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第9部 倒錯のイグニス
#29 脱出
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「な、なんだ、これは?」
「人質はどこだ? 人質の少女が見当たらないぞ?」
ドアの向こうで複数の叫び声が沸き起こる。
杏里たちはちょうど、階段の降り口まで来たところだ。
「SATは特殊急襲部隊だ。携帯している武器からして、一般の警察官とはまったく違う。まさか、いきなり撃ってはこないとは思うが、注意するにこしたことはない」
いずなの右肩を支えながらルナが言う。
踊り場まで下りた時である。
ドアが開け放たれ、足音が入り乱れた。
「いたぞ!」
叫び声に振り向くと、SAT隊員がこちらを見下ろしていた。
3人いる。
中央の男が盾を構え、左右にはサブマシンガンと自動小銃を手にした男がひとりずつ。
野球の審判みたいなプロテクターと、バイザーつきの頑丈そうなヘルムを装着している。
「急げ。2階の渡り廊下までたどりつけば、なんとかなる」
ルナにせかされ、杏里は懸命に足を動かした。
いずなは杏里と比べても華奢なほうなのだが、気を失っているためひどく重い。
ルナとふたり、左右から肩を貸し、ひきずるようにして歩かねばならないのだ。
「その子をどうするつもりだ? だいたいおまえらは、何者なんだ?」
盾を持った男が、先頭を切って駆け下りてくる。
その陰に隠れるようにして、後のふたりが銃を構えている。
たかが女子中学生ふたりにずいぶんと大げさだが、向こうにしてみれば、杏里とルナは立てこもり犯が殺し、しかも人質を拉致しようしている謎のふたり組、ということになるのだろう。
「うざいな」
ルナがつぶやき、振り向いた。
とたんにガツンと金属音が響き渡り、男の悲鳴が後に続いた。
肩越しに振り返ると、盾が吹っ飛び、天井にぶつかったところだった。
衝撃で3人とも階段を飛び越え、4階の廊下の壁に叩きつけられている。
「どうした?」
バラバラと新たな足音。
「今のうちだ。逃げるぞ」
階段をくるくる回りながら降り、2階の廊下に出た。
目の前には、空中で校舎同士を結ぶ渡り廊下が伸びている。
幸い、こちら側にはまだ追手の姿はない。
「重人、タクシーを頼む。ヒュプノで近くのを操って、裏門の前まで来させるんだ」
宙を睨んでルナが叫んだ。
声に出したのは、杏里にも聞かせるためだろう。
そうか、と思う。
重人は人の心をある程度操ることができる。
ヒュプノスというのは、元来そういう意味なのだ。
渡り廊下を真ん中あたりまで来た時だった。
「止まれ!」
来たほうから、男の怒鳴り声がした。
「ここまでか」
ルナが歩調を緩め、立ち止まる。
「捕まる気なの?」
裏切られたような気分で、杏里はたずねた。
だったら、最初から逃げる必要などなかったのに。
が、ルナはにやりと笑っただけだった。
「まさか。まあ、見てな」
ぐったりと重いいずなの身体を杏里にあずけ、声のした方向を向く。
A棟の入口に、10人以上のSAT 隊員たちが群れていた。
全員、機関銃のような武器を構えている。
「おとなしく、いうことを聞きなさい。君たちは、この学校の生徒なのか? あれをやったのは君たちか? なぜ人質を拉致しようとしている?」
体調らしき男が、メガホンで叫ぶ。
「うるさいな。そんなにいっぺんに訊かれたって、答えようがないだろう?」
大声で、ルナが言い返す。
「動かないで、そこで待っていなさい。今、そっちに人をやる。人質の少女を、おとなしく渡すんだ」
「嫌だと言ったら?」
ルナが隊長の足元に視線を向けた。
ガキッ。
コンクリートが軋むような、耳障りな音がした。
隊員たちの間に、どよめきが沸き起こる。
バキバキッ。
稲妻形に、渡り廊下の床に亀裂が走った。
ぐらり。
地震のように、建物全体が大きく揺れる。
やがて、ドーンという大音響とともに、A棟側から渡り廊下が崩れ落ちた。
巻き上がる埃の向こうに、右往左往する黒い人影が見える。
「ざまあみろ」
ルナが笑った。
杏里はただ呆然と、その紅潮した美しい横顔を見守った。
背筋を冷たいものが伝うのが分かった。
助かったという思いよりも、怖いという感情のほうが強かったのだ。
「人質はどこだ? 人質の少女が見当たらないぞ?」
ドアの向こうで複数の叫び声が沸き起こる。
杏里たちはちょうど、階段の降り口まで来たところだ。
「SATは特殊急襲部隊だ。携帯している武器からして、一般の警察官とはまったく違う。まさか、いきなり撃ってはこないとは思うが、注意するにこしたことはない」
いずなの右肩を支えながらルナが言う。
踊り場まで下りた時である。
ドアが開け放たれ、足音が入り乱れた。
「いたぞ!」
叫び声に振り向くと、SAT隊員がこちらを見下ろしていた。
3人いる。
中央の男が盾を構え、左右にはサブマシンガンと自動小銃を手にした男がひとりずつ。
野球の審判みたいなプロテクターと、バイザーつきの頑丈そうなヘルムを装着している。
「急げ。2階の渡り廊下までたどりつけば、なんとかなる」
ルナにせかされ、杏里は懸命に足を動かした。
いずなは杏里と比べても華奢なほうなのだが、気を失っているためひどく重い。
ルナとふたり、左右から肩を貸し、ひきずるようにして歩かねばならないのだ。
「その子をどうするつもりだ? だいたいおまえらは、何者なんだ?」
盾を持った男が、先頭を切って駆け下りてくる。
その陰に隠れるようにして、後のふたりが銃を構えている。
たかが女子中学生ふたりにずいぶんと大げさだが、向こうにしてみれば、杏里とルナは立てこもり犯が殺し、しかも人質を拉致しようしている謎のふたり組、ということになるのだろう。
「うざいな」
ルナがつぶやき、振り向いた。
とたんにガツンと金属音が響き渡り、男の悲鳴が後に続いた。
肩越しに振り返ると、盾が吹っ飛び、天井にぶつかったところだった。
衝撃で3人とも階段を飛び越え、4階の廊下の壁に叩きつけられている。
「どうした?」
バラバラと新たな足音。
「今のうちだ。逃げるぞ」
階段をくるくる回りながら降り、2階の廊下に出た。
目の前には、空中で校舎同士を結ぶ渡り廊下が伸びている。
幸い、こちら側にはまだ追手の姿はない。
「重人、タクシーを頼む。ヒュプノで近くのを操って、裏門の前まで来させるんだ」
宙を睨んでルナが叫んだ。
声に出したのは、杏里にも聞かせるためだろう。
そうか、と思う。
重人は人の心をある程度操ることができる。
ヒュプノスというのは、元来そういう意味なのだ。
渡り廊下を真ん中あたりまで来た時だった。
「止まれ!」
来たほうから、男の怒鳴り声がした。
「ここまでか」
ルナが歩調を緩め、立ち止まる。
「捕まる気なの?」
裏切られたような気分で、杏里はたずねた。
だったら、最初から逃げる必要などなかったのに。
が、ルナはにやりと笑っただけだった。
「まさか。まあ、見てな」
ぐったりと重いいずなの身体を杏里にあずけ、声のした方向を向く。
A棟の入口に、10人以上のSAT 隊員たちが群れていた。
全員、機関銃のような武器を構えている。
「おとなしく、いうことを聞きなさい。君たちは、この学校の生徒なのか? あれをやったのは君たちか? なぜ人質を拉致しようとしている?」
体調らしき男が、メガホンで叫ぶ。
「うるさいな。そんなにいっぺんに訊かれたって、答えようがないだろう?」
大声で、ルナが言い返す。
「動かないで、そこで待っていなさい。今、そっちに人をやる。人質の少女を、おとなしく渡すんだ」
「嫌だと言ったら?」
ルナが隊長の足元に視線を向けた。
ガキッ。
コンクリートが軋むような、耳障りな音がした。
隊員たちの間に、どよめきが沸き起こる。
バキバキッ。
稲妻形に、渡り廊下の床に亀裂が走った。
ぐらり。
地震のように、建物全体が大きく揺れる。
やがて、ドーンという大音響とともに、A棟側から渡り廊下が崩れ落ちた。
巻き上がる埃の向こうに、右往左往する黒い人影が見える。
「ざまあみろ」
ルナが笑った。
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