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第573話 人喰いの森(最終話)
ぎちぎちぎちぎち・・・。
耳障りな音で鼓膜が振動する。
酸っぱいような匂いが鼻腔に充満し、息をするのも苦しくなる。
視界の大部分を占めるのは、下から見上げた巨大な昆虫の頭部である。
中心から伸びた長い口吻は鋼鉄製の槍のごとく光沢を放ち、わずかに湾曲した針状の先端に露を宿している。
両肩を鉤爪のある前肢につかまれ、逃げようにも腕一本動かせない。
額に冷たいものが当たり、チクリと痛みが走るのを感じ、
ーもう、だめだ!ー
ぎゅっと両目をつぶった、まさにその瞬間だった。
グサッ。
だしぬけに鈍い音がして、壁に両肩を押しつける力が緩んだ。
薄目を開けると、包丁を眉間に突き立てられた蝉人間が、ぐらっと躰を傾け、横倒しに倒れていくのが見えた。
その向こうにあるのは、仁王立ちになった佐和の巨体だ。
足元に横たわっているのは、もう一匹の蝉人間である。
その顔面には零のフライパンがめり込み、あたりに生焼けの肉片が飛び散っていた。
「やっつけたのか・・・?」
僕の問いに、焼け爛れた顔で佐和がうなずいた。
「人間が、蝉ごときに負けるわけ、ないだろう」
いや、それは、おまえだからこそ、言えることであって・・・。
とっさにそう思ったけど、あえて口には出さないことにした。
リビングに、翔太の姿はなく、庭に面したサッシ戸が全開になっていた。
どうやら、形勢逆転を目の当たりにして、家の外に逃げたらしかった。
「あいつ、いったい、何者だったんだろう?」
警察を呼び、取り調べを待つ間に、鑑識係が動き回る姿を眺めながら、僕と佐和は言葉少なに語り合った。
「なんか、大昔から一族で、あの30年ゼミの世話をしてたみたいなこと、言ってたけど…」
「わからない」
佐和は、頬のやけどに湿布を貼った痛々しい顔で、じっと足元を見つめている。
その足元を、弱った蟻が一匹、這っている。
「ただ、前から思ってた。アイツには、何か憑いてるな、って」
その後の翔太の行方は、誰も知らない。
けど、数年たった今でも、たまに思う時がある。
あの飄々とした青年は、きょうもどこかの山奥を、異界の存在を求めてさまよっているのではないかと・・・。
ー了ー
耳障りな音で鼓膜が振動する。
酸っぱいような匂いが鼻腔に充満し、息をするのも苦しくなる。
視界の大部分を占めるのは、下から見上げた巨大な昆虫の頭部である。
中心から伸びた長い口吻は鋼鉄製の槍のごとく光沢を放ち、わずかに湾曲した針状の先端に露を宿している。
両肩を鉤爪のある前肢につかまれ、逃げようにも腕一本動かせない。
額に冷たいものが当たり、チクリと痛みが走るのを感じ、
ーもう、だめだ!ー
ぎゅっと両目をつぶった、まさにその瞬間だった。
グサッ。
だしぬけに鈍い音がして、壁に両肩を押しつける力が緩んだ。
薄目を開けると、包丁を眉間に突き立てられた蝉人間が、ぐらっと躰を傾け、横倒しに倒れていくのが見えた。
その向こうにあるのは、仁王立ちになった佐和の巨体だ。
足元に横たわっているのは、もう一匹の蝉人間である。
その顔面には零のフライパンがめり込み、あたりに生焼けの肉片が飛び散っていた。
「やっつけたのか・・・?」
僕の問いに、焼け爛れた顔で佐和がうなずいた。
「人間が、蝉ごときに負けるわけ、ないだろう」
いや、それは、おまえだからこそ、言えることであって・・・。
とっさにそう思ったけど、あえて口には出さないことにした。
リビングに、翔太の姿はなく、庭に面したサッシ戸が全開になっていた。
どうやら、形勢逆転を目の当たりにして、家の外に逃げたらしかった。
「あいつ、いったい、何者だったんだろう?」
警察を呼び、取り調べを待つ間に、鑑識係が動き回る姿を眺めながら、僕と佐和は言葉少なに語り合った。
「なんか、大昔から一族で、あの30年ゼミの世話をしてたみたいなこと、言ってたけど…」
「わからない」
佐和は、頬のやけどに湿布を貼った痛々しい顔で、じっと足元を見つめている。
その足元を、弱った蟻が一匹、這っている。
「ただ、前から思ってた。アイツには、何か憑いてるな、って」
その後の翔太の行方は、誰も知らない。
けど、数年たった今でも、たまに思う時がある。
あの飄々とした青年は、きょうもどこかの山奥を、異界の存在を求めてさまよっているのではないかと・・・。
ー了ー
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