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第4部 ヒバナ、エンプティハート!

#2 ビジターズ

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 ヒバナが向かい側に腰をかけると、少女が顔を上げた。
 よく日に焼けた小麦色の肌、黒目がちの大きな目。
 写真で見る以上の美少女だった。
 ただ、同じ『大きい』といっても、いつもびっくりしたように見開いているヒバナの丸い目とは違い、少女の目は横に切れたようにやや釣り上がり気味である。だからその分、シャープできつい印象を見る者に与える。
「秋津緋美子さん、だよね。あの、よかったら事情、話してくれないかな」
 ぎこちなく自己紹介を終えると、おそるおそるヒバナは切り出した。
「言わなければ、だめですか」
 そっけない返事が返ってくる。
「だめならだめで、いいんです。他を当たりますから」
「ううん、だめってわけじゃないよ」
 ヒバナは首を横に振った。
「ただね、なんとなく、あなた、わたしに似てるな、と思って」
「似てるって・・・どこが、ですか」
 警戒するように、少女がヒバナを睨んだ。
「あの、顔とか性格じゃなくてさ、ほら、あなたもお父さん、いないんでしょ」
 声のトーンをを落として、ヒバナは言った。
 さっき履歴書を見たときに気づいたのだ。
 家族の欄にあったのは、母親と幼い妹の名前だけ。
 ヒバナ同様、母子家庭である。
「わたしもそうなんだ。うちの父親なんてひどいんだよ。ママとわたしを置いて、よその女の人と逃げちゃったんだから。ふつうありえないでしょ。そんなの」
「・・・」
「わたし、それでもずっと、実はわたしのパパは天才科学者かなんかで、超能力みたいなヤバい研究してて、それで政府機関かCIAに追われて行方をくらましたんだって妄想してたんだけど、あるときママに話したら、『天才科学者の娘がなんであんたなのよ』って言われて目が覚めたの」
「私の父は、肝臓がんでした。おととしの冬、死にました」
 少しあっけに取られたような表情でヒバナの話を聞いていた少女が、ふいに言った。
 そして、ヒバナを正面から見据えると、
「あなたのお父さんは、まだ生きている。それだけでも幸せなんじゃないですか」
 そう切り返してきた。
「え、そうなの?」
 ヒバナが驚いたように目をまん丸くする。
「わたし、会いたいと思ったこと、ないよ。あんなヒト」
「本当に、そうですか」
「ないなあ・・・。顔もろくに覚えてないし。写真はママがみんな焼いちゃったから」
 幼い頃はいざ知らず、物心ついてからは、あまりそんな記憶がない。
「私は・・・会いたいです」
 少女がぽつりと言った。
「会って、いろいろ、あやまりたい・・・」
 ヒバナはちょっと驚いた。
 このクールな少女が見せた、初めての感情の揺らぎだったからだ。
「そうかあ・・・きっと、いいお父さんだったんだね。うちのと違って」
 しんみりとした口調で言った。
 少女がうなだれた。
 肩が少し震えている。
 妙に肩肘張ったところが消え、年相応に戻った印象だ。
 ヒバナはやっと自分のほうが年上なんだという自覚を持つことができた。
「じゃ、こうしよう。事情は聞かない。そのかわり、これあげる」
 メイド服のポケットから白い封筒を取り出して、少女の前の丸テーブルに置く。
 封筒には、へたくそな字で、『岬ヒバナ様』と書いてある。
 これは? というように視線を上げる少女に向かって、
「きょう、給料日だったんだ。だからわたしのお給料、あげる。びっくりするほど少ないけど、一時しのぎにはなるんじゃないかな」
「そんな・・・。そんなこと、望んでいるわけじゃありません」
 少女が怒ったように目を見開いた。
 ヒバナはにっこり微笑むと、屈託のない調子で言った。
「ここで働いて返してくれたらそれでいいから。もちろん、分割払いOKってことでね」
 
「どうだった? ヒバナちゃん。ってなんでキミ、泣いてるわけ?」
 事務所から出てきたヒバナに、店長が声をかけてきた。
「店長がいじめるからですよ」
 瞳に涙をいっぱいにためて、ヒバナがうらみがましく睨む。
「お、俺が? 俺がいつ、何をした?」
 驚愕のあまり、言葉を失う店長に、ニっと笑いかけると、
「なんてのはウソ。でもなんていうか、かわいそオーラ出しまくりの子だったよ。わたしのお給料とりあえず渡しといたから、ちゃんと雇ってあげてね」
「え、何それ?」
 いっそう驚く店長を尻目に、折から流れてきたピンクレディーの曲に合わせてお尻を振りながら、ヒバナはひずみの待つテーブルへと戻っていった。
                ◇
「あたし、考えたんだけど」
 翌日のお昼過ぎ。
 ヒバナの部屋で、床に広げた色とりどりの布地を一枚一枚手に取りながら、ひずみが言った。
「竜に変身するとさ、ほら、背中にひれとか生えてくるじゃない。それに、今度の青竜は、翼もあるってヒバナ、言ってたでしょ」
「うん、まだ試してないけど、きっと空も飛べそう」
 アイスコーヒーをストローで吸いながら、ヒバナが答える。
「でね、次の衣装は、思い切って背中を大きく開けた形にすると手間が省けると思うわけ」
「レオタードか、水着みたいに?」
「そうそう。それなら、変身しても破れないじゃない」
「なるほどねー、さすがひずみちゃん、頭いい」
「問題は、尻尾だよね」
「そうなのー。今までパンツの後ろに穴あけてマジックテープでとめてたんだけどさ、あれ、だめなんだよ。人間に戻ったとき、いちいち留め直さないといけないでしょ。いつもつい忘れちゃって、プリケツ丸見え」
「だよねー。ちょっとヒバナ、立って、お尻、こっち向けて」
「カンチョーする気?」
「そうじゃなくて。えっと、尻尾が生えるのは、やっぱりこの尾てい骨あたり?」
「わ、さわらないで! くすぐったい」
「ならばここまで下げればいいわけか」
 ヒバナの穿いているレモンイエローのショートパンツを、ひずみが後ろからぐいとずり降ろす。
「うわ、変態。何してるのひずみちゃんてば」
 ジタバタ騒ぐヒバナ。
「ショートパンツをね、はじめっから思いっきり浅くしておけば、尻尾で破れない。よし、決定。
 さ、デザインするよ」
「OK.つくるのは任せて。わたし慣れてるから」
 ヒバナの部屋には、珍しいものがある。
 鑑定すればけっこうな値のつきそうな、足踏み式のミシンである。
 この骨董品と幼い頃から慣れ親しんできたおかげで、中学・高校と、家庭科だけは『5』を取り続けることができたのだ。
「ヒバナちゃーん、お友達来てるの?」
そこに顔を出したのはヒバナの母、岬薫(ミサキカオル)だった。
「ちょうどよかったわあ。アイス買ってきたのよ。二人で食べてね。ってあんた、またコスプレ大会の準備?」
 部屋の惨状を目の当たりにして、眉をひそめる。
 彼女は娘の変身を、ただのコスプレごっこと信じて疑わないのだ。
「あれ? ママ、きょう仕事早いね」
 ヒバナが急いで話題を変える。
「それがさ、なんでも三河湾に戦艦大和だか武蔵だかが出現して、攻撃態勢に入ってるって、町中大騒ぎでさ、心配になって早くあがらせてもらったのよ。って、あんた、そんなことも知らないでまた服つくってたの?」
「なにその戦艦大和とか武蔵とかって」
「ニュース見なさいよ。ママは非常事態に備えて色々やんなきゃならないから」
「なんだろう」
 あわただしく薫が出て行くと、二人は顔を見合わせた。
「ひずみちゃん、急ごう。さっそく必要になりそうだよ。この新しい"戦闘服"」
 ひずみがうなずいた。
 ヒバナがミシンの横に置いてあるテレビをつける。
『緊急速報ー戦艦武蔵関連ニュース』
いきなり、画面にその文字が浮かび上がる。
「やれやれ」
 ヒバナが深々とため息をつく。
「今度は、これと戦えってか?」
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