ヒバナ、オーバードライブ DX!

戸影絵麻

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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!

#1 ヒバナ、同棲する

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 同じ頃。
 那古野市の名所のひとつ、白鶴公園内。
 八幡古墳の中に隠された秘湯『極楽湯』の一室である。
「え? 本当ですか?」
 八代ひずみは、電話口で息を呑んだ。
ーええ、きのう、出校日で学校へ行ったなり、帰ってこないんです。学校のお友達にはみんな電話で聞いてみたんですが、誰も心当たりがなくて。幸のメモ帳に、八代さんの連絡先が載っていたので、それで、ご迷惑とは思ったのですが・・・-
 困惑しきった声だった。
 伊丹幸の養母である。
 直接会ったことはないが、上品で、いかにもやさしそうな感じの声の持ち主だった。
 幸のことを、心から心配しているのが、電話線を通して伝わってくるようだ。
 幸、本当にいい人にもらわれたんだね。
 ひずみは一瞬そんな感慨を抱いて涙ぐみそうになったが、今はそれどころではないと思い直し、受話器を強く握り締めた。
「わかりました。あたしも探すお手伝い、させてください。今から、そちらにうかがっていいですか」
ーありがとうございます。でも、一応警察には通報してありますので、もう少し様子を見て、進展がないようでしたら、そのときにでも・・・-
 電話を切ると、ひずみは石庭に沿った渡り廊下を駆け抜け、奥の待合室兼居間に飛び込んだ。
「ミミ、大変!」
 床のカーペットの上に丸くなっていた大きなヒルが、その声にぐっと鎌首をもたげる。
「どうしたんだい、そんなにあわてて」
 年季の入った女性の声で、言う。
「幸がいなくなっちゃったんだって」
 ひずみが肩で息をする。
「施設で一緒だった、あの伊丹幸ちゃんかい?」
 頭部をゆらゆら揺らしながら、ミミが訊く。
「うん。誘拐だったらどうしよう。ねえ、ミミ、いつもの予知能力で探せないかな」
「うちの力は範囲が狭いんでね、ここでは無理だよ。少なくとも、幸ちゃんの家に行かないと」
「そっか。じゃ、明日、幸の家に行くから、そのときに。でも、どうしよう。あたし、とてもじっとなんて、していられない」
「役に立つかどうか疑問だけど」
 ミミが言った。
「一応、ヒバナに連絡取ってみたら? 乱戦向きのキャラで、頭脳労働には不向きだけどね」
「そうだね」
 ひずみはこの前の推理合戦のときのことを思い出した。
 ヒバナの珍答は限度を超え、ほとんど暴力的なレベルだったのだ。
 しかも、肝心の謎解きのときには、難しいのは苦手と寝てしまった。
 が、ひずみは知っている。
 いったん変身したが最後、あの娘がどれほど強くなれるかを。
 それこそ、禍津神が召喚した"戦艦武蔵"をひとりで沈めてしまうくらい、強いのだ。
「もしもし、ヒバナ?」
 スマホに向かって、ひずみは話しかけた。
 コール音が続き、やがて留守番電話に切り替わる。
 何度も繰り返した後、あきらめてため息をつくひずみ。
「あの子、きっと家にケータイ忘れて出かけてる」
「ほんと、そそっかしいからねえ、ヒバナは」
 同情するような口調で、ミミが言った。
 しかたない。奥の手だ。
 ひずみは、秋津緋美子の番号をコールした。
                    ◇
 突然、くしゃみが出た。
「いっけない、ちょっと冷えたかな」
 ヒバナはむき出しのへそのあたりをさすって、ひとりごちた。
 と、同時に気づいた。
「あー、スマホ忘れてきた! わたしってほんとにバカ!」
 エスカレーターの途中で、頭を抱えてうずくまる。
「ママ、変なオンナがいるよ」
 後ろに並んでいた幼児がヒバナのほうを指差して、言った。
「しっ! 聞こえるでしょ! あぶない人には近寄らないの」
 母親らしき若い女性が子供を抱き寄せ、耳打ちする。
 アブナイ人ってわたし?
 三段飛ばしでエスカレーターを駆け上がり、100円ショップに逃げ込んだ。
 ヒバナがやってきたのは、家から一番近い、ドーム球場前のイオンだった。
 市内にあるイオンの中では中規模で、比較的新しい部類に入る。
 デーゲームのある日は、中日ドラゴンズの試合が終わると混み合うので、それまでに買い物を済ませる必要があった。
 製作中の『魔物図鑑』用の色鉛筆とお絵かき帳を買った。
 次に、ランジェリーショップに入り、勝負下着を買おうかと思ったが、見せる相手がいないことを思い出し、代わりに亀の絵がお尻のところについている980円のパンツを購入する。
 下に降りるついでに立ち寄った店で、LLサイズのアンパンマンのTシャツを買い、食品売り場では極力黄色い札のついた特価品を買いあさった。賞味期限より安さ、これがヒバナのモットーである。若さが多少の賞味期限切れに打ち勝つはずだ、と思い込んでいる。とにかく、なんでも冷凍庫に放り込んでおけば、なんとかなるものなのだ。
 ただ、お菓子だけは妥協できず、多少値が張っても好きなものだけを好きなだけ買い集めた。母と一緒ではとてもできない暴挙であった。
一番安い牛乳、一番安いスポーツドリンク、一番安くてたくさん入っているトマトジュース、一番安い缶チューハイと飲み物も買い揃え、パーキングエリアの一郭にある駐輪場に出たときには、5つの袋にいっぱいになった戦利品で、ろくに歩けないありさまだった。
「うわ、これじゃ自転車に乗れないよ」
 自分が乗ってきた小さなママチャリを前に、途方にくれる。
 帰りのことをまるで考えていなかったのだ。
 自分の間抜けさ加減に腹が立ってきた。
 2回に分けて運ぶ?
 んなこと、できるはずがない。
「あー、どうすっかなあ」
 その場にしゃがみこんだときである。
 突然、駐車場のほうからせわしない足音が聞こえてきた。
 振り向くと、ひとりの少年がこちらに向かって駆けてくるところだった。
 一目で、普通ではないとわかる外見をしていた。
 全身、真っ白なのだ。
 服だけではない。
 髪の毛も、顔も、腕も、全部白いのである。
 その中で、瞳だけが血のように赤い。
ー助けてー
 少年の声が、ふいに聞こえた気がして、ヒバナは荷物を足元に落とした。
 少年の後ろに、黒い影のようなものが3つ、迫っている。
 人の形をしているが、煙でできているように輪郭があいまいで、細部が見て取れない。
 周りを見回す。
 幸い、ほかに人影はない。
 ヒバナは近くに停めてあった大型のワンボックスカーの陰に隠れ、腕輪を回した。
 全身がぶれるようなショックの後、変身が完了する。
 少年の前に躍り出た。
 少年の手を取り、ぶんと背後に放り投げる。
「おりゃ」
 跳んだ。
 背中の皮膜が開き、巨大な翼となって宙でヒバナを支える。
 両手を前に突き出し、
「プラズマボール!」
 そう、叫んだ。
 掌に生まれた火球を3連打する。
 火球は正確に3つの影を捉えたが、中を通り抜けて背後のコンクリートの床ではじけただけだった。
「なにこいつら」
 着地すると同時に、前方に向かって猛然とダッシュした。
 右腕を伸ばし、黒い影の中に突っ込む。
 奥の奥に、何か硬いものがある。
 わしづかみにして、引きずり出した。
 血まみれの頭蓋骨が出てきた。
 眼球の入った、角のある気味の悪い頭蓋骨だ。
「うわ、きもっ」
 放り出して、残り2つの影に立ち向かう。
 今度は頭のあるあたりを狙って、
「ウォーターハンマー!」
 振り上げた両腕を、踊るように頭上でひらめかせた。
 ヒバナの眉間のすぐ前の空中から、怒涛のように水流が吹き出した。
 瞬く間に影がもみくちゃにされ、頭蓋骨が2つ、水圧で砕け散るのが見えた。
 腕輪を操作し、変身を解く。
 敵がいなくなったのを確認してから、ずっと後ろで壁にもたれて座り込んでいる少年に近づいた。
「あ、ありがとう」
 少年が、真っ赤な目でヒバナを見上げ、言った。
 高校生くらいの、繊細で美しい顔立ちをした少年だった。
 アルビノ、というのだろうか。
 近くであらためて見ると、まったくもって、全身驚くほどの白さである。
 天使みたい、とヒバナは思った。
 まぎれもない美形である。
 アイドル以上にイケメンの、超美少年といってもいい。
 だが、少年には男臭さといったものが微塵もないのだった。
 少年の美しさは、あくまでも中性的なものなのだ。
「あなただれ? どうして追われてるの?」 
 腰をかがめ、目を同じ高さにして、ヒバナはたずねた。
 少年がゆるゆると首を横に振った。
 返答を拒否しているというより、少年自身、当惑し切っていて、何をどう返事をしていいか困っているように見えた。
「なに? これっていったいどういうこと?」
 重ねてヒバナが訊く。
「気がついたら、ここにいた。どこから来たのか、自分が誰なのか、何にも、わからない」
 途切れ途切れに、少年が答えた。
 赤い目が、おびえ切ったうさぎのように、ヒバナを見つめてくる。
「記憶喪失? ってことは、自分の名前も、おうちもわからないってこと?」
 少年が、こっくりとうなずいた。
「うーん、こういう場合、どうしたらいいのかなあ。やっぱり、警察呼ぶ? それとも救急車?」
 いやいやをするように、少年が首を横に振る。
「まあ、わたしもケーサツ、苦手なんだけどね」
 いつか、ヒバナも2度ほど刑事の事情徴収とやらを受けて、嫌な思いをしたことがある。
「それにしても、さっきのあいつら、あれ、何なの? ちょっと、人間じゃなかったぽいよ」
 思い出して、数メートル先に転がっていた血まみれの頭蓋骨を拾ってきた。
「これ、角が2本、生えてるんだよね」
 ためつすがめつ観察してから、眼窩から生の目玉だけほじくり出し、
「一応、持って帰るか」
 と、自転車の前かごに放り込む。
「僕を、連れていってもらえませんか」
 ふいに、少年が言って、ヒバナの手をつかんだ。
「え? 連れて行くって、どこへ?」
「あなたの、住んでいる所へ。僕には、行くところが、ない。このまま、ここにいたら、また、やつらが、やってくる。お願いです。お礼は、いつかきっと、します。きょう、助けてもらったお礼、も」
 必死の形相だった。
 頬を、透明な涙が伝っている。
「僕は、きっと、誰かを探しに来たんだ、と思う。でも、それが、誰なのか、思い出せない。ただ、女の子ってことだけは、うっすらと、覚えている。彼女に、危険が迫っている、ことも・・・。お願いです。助けてください、でないと、彼女が、殺される。僕が、行かないと、彼女が・・・」
「彼女? 殺される? それは尋常じゃないな」
 腕を組んで少年を見下ろすヒバナ。
「あなたは、強い。とても、強い。それに、とってもいい人だ。僕と彼女を救えるのは、おそらく、あなたしかいない。お願いです、僕を、かくまってください」
 両手を胸の前で合わせ、拝むように少年が懇願する。
「ママが、戻ってくるまでの間、だけだよ」
 根負けして、ヒバナは言った。
「ママ、しばらくうちを空けてるから、その間だけなら」
「ありがとう。それで、けっこうです。どうせ、落ち着いたら、彼女を探しに行かなきゃならないから」
 少年が深々と頭を下げた。
「名前、教えてもらえませんか」
 やがて、顔を上げ、訊いた。
「岬ヒバナ。ヒバナって呼んでくれれば、いいよ」
 手を取って、少年を立ち上がらせる。
「あ、それから、さっき見たこと、人に絶対言わないでね」
 そう、釘を刺すことも忘れない。

 なんてこったい。
 ヒバナは内心、愕然としていた。
 図らずも当たってしまったのだ。
 親の居ぬ間にオトコを家に引っ張り込むムスメ。
 という、ママの予言が。
 が、ひとつ、いいこともあった。
「ね、その代わり、これ運ぶの手伝ってよ」
 買い物袋を2つ、少年に持たせた。
 これこそ、ヒバナのきょう最大の悩みが、一気に解決した瞬間だった。
 
 
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