黒い羊 ~ロスト・イノセント~

戸影絵麻

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#2 反転

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 気が重かった。

 月曜日はいつも気が重い。

 だが、これほどまでに憂鬱なのは、初めてだ。

 下着姿のまま、鏡を見た。

 青ざめ、目の下に醜い隈のできた顔が映っている。

 あの時何が起こったのか、鈴にもわからない。

 気がつくと、全裸の父が血まみれで倒れていて、苦しそうにうめいていたのだ。

 自分がやったのだ。

 それだけはわかった。

 天井が歪み、壁紙がはがれるほどの衝撃に、すぐに母が駆けつけてきた。

 廊下で真帆が泣きわめいていたのをぼんやりと覚えている。

 母は何も言わなかった。

 憎々しげな眼で、裸の鈴を睨んだだけだった。

 そして、救急車が来るまでの間に父にパジャマを着せ、現場を手早く偽装した。

 近親相姦のさなかの事故。
 
 駆けつけた救急隊員に、そんな一家の恥を知られたくなかったのだろう。

 だから鈴も協力した。

 自分の部屋に閉じこもると、パジャマに着替えてベッドに潜り込み、頭から蒲団をかぶったのだ。


 幸い、父の怪我は、命にかかわるほどのものではなかった。

 数本の肋骨に、ひびが入った程度だという。

 そう聞かされたのは、翌日曜日、つまりきのう、真帆を連れて救急病棟に見舞いに行った時のことである。

 父はICUに入っていたが、意識ははっきりしており、思ったより元気そうだった。

 そして、母と真帆が部屋を離れた隙に、枕元に鈴を呼び寄せて、こうささやいた。

「鈴、悪かったね。パパ、少し急ぎすぎたみたいだ。急なことで、おまえが怒ったのも、無理ないと思う。でも、勘違いしないで、パパはおまえのこと、怒ってなどいないよ。ううん、それどころか、前よりいっそう、愛している。だから、退院したら、もっとゆっくり、愛を育んでいこうじゃないか」

 私のせいだということに、父は気づいている。

 それも驚きだったが、何よりもその猫撫で声が不気味だった。

 全身の肌に、ぶつぶつと鳥肌が立っていた。

 あれほど愛した父が、化け物に見えた。

 どこがどうとはわからない。

 ただはっきりしているのは、鈴の中で何かが変わったということだった。

 -そんなのおかしいよ! やめないと、鈴、あんた、ますます穢れちゃうよ!ー

 美咲のそのひと言で鈴の居た世界に綻びが生じ、まるで位相の異なるリアルが目の前に開けてきた。

 まさにそんな感じだったのだ。 
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