超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第178話 べとべとさん

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 その足音に気づいたのは、峠を越えたあたりまで来た時のことだった。
 ぺた、ぺた、ぺた…。
 私のすぐ後ろを、誰かがついてくる。
 ぺた、ぺた、ぺた…。
 それにしても、なんて気味の悪い足音だろう。
 まるで裸足で水たまりの上を歩いているような、そんな気持ちの悪い湿った音なのだ。
 母の実家に帰省して三日目。
 年始の準備で手を離せない母たちに頼まれて、親類の家への届け物をした帰り道でのことだった。
 年末年始のため、唯一の交通機関である公営バスが運転休止となり、仕方なく徒歩ででかけた帰りである。
 向こうで長い時間引き留められたせいで思いのほか遅くなり、あたりはかなり暗くなっている。
 山道は街灯が少ないので念のために懐中電灯を借りてきたけど、それでも心細い。
 そんな時、あの足音が聞こえてきたのである。
 こんな大田舎の山道で痴漢?
 それともストーカー?
 ありえないことではないかもしれない。
 この限界集落には、10代の女子なんてほとんど住んでいないのだ。
 怖くなって駈け出そうとした時、ふと数年前に亡くなった祖母の言葉を思い出した。
 ー夜道でべとべとさんに出くわしたら、走っちゃいけないよ。
 ー最後まで知らぬ顔して、おうちまで歩き続けるんだ。
 ーもちろん、振り向いちゃいけない。そんなことしたら…。
 ”べとべとさん”というのは、この地方に昔から伝わる妖怪の名前だという。
 夜、山道を歩いていると、足音だけが後ろからついてくることがある。
 その正体が、”べとべとさん”なる妖怪だというのだ。
 ー走って逃げようとしたり、振り返って後ろを見たりしたら、どうなるの?
 幼い私はそうたずねたはずだが、祖母の返事が何だったのか、肝心なことを覚えていない。
 嫌なことを思い出したせいで、真冬だというのに冷や汗で脇の下が濡れてきた。
 ぴた、ぴた、ぴた…。
 怖い。
 どうしよう。
 母の実家まではまだ1キロ近くある。
 周りはすっかり暗くなり、ただあの足音だけが響いてくる。
 恐怖が限界に達し、危うく失禁しかけた時だった。
「カナったら、そんなに急いでどこ行くの?」
 聞き慣れた声がして、誰かが右肩をポンと叩くのがわかった。
「え? ユウカ? ユウカなの?」
 安堵で足元から崩れ落ちそうになった。
 この声は親友のユウカだ。
「そうだよ。奇遇だねえ」
 ユウカはけらけら笑っている。
「やだあ、脅かさないでよ!」
 つられて笑いながら振り向いた私は、その刹那、凍りついた。
 目の前にいるのは、ユウカとは似ても似つかない化け物だった。
 二本脚の蛙みたいな肉色の生き物。
 口だけがやけに大きい。
 その口が、ぐわっと開きー。
 次の瞬間、そいつに私は頭から喰われていた。
 
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