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 装備といっても、戦闘服に着替えるだけである。
 あたしら『アバクボ』の戦闘服は、久保が紺色のスクール水着、あたしが赤いレオタード。
 なんでこの秋の夜長にそんな酔狂な格好を、と言われるかもしれぬがこれにはちゃんと理由がある。
 別に世の助平男どもに媚びているわけじゃない。
 一年前のあの事件以来、そういうことになっているのだ。
 だいたい胸もろくに出ていない久保のスク水姿とカバに無理やり布を巻きつけたみたいなあたしのレオタード姿に勃つやつがいたとしたらそいつも変態間違いなしである。
 
 着替えが済むと階段を降り、居間の前に戻った。
「入ります」
 久保が断り、硝子戸を引いた。
 行燈形の蛍光灯の笠の下に、くろぐろとした影がそびえ立っている。
 陣笠を被り、腰に巻いた荒縄に酒の入ったとっくりをぶら下げたその姿は、どう見ても信楽焼のタヌキである。
 正体は久保の父親、久保甚左衛門。
 このあたりではFラン大として有名な私立曙大学の民俗学教授兼、裏の森の奥にある怪しげな神社の神主だ。
 昼間は特に特徴のない小太りのオッサンだが、夜になるとお化け狸に変身する。
 これも去年のあの事件以来の慣習だ。
「父上、犯人が分かりました」
 狸の前にひざまずいて、久保が言った。
「これからウタ子ちゃんと一緒に征伐に行こうと思います。狸のキンタマの準備はよいですか?」
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