激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#196 生誕の秘密③

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「これだから、女の上司は嫌なんだ」
 小田切は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 冬美が何も言わずに旅立ってしまったことが、よほど腹に据えかねたらしい。
 とたんに不機嫌になった同居人を放置して、杏里は風呂に入り、入念に体を洗った。
 バスタオルを巻いたままの姿で出てくると、自分の部屋に行き、やわらかな素材の部屋着に着替えた。
 もちろん、下着はつけていない。
 勉強机に頬杖を突き、考える。
 ルナの件もそうだけど、もうひとつ、気になることがある。
 富樫老人の最後の言葉。

 ー試作品には気をつけなさい。あれは失敗作であるがために、意外に強靭で手強い相手だ。くれぐれも油断せぬようにー

 試作品に気をつけろ?
 試作品って、何?
 あれはいったい、どういう意味だったのだろう?

 何かがひっかかっていた。
 思い出せそうで、もう少しのところでするりと記憶が逃げてしまう。
「んもう!」
 イラついてこぶしで机をたたいた時、またしてもスマホが鳴った。
 重人からだった。
『だめだ。何度もやってみたけど、テレパシーも通じない』
 ルナのことだ。
 声に焦りがにじんでいる。
「テレパシーが通じないって、それ、どういうこと?」
 杏里は呆れて訊き返した。
 何それ?
 電話じゃあるまいし。
『ほら、ケータイでたまにあるだろう? お客様のおかけになった電話番号は、電源を切ってるか、電波の届かない地域に云々ってやつ。ちょうど、あれみたいな感じなんだ』
「だから、どういうことかって訊いてるの!」
『なに怒ってるんだよ。つまり、ルナは眠ってるか、どっかテレパシーの届かない遠くにいるかのどっちかってことだよ。あ、言っとくけど、テレパシーにも有効距離ってあるんだから。たとえば、相手が火星とかにいたら届かない』
「ルナがそんなとこにいるはずないでしょ。何バカなこと言ってるの!」
 ということは、眠っている?
 杏里は机の隅の置時計に目をやった。
 今は夜の9時。
 女子中学生の就寝時間にしては、明らかに早すぎる。
「ま、いいわ。明日、ルナのマンションに行ってみる。もし、ルナがあんたの所に帰ってきたら、また連絡して」
 通話を切ると、言い知れぬ不安がこみあげてきて、杏里はぶるっと身を震わせた。
 やっぱり、もう少し真剣に後を追うべきだった。
 あの通り魔事件に巻き込まれたせいで、ルナのことをすっかり忘れてしまっていた。
 もっとも、ルナだから、という安心感が根底にあったのは否めない。
 ルナほどの最強のサイキッカーを、いったい誰が拉致できるというのだろう?
 可能な者が存在するとすれば、それはあの最悪最恐のメス外来種、黒野零ぐらいなものではないか?
 零は現在、逃走中である。
 由羅との死闘の後、満身創痍で委員会本部を脱出したまま、行方をくらましているのだ。
 まさか、あの零が、帰ってきた?
 考えたくないことだった。
 だが、可能性は十分にある。
 傷が癒えれば、零は再び杏里を狙うに違いないからだ。
 ふらふらと椅子から降り、三面鏡の前に座った。
 鏡を開き、映った己のバスとショットをじっと見つめる。
 ひそかに誰よりもかわいいと自負しているお気に入りの顔。
 そして、この魅惑的な身体。
 これがすべての元凶なのだ。
 開いた三面鏡の前に立つと、杏里は着替えたばかりの服を脱ぎ始めた。
 完璧な乳房。
 ピンクの乳首。
 なめらかな腹。
 くびれた腰。
 むっちりした太腿の間には、醜い陰毛など1本たりとも生えていない。
 ふいに、その身体から半透明の”何か”が何本も伸び上がり、杏里はあっと声を上げそうになった。
 こ、これは…。
 信じられなかった。
 杏里の身体を包み込むようにして揺れているもの…。
 それは、封印したはずの、”触手”だった。
 それを目にした瞬間、杏里は悟った。
 富樫老人は、このことを言っていたのだ。
 あの美里が、まだ生きている…?
 

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