超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第278話 探しもの(前編)

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 俺はぼっちである。
 だから、基本、昼の弁当は屋上で食う。
 もちろん、連れなどいない。
 なぜなら俺は、空気より存在感のない、完全無欠のぼっちだからだ。
 その日の午後もそうだった。
 俺はいつものようにクラスのやつらの冷たい視線を浴びながらそそくさと教室を出ると、弁当箱を抱えて屋上に向かった。
 うちの高校の屋上の非常口の鍵はずっと壊れたままで、誰でも自由に出入りできるのだ。
 給水塔の裏側に回り、階段に腰をかけていざ弁当箱を開いた時である。
 ありえないものを目にして、俺はほぼ5秒ほど絶句した。
 今朝俺が詰め込んできた白米の上に、梅干しの代わりに女の子の顔が乗っている。
 いや、乗っているというより、弁当箱に女の子の顔がはまりこんでいるような感じである。
「ななな、なんだ?」
 弁当箱を裏返してみても、当然そんなところに女の子の胴体など出ていない。
 つまりは顔だけが、白米の上を占領しているというわけだ。
「な、なんなんだ? おまえは?」
 やっとのことで声を絞り出すと、少女がぱっちりと目を開いた。
 秀でた額に、睫毛の長いアーモンド形の大きな目。
 控えめだが、形のいい鼻。
 少し下のほうが厚い、官能的な唇。
 よく見ると、ずいぶん可愛らしい顔立ちをしている。
「こんにちは」
 俺を見つめると、鈴を振るような声で、少女が言った。
「はじめまして。私、2年3組の川本真由」
 などと言われても、外界と完全没交渉の俺には心当たりなんてない。
 同じ2年生でも、クラスが違えばそれこそ名前なんてわからない。
 ましてや女子など尚のことだ。
「ど、どうして俺の弁当箱に…?」
 まだ信じられない。
 弁当箱の中に美少女の顏があり、俺に話しかけてくるなんて。
「びっくりさせてごめんなさい。あなた、5組の相田誠くんでしょ?」
 ぱっちりした目で俺を見上げて少女が言った。
「そ、そうだけど…」
 正直、気持ち悪かった。
 できることなら、弁当箱を放り出して逃げ出したい。
 でも、できなかった。
 少女の顔つきが、あまりにも真剣そのものだったからである。
「あのね。ひとつ頼みたいことがあるの」
 俺の顔をじっと覗き込むようにして、少女が続けた。
「た、頼みたいこと?」
「うん。不躾で、変なお願いだってことは、重々承知の上なんだけど」
「な、なんだよ?」
「私の乳首を探してほしいの。私の死体から切り取られた、大事な大事な乳首を、ふたつとも」
 私の死体…?
 ち、乳首?
 ってことは、この子は幽霊なのか?
 俺は唖然とした。
 あり得ない。
 けど、弁当箱の中には確かに美少女の顔が…。
 ともあれ。
 彼女の話を俺なりにまとめると、ざっとこんなふうになる。
 川本真由が殺されたのは、きのうの夕方のことだという。
 部活を終えて帰宅しようとしたところを、後ろから鈍器のようなもので殴られ、旧校舎に連れ込まれたのだ。
 犯人は真由を裸にしてレイプすると、心臓をナイフでひと突きしてとどめを刺し、最後に乳首を切り取って持ち去った…。
 とこういうわけらしいのだが、そんな事件、初耳である。
 新聞にも出ていなかったし、ニュースでもやってない。
 第一、校内でそんな残虐な事件が起きたなら、今頃全校集会か何かがあってもいはずだ。
 なのに。きょうもごく平穏な半日だったのである。
 その疑問を口にすると、あっさり真由は答えたものだった。
「それはまだ私の死体が見つかっていないから。でも、もうそろそろ見つかるはずだから、そうしたら、私の話が真実だってわかるよね?」
 そういえば、旧校舎はきょうの午後から取り壊し作業が始まると担任の長谷部が今朝のSHRで言っていた。
 だから絶対近寄らないようにと。
「レイプされて殺されたのも悔しいけど、何より乳首を盗られたことが我慢ならないの。どうせなら、綺麗な身体のまま、死にたかった」
 弁当箱の中の真由が、頬を膨らませてつぶやいた。
 いや、正確にいうと、真由の幽霊か。
「そ、それで、犯人は、誰なんだ?」
 半信半疑だったけど、一応聞いてみた。
「そんなのわかんない。だってそいつ、ずっと目出し帽みたいなものかぶってて顔隠してたし、服も黒っぽいジャージ姿だったし」
「あ、あのさ、乳首探すより、どっちかっていうと、その犯人探すほうが先じゃね?」
「乳首を盗ったのは犯人なんだから、そんなのどっちでも一緒でしょ?」
「そ、そりゃ、そうだけど」
 まだ成仏してないせいか、真由の幽霊は、とにかく乳首に執着が強いようだ。
 でも、もっとわからないのは、どうして俺なのか、ということである。
 この美少女とぼっちの俺では、同じ学校の生徒という以外、接点なんてまるでない。
「相田君は、私に似てるから」
 少し目を伏せて、真由が答えた。
「友達いなくて、いつもひとりで…。これは、そんなあなたにしかできないミッションなんだよ。わかるかな?」
 
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