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第9部 倒錯のイグニス
#229 嵐の予感⑥
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重人の視線を追って前方に意識を集中してみたが、観客席は暗いので、どこにヤチカがいるのかわからない。
「とにかく、出よう」
重人がそんな杏里の手首を握って、ぐいっと引っ張った。
「今、面倒に巻き込まれるのは、得策じゃないよ。そうだろう?」
「でも…」
いつになく強引な重人の勢いに押され、仕方なく腰を上げると、後ろ髪を引かれる思いで杏里は体育館を出た。
「ヤチカさん、今は確か、沼人形工房にいるはずだったよね?」
体育館の入口の見えるエントランスの一角に場所を移すと、重人がたずねてきた。
「ジェニーの記憶にもその映像が残ってたし、杏里も実際会いに行ったんだろう?」
「う、うん、まあね」
歯切れが悪いのは、ほかでもない。
ルナと一緒に工房を訪ねたあの日、杏里はヤチカの影に導かれて迷い込んだ”ヤチカ人形”の部屋で、人形に紛れたヤチカの愛撫を受け、他愛なく昇天させられてしまったのである。
タナトスとして異例の進化を遂げた杏里だが、苦手な相手はいまだに存在する。
どこまでもタフな、クラスメイトのふみ。
人類の天敵、雌外来種であり、残虐行為淫乱症の黒野零。
そして、杏里の弱点を知り尽くしたもうひとりの雌外来種、七尾ヤチカの3人だ。
そのヤチカが、文化祭に…?
しかも、謎めいた男を伴って…?
「でも、その男の人は誰なのかしら? ヤチカさんの新しい彼氏? やっぱり、工房の関係者なのかな?」
「零のイメージが強烈すぎて、頭ん中、読めなかったから、わかんないよ。ヤチカさんの頭ん中も、なんか、CMソングでいっぱいだったし」
「CMソング?」
「うん、古典的なテレパス撃退法だね。アルフレッド・ベスター以来の常とう手段だよ」
「誰よ、それ」
「昔のSF作家だよ。『破壊された男』とか、『虎よ、虎よ』とか、読んでない?」
「知るわけないでしょ。『フーテンの寅さん』なら、観たことあるけど」
「杏里って、インドア派のくせに、文化程度、低いよね。オナニーばっかりしてるからかな」
「よけいなお世話。人を淫乱みたいに言わないでよ」
「でも、当たってるだろ? 毎日オナニーしてるって、顔に書いてあるし」
「そ、そりゃ、1日最低2回はしてるけど…。んもう、だからと言って、あんたには関係ないでしょ」
「まあまあ」
重人が苦笑した。
「とにかく、やばいよね。あの黒野零が、ただ復活しただけじゃなく、すぐ近くに潜んでいるとすると」
「まさか、ヤチカさんと一緒の、沼人形工房に…? あり得ないでしょ」
「わかんないよ。あの真布ばあさんのことだ。どっかで瀕死の零を見つけて、捕まえて飼ってるのかもしれない」
「あの子、猫じゃないんだから。たとえ深手を負ってても、人間なんかにはそう簡単には捕まらない」
「いや、もし、あの男が、能力者だとしたら…」
重人が目を細めた。
「能力者?」
杏里は目をしばたたいた。
「そう。もしかしたら、あの男、うわさの”新種薔薇育成委員会”のメンバーだったりして…」
「とにかく、出よう」
重人がそんな杏里の手首を握って、ぐいっと引っ張った。
「今、面倒に巻き込まれるのは、得策じゃないよ。そうだろう?」
「でも…」
いつになく強引な重人の勢いに押され、仕方なく腰を上げると、後ろ髪を引かれる思いで杏里は体育館を出た。
「ヤチカさん、今は確か、沼人形工房にいるはずだったよね?」
体育館の入口の見えるエントランスの一角に場所を移すと、重人がたずねてきた。
「ジェニーの記憶にもその映像が残ってたし、杏里も実際会いに行ったんだろう?」
「う、うん、まあね」
歯切れが悪いのは、ほかでもない。
ルナと一緒に工房を訪ねたあの日、杏里はヤチカの影に導かれて迷い込んだ”ヤチカ人形”の部屋で、人形に紛れたヤチカの愛撫を受け、他愛なく昇天させられてしまったのである。
タナトスとして異例の進化を遂げた杏里だが、苦手な相手はいまだに存在する。
どこまでもタフな、クラスメイトのふみ。
人類の天敵、雌外来種であり、残虐行為淫乱症の黒野零。
そして、杏里の弱点を知り尽くしたもうひとりの雌外来種、七尾ヤチカの3人だ。
そのヤチカが、文化祭に…?
しかも、謎めいた男を伴って…?
「でも、その男の人は誰なのかしら? ヤチカさんの新しい彼氏? やっぱり、工房の関係者なのかな?」
「零のイメージが強烈すぎて、頭ん中、読めなかったから、わかんないよ。ヤチカさんの頭ん中も、なんか、CMソングでいっぱいだったし」
「CMソング?」
「うん、古典的なテレパス撃退法だね。アルフレッド・ベスター以来の常とう手段だよ」
「誰よ、それ」
「昔のSF作家だよ。『破壊された男』とか、『虎よ、虎よ』とか、読んでない?」
「知るわけないでしょ。『フーテンの寅さん』なら、観たことあるけど」
「杏里って、インドア派のくせに、文化程度、低いよね。オナニーばっかりしてるからかな」
「よけいなお世話。人を淫乱みたいに言わないでよ」
「でも、当たってるだろ? 毎日オナニーしてるって、顔に書いてあるし」
「そ、そりゃ、1日最低2回はしてるけど…。んもう、だからと言って、あんたには関係ないでしょ」
「まあまあ」
重人が苦笑した。
「とにかく、やばいよね。あの黒野零が、ただ復活しただけじゃなく、すぐ近くに潜んでいるとすると」
「まさか、ヤチカさんと一緒の、沼人形工房に…? あり得ないでしょ」
「わかんないよ。あの真布ばあさんのことだ。どっかで瀕死の零を見つけて、捕まえて飼ってるのかもしれない」
「あの子、猫じゃないんだから。たとえ深手を負ってても、人間なんかにはそう簡単には捕まらない」
「いや、もし、あの男が、能力者だとしたら…」
重人が目を細めた。
「能力者?」
杏里は目をしばたたいた。
「そう。もしかしたら、あの男、うわさの”新種薔薇育成委員会”のメンバーだったりして…」
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