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第2部 ヒバナ、フィーバードリーム!

#21 下町商店街の死闘①

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「ちょっと待ってて。お母さんを見てくるから」

 車から飛び降りると、ヒバナは走った。

 商店街の中は、逃げ惑う人々で大混乱だ。

 人の波をかき分け、ようやく突き当りにあるボロアパートの前にたどり着いた。
 
 階段を上がろうとした時である。

 鉄の階段を、2階から降りてくる人影とぶつかった。

「あ、ヒバナちゃん」

「今岡店長」

 見覚えのある顔だと思ったら、勤務先、喫茶『アイララ』の店長である。

 その肩にもたれているのは、パジャマ姿の薫である。

「な、なに? 何なの? 何が起こってるの?」

 起きたばかりでまだ事態を把握していないのか、寝ぼけまなこであたりをキョロキョロ見回している。

「ニュース見て、心配になっちゃって」

 照れくさそうに店長が言った。

 今岡店長は、どこといって特徴のない、人のよさそうな中年男性である。

 ヒバナは店長が母の小学生時代の同級生だったことを思いだした。

 とりえのないヒバナを雇ってくれたのも、元はと言えばそのつながりがあったからだ。

  まさか、お母さんが、店長の初恋の人、だったりして。

 こんな緊急時だというのに、そんなどうでもいい考えが頭に浮かんだ。

「じゃ、お母さんをお願いします。私まだ、ちょっとやることがあるんで」

 店長にお辞儀をすると、すぐさまヒバナは身を翻し、商店街の出口に向かって描けた。

「もういいのか?」

 車まで戻ると、塊が声をかけてきた。

「うん。いつでもOK」

「あ、ふたりとも、ちょっと待って」

 バンの荷台に座っていたひずみが言った。

「今、魔法かけるから」

「魔法?」

 首からミミをはずすと、ひずみがぱっくり口を開けた。

 その小さな口の中に、ミミがするりと入っていく。

「うは、なに? それ、手品?」

「合体したの。これで魔力が強くなるから。さ、ふたり並んで。行くよ」

 両手を胸の前で組むひずみ。

 と、不思議なことが起こった。

 ひずみの身体から透明な職種のようなものが何本も伸び上がったかと思うと、並んで立ったヒバナと塊の頭上で、ふいに花火のように弾けたのだ。

 光の粒子が雪のように舞い、ヒバナの肌にしみこんでいく。

「何? これ」

 ヒバナは小首をかしげ、ひずみを見た。

「体細胞を継続的に活性化させる魔法。これがかかってる間は、多少の傷ならその場で自動的に治るから、ダメージはほとんどゼロで済む」

「うほほーい! すごいじゃん!」

「持続時間は?」

 たずねたのは塊だ。

「約10分。だからその間にあれを倒してね」

「10分か。きついな」

 迫りくる怪物を見上げ、塊がぼやいた。

「充分だって」

 ヒバナは微笑んだ。

「ありがとう、ひずみちゃん。じゃ、ヒバナ、行ってきますっ!」

 踵を返すと、駆け出した。

 走りながら、腕輪に手をやる。

 リングを回して、変身する。

 そして、低空から一気にジャンプ!

 みるみるうちに、赤い甲羅が目の前に迫ってきた。




 
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