球体関節少女マナ

戸影絵麻

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#15 異端者

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 それから何軒か専門店を回り、ようやくマナのファッションが完成した。

 上はセーラー服に似たデザインの襟付きの白い服、下はかなり短いフレア気味のプリーツスカートである。

 頭にリボンをつけて、白いハイソックスを履いているから、そのまんま1階のステージで歌い出しそうだ。

「どう?」

 通路の真ん中で、くるりと一回転して、マナが訊く。

 デビューしたての地下アイドルとでも思ったのか、通行人たちが足を止めてマナを見る。

 どうっていわれても・・・。

 正直言って、目の前のマナは超がつくほど可愛かった。
 
 店内にも女の子たちはたくさんいるが、容姿の面では飛び抜けている。

 しかし、僕には彼女の正体が人形だということがわかっている。

 人形がかわいいのは、いわば当たり前だ。

 それに、こんなアイドルみたいなのと一緒に歩くのは、少々気が重くもあった。

 ひとつ屋根の下で暮らすとなれば、尚更である。

 前の学ランスキンヘッドのほうが、気が楽でよかったけどな。

 それが本音だったが、口にすると怒るだろうから、胸にしまっておくことにした。

「いいんじゃないか? みんな見てるし。なんかアイドルみたいで、おまえによく似合ってるよ」

「そうか? 本当にそう思うか? それにしては、台詞が棒読みみたいだが」

 疑り深そうに、マナが言う。

「そんなことないって。それより腹が減った。ちょっとつき合えよ」

 この商業施設は、4階がレストラン街になっている。

 2階のフードコートでもよかったけれど、人目が多そうなので専門店のほうが落ち着けるだろう。

 エスカレーターで上へあがるにつれ、だんだんと蒸し暑くなる。

 空調が効いていないといより、これはこの施設の構造のせいだ。

 建物が密閉されておらず、ドーム型の屋根が上に乗っかってる形なのである。
 
 雨や雪が吹き込んでくることこそないものの、だから、夏は暑く、冬は寒い。

 要は早く店を選んで入らないと、外と変わらない気温に悩まされ続けるというわけだ。

 夕方に近い時間帯のせいか、4階はけっこう混んでいた。

 どの店も、前に丸椅子が並び、順番待ちの客たちが座っている。

 一番待ちの少ないイタリアンレストランに決めて、なるべく目立たないよう、隅のほうで通路の手すりによりかかった。

「あのさ、さっきのだけど」

 手持ち無沙汰ついでに、訊いてみる。

「あのマネキン、なんでおまえに襲いかかってきたわけ?」

 倒れたマネキンは、結局店員の女の子が起こしてくれた。

 その時にはもう普通の顔に戻っていたけれど、僕はあの時、確かにこの目で見たのだ。

 一つ目のマネキンを、マナが撃退するところを・・・。

 どうせまた無視されるだろうと高をくくっていたら、意外なことにマナがすんなり答えてくれた。

「私の元居た世界にも、この人間界と同じように派閥があるんだ。そして、一部の人形たちに、私は蛇蝎の如く、忌み嫌われている」

「元居た世界って?」

 やはりマナはこの世界の住人ではないのだ。

 でも、人間界ならぬ人形界、そんなものが本当に存在するのだろうか?

「私たちはそこを”淀み”と呼んでいる。”淀み”はこの星の宿痾、ありとあらゆる穢れが吹き寄せられる場所」

「よどみ? なんか、地獄みたいだな」

「ある意味、そうだ。そして私は、その”地獄”の中では異端者なのだ」

 異端者・・・。

 中世ヨーロッパの、魔女狩りを思い出す。

 てことは、異端者であるマナも、何者かに追われている・・・?

「おまえ、俺たちが呪われてるとかなんとか言い張ってるけど、もしかして、本当にヤバいのは、自分自身なんじゃないのか? 呪われてるのは、おまえもなんだろう?」

「まあな」

 マナが手すりから身を乗り出し、遠い眼をした。

「だが、心配するな。自分のことは自分でなんとかする。充には迷惑をかけない。おまえたちに降りかかった呪いも、きっちり取り除いてやる」

「どうしてそこまで・・・?」

 考えてみれば、不思議な話だった。

 マナが僕らに肩入れする理由なんて、これっぽっちもないのだ。

「助けてもらった礼もある。それに」

 意外に義理堅いやつ。

 助けたといっても、ただゴミ捨て場から拾ってやっただけなんだが。

「それに? まだ何かあるのか?」

「おまえたちを狙っているあれは、明らかに”淀み”から来た者だ。そうしたはみ出し者は、抹殺しなければ」

 マナがそこまで言った時だった。

 ふいに、生暖かい風が吹き込んできた。

 上方を見上げたマナの眼が、驚愕で張り裂けんばかりに見開かれる。

「まずい」

 うめくように、小声でマナが言った。

「リカ・・・。こんなところまで・・・」

 つられて目を上げた僕は、見た。

 そこに展開された、およそ信じがたい光景を・・・。
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