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第9部 倒錯のイグニス
#336 ラストステージ⑪
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にわかには信じがたい光景だった。
怪物の胴にふみがしがみつき、その怪力にものを言わせ、ずるずると引っ張り始めたのだ。
怪物の鎌と舌が杏里の乳首と膣を離れ、後退していく。
「あたいの杏里ちゃんに、何してんだよお!」
ふみは吼えている。
トウモロコシ色の髪をふり乱し、杏里の太腿ほどもある腕で、怪物の胴体を締めつけている。
そのふみの怒声が、恍惚状態に陥りかけていた杏里を現実に引き戻した。
両肩の関節と股関節は、正常に戻っているようだ。
懸命に体をひねり、ロープをはずそうと試みた。
だが、手首と足首の結束バンドはゆるみもしない。
ただ、逆さ吊りにされた身体がゴールポストの鉄柱にぶつかって痛いだけだった。
と、そこに人影が現れた。
原色のジャンプスーツを着込んだ小柄な身体、銀色の髪。
璃子だった。
璃子は慣れた手つきで杏里の拘束をはずすと、肩から床に落下した杏里を助け起こして早口で言った。
「杏里、あの怪物を止めろ。このままじゃ、ふみが危ない」
璃子の視線を追った杏里は、見た。
怪物が反撃にかかっている。
前肢の巨大な鎌を振り上げ、ふみの背中に振り下ろしたのだ。
「ぎゃあああっ!」
ふみが絶叫してのけぞった。
背中の肉をえぐられ、血を噴き出している。
怪物が不自然な角度に身体を曲げ、残りの肢でふみにつかみかかった。
先が釘のように尖った昆虫状の中肢が、ふみのだぶついた脇腹を貫いた。
「げぶっ」
ふみがうめく。
ビキニ型のユニフォームの間の皮膚が裂け、血まみれの黄色い脂肪がはみ出した。
血反吐を吐きながらも、ふみは怪物の胴を離そうとしない。
そんな血みどろのふみの様子を、怪物の胴体から生えた唯佳の裸の上半身が、無表情に見下ろしている。
「ふみ! やめろ! そいつを放して逃げるんだ!」
璃子が叫んだ。
意外なことに、璃子は泣いているようだった。
杏里は混乱した。
ふみと璃子は、この学園内で、いわば杏里の天敵のような存在である。
が、自分は今、そのふたりに助けられたのだ。
ふみを見殺しにして、このまま逃げるのは簡単だった。
璃子はなぜかひどく取り乱し、杏里のことなど大して気にかけていないように見える。
ふみはふみで、今しも唯佳の怪物に殺されかけている。
ヤチカと謎の男の姿も見えないし、逃げるなら、こんなチャンスはほかにない。
どうする?
杏里は自問自答した。
璃子の言うように、杏里が挑発することで、怪物をふみから引き離すことは可能だろう。
もとより”あれ”は杏里を狙ってきたのだ。
ふみに襲いかかったのは、獣の本能がそうさせただけに違いない。
でも、果たしてそんな危険を冒す必要があるだろうか?
ふみが死んで、いちばん助かるのは、間違いなくこの私だ。
これまで彼女から受けてきた仕打ちから考えても、私が彼女を助けなければならぬ筋合いはない。
「杏里、頼む」
杏里の腕にすがるようにして、璃子が哀願する。
いつもは冷徹そのものの三白眼が、血を噴いたように赤い。
「どうして私が…」
ぽつりとつぶやく杏里。
だが、気がつくと、よろめく足取りでふらふら歩き出していた。
璃子とふみは、しょせん、か弱い人間だ。
”あれ”と対峙できるのは、タナトスである私しかいないのだ。
璃子の涙に、ふとそう思ったからだった。
怪物の胴にふみがしがみつき、その怪力にものを言わせ、ずるずると引っ張り始めたのだ。
怪物の鎌と舌が杏里の乳首と膣を離れ、後退していく。
「あたいの杏里ちゃんに、何してんだよお!」
ふみは吼えている。
トウモロコシ色の髪をふり乱し、杏里の太腿ほどもある腕で、怪物の胴体を締めつけている。
そのふみの怒声が、恍惚状態に陥りかけていた杏里を現実に引き戻した。
両肩の関節と股関節は、正常に戻っているようだ。
懸命に体をひねり、ロープをはずそうと試みた。
だが、手首と足首の結束バンドはゆるみもしない。
ただ、逆さ吊りにされた身体がゴールポストの鉄柱にぶつかって痛いだけだった。
と、そこに人影が現れた。
原色のジャンプスーツを着込んだ小柄な身体、銀色の髪。
璃子だった。
璃子は慣れた手つきで杏里の拘束をはずすと、肩から床に落下した杏里を助け起こして早口で言った。
「杏里、あの怪物を止めろ。このままじゃ、ふみが危ない」
璃子の視線を追った杏里は、見た。
怪物が反撃にかかっている。
前肢の巨大な鎌を振り上げ、ふみの背中に振り下ろしたのだ。
「ぎゃあああっ!」
ふみが絶叫してのけぞった。
背中の肉をえぐられ、血を噴き出している。
怪物が不自然な角度に身体を曲げ、残りの肢でふみにつかみかかった。
先が釘のように尖った昆虫状の中肢が、ふみのだぶついた脇腹を貫いた。
「げぶっ」
ふみがうめく。
ビキニ型のユニフォームの間の皮膚が裂け、血まみれの黄色い脂肪がはみ出した。
血反吐を吐きながらも、ふみは怪物の胴を離そうとしない。
そんな血みどろのふみの様子を、怪物の胴体から生えた唯佳の裸の上半身が、無表情に見下ろしている。
「ふみ! やめろ! そいつを放して逃げるんだ!」
璃子が叫んだ。
意外なことに、璃子は泣いているようだった。
杏里は混乱した。
ふみと璃子は、この学園内で、いわば杏里の天敵のような存在である。
が、自分は今、そのふたりに助けられたのだ。
ふみを見殺しにして、このまま逃げるのは簡単だった。
璃子はなぜかひどく取り乱し、杏里のことなど大して気にかけていないように見える。
ふみはふみで、今しも唯佳の怪物に殺されかけている。
ヤチカと謎の男の姿も見えないし、逃げるなら、こんなチャンスはほかにない。
どうする?
杏里は自問自答した。
璃子の言うように、杏里が挑発することで、怪物をふみから引き離すことは可能だろう。
もとより”あれ”は杏里を狙ってきたのだ。
ふみに襲いかかったのは、獣の本能がそうさせただけに違いない。
でも、果たしてそんな危険を冒す必要があるだろうか?
ふみが死んで、いちばん助かるのは、間違いなくこの私だ。
これまで彼女から受けてきた仕打ちから考えても、私が彼女を助けなければならぬ筋合いはない。
「杏里、頼む」
杏里の腕にすがるようにして、璃子が哀願する。
いつもは冷徹そのものの三白眼が、血を噴いたように赤い。
「どうして私が…」
ぽつりとつぶやく杏里。
だが、気がつくと、よろめく足取りでふらふら歩き出していた。
璃子とふみは、しょせん、か弱い人間だ。
”あれ”と対峙できるのは、タナトスである私しかいないのだ。
璃子の涙に、ふとそう思ったからだった。
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