三本角物語

当山 佳

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二十六話「暗躍」

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あれから私たちはいつもの日常に戻りつつあった。
どうやら美代さんの誘拐事件は有耶無耶のうちに終結しそう。
前田さんは結局、私が美代さんの救出に関わっていることを警察に報告しなかった。
前田さんの独断で美代さんを救出し、それを美代さんが肯定するような供述したのだから警察も信じたのだろう。

あの後、前田さんの連絡で警察が事件現場に向かったけれど、そこには誘拐犯に関する物的証拠はわずかしか残されてなかったらしい。
犯人やゲンジたちが撃ち合った時の銃弾や薬莢があっただけで、毛髪も指紋もなかったそうである。
結局は犯人の特定は難しいみたい。
前田さんも詳しく現場のことを話すと嘘の供述がばれてしまう危険があるのでゲンジたちの事は言えなかったようだ。

それに元治も犯人グループも撤収が素早かったとのこと。
犯人が見つからないまま人質の美代さんが無事に保護されたので事件はひとまず終了する方向らしい。
警察は引き続き犯人を追跡するらしいけど、おそらく捕まらないと思う。
あの誘拐の実働部隊だった外国人兵士もとっくに国外へ逃げているだろうし…。

美代さんを誘拐した田島組も誘拐に関しては関与を否定した。
美代さんも犯人グループは外国人で田島組の組員は目撃していないとの供述で田島組の容疑は打ち切られてしまったらしい。
それに田島組が美代さんを誘拐する動機がないとの事。
結局、事件は犯人特定には至らず人質の美代さんだけが無事に戻ってきたという実に中途半端な結末になったのである。

「これも経験ですわ。」

美代さんは犯人逮捕に至らなかったのを全く気にしていない様子だった。
どちらかというと私と一緒にいることの方が事件解決よりも大事だと告白してきたほど。
それは私も嬉しいけど最近は授業以外はずっとべったりである。
美代さんを慕っている女子の視線が痛いぐらい。
イジメに発展しないか私は内心ハラハラしてたりする。

いや、それよりも問題なのは前田さんの態度である。
いつもと同じように車で私の送迎を務めてくれてはいるけど、あまり喋ってくれなくなってしまった。
やはり私の”能力”を見て気持ち悪く感じているのだろうか…?

「前田さんのことは君が気にすることじゃないさ。」

ゲンジは私の悩みを見抜いたように忠告してきた。
屋上で美代さんと二人で昼食をとっているとゲンジが顔を出してきたのである。
美代さんはゲンジを睨みつけるが、そんな視線などゲンジは気にしてないようである。

美代さんの救出に協力してくれたゲンジに私は少し感謝していた。
だから彼への警戒心は前よりは軽減している。
でもユウジの弟なのだ。やはり全面的に信用するわけにはいかない。
そもそも美代さんの誘拐事件はこいつが原因なのだから。
一応は美代さんに救出作戦にゲンジが関わった経緯を話してるから田島組の関与は彼女も知っている。

「あの後さ、田島組は解散になったよ。」
「越田家の圧力があったみたいだね。」

ゲンジが面白そうに美代さんに笑顔で話しかける。
美代さんは不機嫌そうな表情をして彼とは視線を合わさない。

「知りませんわ。まあ、警察の追及を逃れただけでも良かったですわね。」

美代さんはもうそんな事は過去の取るに足りないことだと言いたげである。
少しの興味さえ持っていないようだ。

「いや、さすがだね。」
「田島組の者は他の組に吸収されたよ。」
「まあ、組長は行方不明だけどね。知ってる?越田さん。」

ゲンジは美代さんをからかうように尋ねた。

「全く興味ありませんわ。」
「いい加減どこかへ行ってくださらないかしら。千佳さんとの食事を邪魔されたくありませんので!」

美代さんの口調はさらにトゲが生えてきている。
ゲンジはそれでも口元に笑みを浮かべてどこ吹く風だ。

「でも、あの時の千佳ちゃんの活躍は凄かったね。」
「あんなに上手くいくとは思わなかったよ。」

こいつ…今度は私に話を振るか。 
あの救出劇に関してはこっちにだって文句があるんだから!

「ゲンジさん、あの救出作戦は最初から私を巻き込むつもりだったのでしょ!」
「それに最初の作戦も…犯人たちにバレるのは想定内で私を試すつもりだったのねっ!!」

私にしては珍しく怒気をはらんだ声でゲンジに問いただした。
目には怒りが込められている。

「あ、ごめん。気づいてた?」

こいつ、本当に軽すぎる。
あれは美代さんの命がかかっていたのに…やはり美代さんの救出なんて二の次だったようだ。
もしかしたら私をあの犯人、いや兵士たちと戦わせたかったかもしれない。
そう考えれば思い当たる節は色々ある。

私の頭の中で”電子音”が鳴り響く。
やはりこの男は信用できない。私はゲンジを威嚇するように睨む。

「おっと、くわばら、くわばら。」

そう言ってゲンジは慌てて屋上から退散していった。
美代さんは怒っている私を見てそっと私の肩に手を乗せる。

「いいのよ、千佳さん。あいつは貴方が怒るほどの値打ちもないわ。」

美代さんは優しく微笑む。目には敬愛の情が溢れていた。
絶世の美女である美代さんにここまで親しくされると同性でも嬉しくなってしまう。
もうゲンジへの怒りはどうでもよくなった。

実は美代さんには私の”能力”を説明している。
ただし「彼」のことは内緒にした内容だけど・・・。

救出から数日後、私は美代さんと前田さんに”能力”の説明を求められたのである。
それもそうであろう。あんなトンデモないものを二人に見せたのだから仕方ない。
私だって二人に内緒にしたままではいけないと思っていた。
説明をしなければ二人とも納得しないだろうし、秘密にすれば親しい人を失うことになるかもと思っていた。
ただ説明して私の怪物ぶりが知られるとやはり距離を置かれるかもしれないけれど・・・。
どちらにしても二人に嫌われる結果になりそうなら秘密を持つことに意味はないと考えていたのだ。

ただ説明するにあたってこれだけは秘密にすべきなのは「彼」の存在であった。
もし「彼」の存在を美代さんたちに知られたら、二人とも「彼」の攻撃対象になるのかもしれないのである。
そんな危険は絶対に冒せない。

私は二人をあの公園に誘い「彼」を抜きにした話を二人に説明した。
私がユウジの暴力を受けて死ぬところだったことから始まり山中に死体として捨てられる予定だった経緯。
その時に怪物に助けられ私の瀕死の重傷さえも治してもらったと話した。
その怪物が何かは知らないし、人間なのかさえわからない。

ただ圧倒的な”力”を持っていて、その”力”の一部を私が”貰った”ということを話した。
でもどうやってその”力”を私に分け与えたのかは知らない。その時は瀕死で意識を失っていたから。

ユウジに倉庫へ連れられた時に私の中でその”力”が目覚めたらしいこと。
ユウジたちから銃撃を受けたけどその”力”が私を守ってくれたこと。
でもユウジたちの銃撃で気を失ってしまい、気が付いたらユウジたちが殺されていたこと。
それがあの怪物の仕業だと私は思っていること。
「~こと。」ばかりだけど、箇条書きに話すとそんな感じである。

もちろん、私がすでに死んでいて「彼」の体の中で生きていることは内緒にしている。
おそらくこの事が「彼」にとって一番に秘匿するべきものだと感じたから。

前田さんと美代さんは初めはさすがに半信半疑の表情だった。
何せ「彼」を隠しながらの説明だから。
それに都合の悪い箇所では全て私は気絶してたから知らないと誤魔化している。

なかなか二人が信じてくれないので私はある実演をした。
その場で4メートルほどジャンプして着地したのだ。
やはり事実が何よりの証拠だと思う。
それを目撃した二人の驚愕は想像以上だった。
そのあと二人はとりあえず私の話を信じてくれたのだから。
その他、自分の今できる”能力”はほとんど説明した。
さすがに二人ともドン引きしてたけど…。

でも美代さんはその後に目を輝かせて「凄いわっ千佳さん!!」と叫んで抱きついてきた。
前田さんはかなり複雑そうな顔をしてたけど… 一応納得してくれた。

私に”力”をくれた「怪物」が今はどこにいるかは知らないけど、私がピンチになると助けに現れると二人は結論づけたようだ。
まあ、その認識は近いかもしれない。
なんだか「怪物」がウルトラマンみたいになってるけど…。
だって確かに「彼」は殺意以外はウルトラマンのようだから。
いっそのこと変身装置があれば便利なのに…。

だけどゲンジにはこのことを内緒にすることにした。これは三人の共通認識である。
私の”能力”は三人の秘密になった。
あ、でもお父さんには知らせるって前田さんは言ってたから四人の秘密でした。
でもゲンジも半分ぐらいは知ってるから四人半かしら。
まあ、ゲンジは半人前扱いで丁度いい。

でも二人に秘密を話したことで少しホッとしてもいた。
やはり親しい人に秘密を持つのは嫌だから。
救出作戦の時に”力”を見せたのに前田さんや美代さんにそれを隠し続けるのは気が重かった。
なんだかずいぶんと秘密の暴露セールになっちゃったけど、もう気にしてもしょうがない。
とにかく”力”を使うような事件なんかこれ以上は御免こうむりたい。

私は人生を楽しみたいのだ。残された時間は一年だけなのだから・・・。

あ、これも二人には秘密だった。


千佳と美代が午後の授業を受けていたとき、紫堂元治は学校の外にいた。
彼は午後の授業に出席せずに学校から離れた駐車場に停めてあった黒塗りの4ドアセダンに乗り込む。
車の中には元治の他には運転手しかいない。その運転手はプロレスラーも顔負けの体躯をしていた。
車内にはこの男の威圧感が充満している。

「お待たせ近藤。出していいよ。」

元治に近藤と呼ばれた運転手は無言で頷き車のエンジンをかける。
重低音の唸りを上げて大型のセダンは走り出した。

「さて、田島のオヤジはどこに逃げたか掴めたの?」

「はい。」

近藤は静かに低い声で答える。

「伊豆の別荘に隠れているようです。」

「あ、そ…。」

元治はつまらなさそうに一言で済ます。

「始末しますか?」

近藤は事も無げに元治に尋ねた。

「必要ないさ。あのオッさんの利用価値はもうないからね。」
「それに雨森千佳を見た奴らは大体始末したんだろ? 近藤。」

元治が近藤への視線を鋭くする。

「はい、まだ傭兵の一人が行方知れずですが…。」

それを聞いて元治は小さく舌打ちをした。

”防人衆“さきもりしゅうも暴力団の隠れ蓑に慣れて腕が鈍ってるんじゃないの?」

元治の声音が不気味に響く。

「申し訳ありません。」

近藤は頭を軽く下げた。

「まあ、いいさ。今回の作戦結果には満足してるしね。」

「ホント、こっちが越田美代の情報を流したら田島のオヤジが簡単に引っかかってくれて楽だったよ。」
「人間落ち目になったら嫌だね。行動が単純化しちゃってさ。」
「まあ、おかげで千佳ちゃんの”力”もある程度は知ることができたしね。今回は大成功だったよ。」

元治は満足そうに笑った。
元治が美代を好きだという噂を流したのも、美代を田島組が誘拐するよう誘導したのも全て元治の策略であった。
田島組が紫同組の資金ルートを必死に探そうとしてたのを知って田島組を上手く利用したのである。
それもすべて千佳の能力を知るためのことだった。

(それにしても千佳ちゃんは凄いね。ホント。)
(あれだけの”降臨者”なら僕の目的も叶うかもしれない。)
(だけどそれにはまだ“力”が足りないか…。)
(兄貴たちを殺したほどの”力”はまだ見せていないようだしね。)

元治は心の中でほくそ笑んだ。
この事は彼の側近である近藤にも秘密であった。

「近藤、島崎には今回の誘拐で雨森千佳の事は伝わってるかな?」

「いえ、大丈夫です。」

「そっか。」

(島崎…親父の腰巾着に千佳ちゃんの存在を今知られるのはまずいからな。)
(千佳ちゃんがもう少し覚醒してくれたらこっちも助かるんだけどねぇ…。)

(でも覚醒しなくてもあれだけの”力”だ。どれだけの伸びしろがあるのか…。)
(本当に楽しくなってきたよ…!!)

元治は後部座席の背もたれに背を預け大きく伸びをする。
その表情から笑みは消え去り、千佳が警戒したあの陰湿な光が目の奥で光っていた。
千佳も忘れかけている元治の闇は消えていなかったのである。


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