルシフだ。高位の魔導士のようだ。
「な、何で? どうしてこんなところに!? おかしいよ、だって……」
「圭馬、やはりその人に就いていたのですか」
「な、何をしようとしてるの!?」
 圭馬とルシフは面識があるらしく、話し込んでいる。
「器が二つ、どちらに宿るかはわかりませんが、瘴気の魔物を呼び寄せて封じます。うまくいけば邪神龍とやらが生まれ、『歪み』を作ってくれるかもしれませんからね」
「宿るって? 封じるって」
「言葉のままです」
「お姉ちゃんかそのママを殺すって言うの!?」
「大きな犠牲が出る前に小さな犠牲は仕方がないこと。きれいごとなんて言っていられないのです!!」
 信じられない威圧感と殺気。圭馬はルシフを敵として認識した。圭馬は負け惜しみを言う。
「残念だけどこの人たち、強いよ」
「私の邪魔はさせない」
 ルシフはタロットカードのような長細い紙を手に取って弾いた。それを見たミエーナが叫んだ。
「うえっ、お兄ちゃん正気なの!? この世界の人たち、死んじゃうかもしれないよ!?」
「圭馬が強いって言ったから……」
 弾かれたカードは檻の中に放たれた。そのまま魔法陣が展開され、神々しく光る。緊張が走った。
 ショコラはジェフリーを見上げる。なぜなら、ジェフリーは悔しそうな表情を浮かべていたからだ。
「格上から喧嘩を仕掛けられるのは初めてじゃのぉ……」
「ばあさん、策はないか」
「さすがにボケとる余裕はないのぉ。目の前ばかり見ていても、仕方がないような気はするがなぁん?」
「目の前ばかり……」
 ジェフリーはごくりと生唾を飲んだ。
 放たれた魔法陣から三俣の頭をしたオオカミがあらわれた。尾は蛇のように長く伸びている。一般的にはケルベロスと呼ばれる魔獣だろう。
 杖を手にしたまま、サキは震える。
「降魔術、お師匠様と同じ……」
 格上で師匠のアイラと同じ戦術を使う相手。サキは焦っていた。
 もっと焦っていたのは、コーディとローズだ。
「私たち、この狭い中でこいつと戦えって言うの!?」
「どーしてこういう奴は決まって女子どもを狙って来るのデスカネ……」
 檻の中で死闘だ。ケルベロスは、コーディとローズ目掛けて飛び掛かった。
「どぉぅ……」
 ローズが転がって避けるが、ただ避けるだけではない。手に持っていた媒体を投げつけている。戦えないと言っていた弱気な彼女はどこへ行ったのだろうか。
 一方で飛んで回避に成功したコーディだが、高く飛べないストレスがあるようだ。
 ケルベロスと言っても、体格はオオカミと差がない。狂暴化した野生動物の相手に慣れてしまった一行には対処がしやすかった。ただ、三俣で異形だということ。そして、狭い檻の中で臨戦状態にある方が厳しく思えた。
 コーディが攻撃を避けながら言う。
「ジェフリーお兄ちゃん、ここは私とローズに任せて!!」
 ジェフリーは不安に思いながらも、信じることにした。少しでもこの場を鎮めるよう、知恵を絞る。
 サキもその考えは同じだった。だが、気になって仕方がないことがある。
「圭馬さん、あの人と親しいのですか?」
「……」
「圭馬さんっ!!」
「ボクを魔法学校に紹介した人。最初で最後の友だち。でも、この世界の人であってそうじゃないはずなんだ」
「あとで詳しく説明していただけますね?」
「とりあえず、そうだね」
 圭馬はしょげていた。何やら意味深な発言だが、今は頭の片隅に置くくらいだ。
 サキは檻から出る方法を考えつつ、今置かれている状況にも気を配った。 
 ジェフリーは左腕を気にしている。まだ実質、手負いだ。サキと目が合った。
「案があるなら言ってくれ。今はミティアが心配だ。いくらでも乗る」
 サキはジェフリーを見て、とあることを思い出した。彼も魔法が使える。
「格上だか何だか知らないが、俺たちには簡単に築けないものがあるはずだ。短時間で攻め込めば、意外と何とかなるかもしれない」
「ジェフリーさん……そう、ですねっ!!」
 サキは檻の向こうを見る。もう行動は始まっていた。

 瘴気を纏ったシスター、レスフィーナに皆は驚く。竜次はフィリップスからの一行を城に避難させようと誘導した。
 竜次はレスフィーナと面識はないが、これだけは絶対だった。
「この人、正気じゃない」
 歩き方がふらふらとしているし、ぶつぶつと独り言を呟いている。まるで何かに憑りつかれてしまったかのように、目は虚ろで視点が合っていない。お陰で非難はすんなりとさせられたが、気味が悪い。
「先生! お母さんが……」
 ミティアが小走りになって駆け付ける。竜次はこのシスターが、探していたミティアの母親であることを理解した。
「ミティアさん、そうか、この人……」
 レスフィーナは黒い瘴気をまとい、さらに増幅させている。誰が見ても恐怖を感じるであろう。
「この世界はどうして救われないの? どうしてわたくしは家族と暮らせないの?」
「お母さん……?」
 話がしたいのに、食らい付くような勧誘文句もない。向き合ってもこちらを見ない。ミティアはレスフィーナが正気ではないことを察した。
 以前、貿易都市で魔界の歪みがあらわれた際の、圭馬の言葉を思い出した。ミティアは瘴気の影響を受けやすいから気を付けろと言っていた。そのせいか、レスフィーナに近寄ると胸焼けと頭痛のような圧迫。気分の悪さを感じて苦しい。ミティアは胸を押さえ、前屈みになる。
 竜次はミティアの体を支える。
「ミティアさん?」
「息苦しい。何、これ……」
「いったん下がりましょう」
 竜次はミティアに後退を勧める。すると、背後にいた人物に遮られる。ルシフとミエーナだ。
「何ですか、あなたたち?」
 典型的な言葉しか出ず一瞬顔をしかめる。ルシフとミエーナの向こうで光る檻を見た。もしかしたら、自分はとんでもない見落としがあったのではないか。竜次は船で対応をしていたため、状況が理解できていなかった。よく考えたら挟み撃ちのようになっていると気が付き、竜次がミティアの手を引こうとする。
「……っ!?」
 ミティアと竜次の間を裂くように剣が振られた。竜次は自分の手を引いた。判断を誤ったら深手を負っていたかもしれない。
 剣の主はルシフだ。赤いマントに大きな眼鏡。そして腕が細い。どう考えても剣を振れるような腕をしていない。
「あなたが沙蘭の剣神ですね。お相手、願いましょうか?」
 ルシフは竜次に刃先を向ける。竜次の横を赤いリボンの女の子が抜け、ミティアを突き飛ばしていた。突き飛ばされたミティアにレスフィーナが不敵な笑みを浮かべながら抱き着いた。黒い瘴気が広がる。
 完全に不意を突かれた形になった。
「や、やめっ……苦しいっ……」
「ミティアさんッ!!」
 竜次がミティアを助けようとする。だが、ルシフが邪魔をする。
 危うく前髪をかすめた。これには竜次も頭に来た。
「……っ、誰に喧嘩を売ったか、教えてあげます!!」
 ルシフはうすら笑みを浮かべる。剣神と呼ばれる竜次を前に、どこからその自信が出るのだろうか。
 竜次が腰を落とし抜刀の構えをした。そのときだった。ルシフは剣を持つ手とは逆の左手、人差し指を立てる。
「ムーブロック!!」
 竜次は足が動かせなくなった。ルシフが放ったのは行動不能魔法だ。動かせるのは手元のみ。ルシフは勝ち誇ったように笑う。
「動けない剣豪など、でくの坊です」
「な、えぇっ……!?」
 あっけなく使い物にされなくなった竜次。魔法に関しては疎いが、動きを封じられるとは思いもしなかった。
「おとなしくしていてください。必要以上に死者は出したくない」
「あなたは、ミティアさんに何をするつもりですか!?」
「ちょっとした生贄です。もしかしたら瘴気の魔物が喰らいつくかもしれない」
 ルシフは平然とした顔で恐ろしいことを言っている。竜次はマスケット銃に手を置いた。足を動かせないのなら、この足掻きを考えた。だが、ルシフはこれも嘲笑う。
「外れたら大切な仲間の誰かに当たるかもしれませんよ?」
「くっ……」
 銃を抜けないのは足が動かない状態で撃っても、時間差で来る反動で外れるのを知っているからだ。そんなに勝手のいいものではない。
 竜次は焦っていた。ルシフに挑発され、真っ向から挑もうとしていたのに行動を封じられている。黙って目の前の惨状を見ていろと言うのか。こうしている間にも、ミティアは瘴気に飲まれそうになっていた。
「いやぁっ!! 離して!!」
 ミティアは抵抗するが、剣を抜けなかった。理性を失っているが、相手は母親だ。傷つけるわけにもいかない。
 息苦しく、意識は遠のく、瞼が重く手に力は入らなかった。だが、レスフィーナの体がやけに重い。
「……?」
 ミティアは異変を察知し、レスフィーナを払った。
「えっ?」
 払えた事にまず疑問を抱く。ミティアが距離を取ってかぶりを振る。レスフィーナは倒れ、瘴気が消え去った。
 ミティアは深く息を吸い、軽く咳をする。まだ立っていられそうだ。今、敵を見失ってはいけない。
 竜次はミティアに言う。
「ミティアさん、そのご兄妹が!!」
 自由になったミティアは瞬時に判断をした。剣を抜き、ルシフに斬りかかる。
「お兄ちゃん!!」
 ミエーナが叫ぶ。いつの間にか薙刀を持っていた。加勢をしようとする彼女の目の前を、疾風の矢が抜けた。
 ルシフとミティアの刃が混じる。ルシフが押されていた。やはり剣術は専門ではないようだ。だが、ルシフはミティアに押されているよりも別のことに気が付いた。
「まだお仲間がいましたか……」
 ルシフは詠唱を開始する。詠唱しながら見た先には金髪ふんわりボブカットの女性、キッドが弓を構えていた。レスフィーナの足元には矢が刺さっていた。かすめた程度だろうが、倒れている。これを見て判断したようだ。
 ミティアもキッドの存在に気が付いた。
「キッド! 気を付けて……」
 ルシフの左手から稲妻が放たれた。
「ライトニングブレイド!」
 稲光はキッドに向かっていた。キッドは両手を前に構えた。
「ったく、久しぶりで感覚がわからない……」
 キッドは魔法無効能力者、ノイズである。向けられた魔法は弾かれ、砕け散って消えた。これを初めて見た者は、絶対に驚く。ルシフも例外ではなかった。
「障壁? いや、これは、まさかこの人はノイズ……?!」
 好戦的なルシフとは対照的に、ミエーナは両手を上げて抵抗しない意思を示している。その理由はキッドの切り替えが早く、魔法を弾いてすぐに弓矢を構えていた。その矢先はルシフとミエーナ、どちらもい抜けるような状態だ。加えてキッドの鋭い眼光が抵抗を許さない。
「あんたたちは何をしようとしていたの?!」
 キッドの言葉に反応したのはミエーナだった。
「そ、そんなの、簡単に教えたげないっ!」
 ミエーナは言葉では強気だが、実際の行動はやけに引け越しだ。
 次に目立った行動を起こしたのはサキだった。
「テレポート!」
 こんな短距離を瞬間移動とは効率が悪いが、相手の仕掛けた檻を突破するにはじゅうぶんである。
 サキが靴底を鳴らす。ジェフリーとともに檻を抜けたようだ。
 ジェフリーの剣戟はルシフの剣を払い退けた。
 退いたルシフが見たのは、檻の中での光景だ。
「そんなっ……」
 檻の中では、飛んで誘導をしていたコーディと媒体を大量に持ったローズが、氷漬けになったケルベロスを前に笑顔でいる。
「ナメられたものね」
「そこまでヤワではないデス」
 戦えないわけではない。まだ、手の内は研究中だが、身を守る術がまったくない状態ではないため、敵に回すと何をするかわからない。これを作戦に取り入れるのはハイリスクだが、それは同時に相手にも予測はつかない。
 弓矢を構えるキッド。前方にはジェフリーとサキもいる。圭馬が警告をする。
「ルシフ兄ちゃん、無駄な抵抗はやめてよ!! 悪いけど、喧嘩を売る相手を間違えてるよ」
 圭馬はこの一行を気に入っている。それは、行動をともにして、得た信頼と信用。家族のように過ごした日々で築いた絆がそうしたものだ。
 ルシフは剣を鞘に納め、諦めるように首を振った。
「そうですね。喧嘩を売る相手を間違えた。そういうことにしておきます」
 ミエーナは手を挙げたまま、ルシフに合流した。
「お兄ちゃん、どうするの?」
「次の手を考えます」
 形勢逆転、というよりかは一行が打開してしまったと言うべきだろう。チームワークと強さは一行が格上だった。
 ルシフとミエーナを追い詰める。ジェフリーが質問をした。
「あんた、船からずっと俺たちをつけていただろ?」
 ジェフリーが威圧を掛ける。ルシフは鼻で笑って答えた。
「いえ、フィラノスからです」
「俺たちの誰かのストーカーじゃなさそうだな」
「まぁ、人も探していますけれど、優先順位は低いですね」
 ジェフリーは直感から、根本的には悪い人ではないことを察知した。極悪人なら、こうして話をしないだろう。ただ、ルシフのしたことは許せるものではない。
「失礼を詫びましょう。もうあなた方の邪魔するつもりはありません」
 ルシフは一礼し、指を弾く。ミエーナとともに、音もなくスッと姿を消した。それと同時に、放たれていた魔法がすべて解除され、自由になった。察しは付くが都合のいいテレポートだ。詠唱しないで使える所を見ると、相当いい腕をしている。
 剣を鞘に収めながらミティアが首を傾げた。
「消えちゃった……?」
 静けさの中、キッドは矢をしまいながら竜次に駆け寄った。
「竜次さん、怪我はない?」
「怪我をする前に、動きを封じられましたね。殺ろうと思えばできたはずなのにそうしなかった。彼等には優先順位があったのでしょう。とは言え、こうも容易く長髪に引っかかり、動きを封じられるとは情けない」
 竜次は悔しそうだ。だが、キッドに心配されるのは悪い気がしないようだ。靴底を鳴らして、感覚を確かめている。
 久しぶりに味わった対人での追い詰められと、走る緊張感。使い慣れない魔法がサキの体に負担を掛けていた。
「もう僕、疲れました」
 精神面の疲労が強い。同じく封じられたジェフリーは疑問を抱いていた。
「あのまま俺やサキを潰せるチャンスだったのに、それもしなかったな」
「あんなに力の差があるなんて信じられないです」
 皆が合流する。コーディとローズも。
「いやさぁ、私たちの実力を信じてくれたのはいいけど、危なかったよ。お兄ちゃんたちが抜けて広くなったからだけどさ」
 コーディは小言を言っているが、ローズは白衣を払いながら黙っている。
 魔力こそサキには敵わないが、ローズは連続で魔法を放てる強みがある。打数ならサキを上回るため、重ね掛けによっては氷漬けも可能だ。
 コーディは背格好も小さいが、トランクを持っていなければ身軽で、その上飛べる。そして回避に長けている。囮になるのは得意だ。
 都合がいい解釈だが、できるだけ個々でも動けるようになるのはいいことだ。

 ミティアは、足を打たれ気絶しているレスフィーナに目を向ける。
 こんなに人に迷惑ばかりかけて、自分の母親なんかじゃないと突き放すのは簡単だが、それで済むような要件ではない。
「今日は美味しい晩御飯でも、とは行かなさそうですね」
 竜次がレスフィーナを抱え上げる。足の出血は多くない。
 キッドは謝罪していた。その謝罪はミティアにも向いていた。
「ごめんなさい。深くはないはずなんだけど、傷つけてしまった」
「いえ、こうしなかったら歯止めが効かなくなって、ミティアさんだって危なかったかもしれません。それに、明らかに異常でした」
 竜次は賢明な判断とフォローした。

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