三本角物語

当山 佳

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十七話「進取」

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私は電気を消した自分の部屋で考え込んでいた。

警察の中にも暴力団のスパイがいる。
私はこの事実にショックを受けていた。

父たちの会話は台所にいても私には聞こえていたのである。
本当に信じられない内容だった。
警察の協力がなければ家族は守れない。
でもその警察の中にも敵はいるのだ。

信じられるのは父と前田さんだけ・・・。
あの沢木さんも悪い人ではなさそうだけど、他の捜査官は見た事もないから判らない。
やみくもに警察を頼り切るのは危険かもしれない。

やはり私が出来る限り家族を守る努力をしなければならないのではないかと思う。
でも何が出来るだろう。
こんな私に・・・・・。

私の体は確実に変化してきている。
聴覚は人の何倍も良く聞こえるし臭覚も匂いを視覚化できる特殊性を考えると…警察犬以上かもしれない。
走る速度も前田さんより上だと思う。
一瞬の力だけならコンクリートの床に亀裂を入れるほどの威力がある。

でも、そのどの能力も私が自由にできる訳ではない。
よほどの集中力がなければ発揮できない代物だ。
事実、今でも自由に使える能力じゃないのは確かである。
いざという時に役に立つとは到底思えない。

ユウジたちを倒したときのような「怪物の力」・・・。
あれがあれば、どんな敵が来ても家族を守る事が出来るのに・・・!

私は首を振った。
その力への渇望を否定した。

それは「彼」を目覚めさせる事になる。
そして無差別な殺戮を呼ぶ事にほかならない。
それだけは避けなければならない。
殺人を肯定してはいけない。
それは「彼」という怪物の中で生きている私の最後の”人間らしさ”なのだから…。

「彼」を目覚めさせないまま「力」を使う事は出来ないだろうか。
出来るなら私の姿のままで・・・。

ユウジたちを一瞬で殺した”怪物の腕”は武器としては強力ではあるけれど…私が人間ではない事が一目で他人に知られてしまう。
それ以前にあの形状にどうやって変化させるのかも想像できない。

でも・・・。

私は自分の手を見た。
治りかけているが右手の指の内側に小さい”かさぶた”がついている。
私はあの後、金網を引きちぎったことに気がついていた。
なぜなら金網の残骸が手の中に残っていたから…それはもう捨ててしまったけど。

(金網を握っていた時、何かがちぎれたような気がした。)
(あれは私の指が金網を破壊した感触だったのか。)

金網を壊した当初は5本の指から鮮血が流れていた。
「彼」の能力が多少は使えても、あの銃弾をも通さない不死身性は備わっていない。
怪我の治りもあの時とは比べものにならないほど遅い。
それでも普通の人の何十倍も治癒能力は高いのだろうけど。

「彼」が目覚めたときの能力に比べて、今の私に出来る事は微々たるものだ。
これで本当に家族を守れるだろうか。
あのユウジ達のような暴力から・・・・・。
彼らは銃という武器さえもっているのだ。

(なぜ私が家族を守れると考えているの?)
(何を根拠にそんな事を期待しているの・・・・?)

私が「彼」の能力を使っている。
それが「彼」の私への気遣いではないかと考え始めているからだ。

人間に化けて人間社会にとけ込むつもりなら私の姿と「記憶」だけを利用するだけでいい。
なぜ自分の意識を眠らせて私の意識を優先させているのか。
それが最大の謎であった。

「彼」は本当に私に一年という生きる「時間」を与えるつもりなのだろうか。
それは人間を容赦なく殺す「怪物」の意思としてはあまりに矛盾している。
私だって人間の一人なのだから…「彼」にとっては殺しても構わない存在だ。

それなのにこの体を動かすのに私の意識を優先させていることには間違いない。
そしてその「彼」の能力も微力とはいえ私の意思で使う事を止めようともしない。

「彼」は少なくとも私という存在を必要としていると考えても良いのではないだろうか。

もしそうでなければ、私の「意識」はとっくに失われているはず。
雨森千佳として社会に溶け込むのが目的なら私の記憶だけを利用すればいいだけだから。

では、「彼」は何をもって私を必要としてくれているのだろう。
人間社会に溶け込む以外に私に利用価値はあるのだろうか・・・?

もし「彼」が私の事を必要とし能力の使用を許してくれるのなら・・・
能力の向上が期待できるのでは…?
家族を守るだけの「力」を手に入れる事も出来るのではと思ってしまう。

じつに自分勝手な思い込みには違いないけど…その淡い期待にすがるしかない私がここにいる。

能力の解放が「彼」のルールに反する場合、私はどうなるだろう。
きっと「彼」が私に対して持つ必要性は消えるだろう。

その時は私は死ぬのだろうか。
そうなれば私の家族にも危害が及ぶのではないか。

期待と不安は常に交錯する。

でも不安に負けて何もしないのなら、家族が危機に陥った時に私はなにもできない。
ユウジのときのように容赦ない暴力をただ受けるしかない。
そしてその暴力はきっと家族を傷つけるだろう。殺されてしまうかもしれない・・・!!

私は唇を噛んだ。歯が皮膚を裂き血が滲む。
血液独特の鉄の味が舌に伝わる。
私は暴力は嫌いだ。
でもそれで家族が傷つくのはもっと嫌だっ!!

私は決心した。
「彼」の能力を使ってみよう。

もっとその能力を引き出せるために努力してみよう。
そのせいで”彼”のルールを破ったとしても、不安だけを考えて何もしないよりはましではないだろうか。
もしそれで失敗しても、私だけが死ぬのならその方がいい。
私はそう決心した。

暴力と戦う以上、リスクは当然付いて来る。
命をかけたリスク・・・。

それは私の中にある。

その時、私は予感していたかもしれない。
いつか「彼」と戦う時が来るということを・・・・・。
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