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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#19 神体
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中に収められているご神体の大きさに合わせて造ったのだろう。
近寄ってみると、祭壇は思ったより大きかった。
扉は2段になっていて、上半分の扉を開けるために。神主の善次は木製の箱を足場にしなければならなかった。
そうして3人の前に姿を現したご神体は、人型をした高さ2m近い木彫りの像だった。
源頼光の像だという話だったが、像の表面はかなり摩滅しており、モデルが武将なのか仏様なのか、判別をつけるのは難しかった。
これでは、美月が"仏像"と表現したのも無理はない。
ヒバナと貢も手を貸し、ようやくのことで木像を床に横たえると、
「実のところ、わし自身、中を見るのはこれで二度目だ。先代の神主からこの職を継ぐときに、見せられて以来だからな」
額ににじんだ汗をぬぐいもせず、善次老人がいった。
「中の腕は酒天童子のものとおっしゃっていましたよね。でも、酒天童子は大江山で討たれたのではなかったのですか」
超常研の面目躍如といった感じで、貢が質問する。
「伝説はひとつではない。たとえば、この犬山には桃太郎の伝説も残っておる。それによると、鬼ヶ島は木曽川の中にあったことになる」
「ああ、桃太郎神社ですね」
貢がうなずいた。
「同様に、この土地の言い伝えでは、酒天童子は京都の大江山ではなく、ここ犬山にある尾張富士で、源頼光に右腕と首を切断され、討たれたといわれているのだ」
「尾張富士といえば。確か山頂に、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祭神にする、大宮浅間神社があったはず。そこが酒天童子討伐の場ってのはおもしろいですね」
「ぬしは、なかなか物知りだな」
老人が、感心したようにうなずいた。
「まあ、一応大学で民俗学なぞをちょっと齧ってますので」
貢が照れたように頭を掻く。
「それにしても、腕だけでなく、頭もですか。頭部切断といえば、平将門ですよね。なるほど、酒天童子=平将門という説も、何かで読んだことがあります。どちらも成敗されたのは935年ですから。でも、将門の首塚は東京だしな。それを愛知県に持ってくるのは、ちょっと無理がありそうだ」
「源頼光たちが酒呑童子の首をその後どうしたのかは、この神社の縁起には書かれていない。わしにわかっているのは、腕のほうがこの木彫りの像の中に封印されているという、そのことだけだよ」
2人の話は、傍で聞いているヒバナにとってはほとんどちんぷんかんぷんだった。
平将門と平清盛の区別もつかないのだから、仕方がない。
とにかく、なんとか理解できたのは、酒呑童子という鬼の腕が今目の前にあって、頭もどこか他のところにあるだろうということだけだった。
「とにかく、百聞は一見に如かずだ。見せてやろう」
老人がいって、木像の脇の部分に手をかけた。
どういう仕掛けになっているのか、大して力を入れた様子もないのに、像の上半分がスライドした。
木像の頭から胸の部分までが、蓋になっているのだ。
蓋をはずすと、中に収納されている腕の一部が見えた。
肘から先の部分である。
肌は青黒く、異様に太い。
手首の太さだけでも、ヒバナの太腿二本分ほどもある。
拳を握ったかたちになっているが。指の爪は鋭く、長いのが見て取れる。
「こ、こんな。ありえない・・・」
貢が絶句した。
ヒバナにも、その驚きの理由がわかった。
腕は平安時代のものだという。
なのに、ミイラ化してもいなければ、白骨化もしていないのだ。
つい最近切り取られたばかりのように、皮膚も筋肉も瑞々しさを保っているのである。
「これは、明らかに生きておる」
沈痛な面持ちで、老人がいった。
「ということはつまり、この腕の持ち主も、まだ生きているということだ」
「頭も、切り取られてるのに、ですか?」
びっくりして、ヒバナはたずねた。
腕と頭を切断されたら、いくら鬼でも出血多量で死ぬのではないのか。
それとも、鬼には血というもの自体がないのだろうか。
「酒天童子は鬼の頭領だからな。不死身なのかも」
老人に代わって、貢が答える。
「観測者がそう設定したなら、それが現実になるんだ」
老人は貢の言葉が理解できなかったらしく、少し訝しげに眉を寄せたが、それについて特に訊き返すことはせずに、自分の話を続けた。
「だから、ばあさんの夢も、あながち妄想とばかりもいえないのだ。むしろ、これまで何事もなかったのが、奇跡だったのかもしれん」
「もし、本当に鬼が現れたらどうするつもりだったんですか」
ヒバナがたずねた。
大きいので外に出すのには骨が折れたが、木像には特別な仕掛けがあるようには見えなかった。
蓋も簡単に開いた印象を受ける。
「神社の縁起には、『結界が鬼の目から像を隠す』とある。それが正しければ、この像は、ヒトには見えても鬼の目には見えないはずなのだ」
極楽湯と同じか、とヒバナは納得した。
ヒバナの同胞、ひずみとブッチャーがやっかいになっている極楽湯もやはり"常世の結界"に守られており、普段は一般人の目には見えないのだ。
「ですが、その結界も、ツクヨミには効果がなかったようだ」
貢がいった。
「あのストリートビューの画像は、明らかに俺たちを挑発するためのものだろう。ヒバナ、気をつけろ。おばあさんの予知夢通り、今夜あたり、あいつがやって来そうな気がする」
「だね」
ヒバナはうなずいた。
かつて、極楽湯の結界も、死天王の前にいともたやすく破られたのだ。
でも、今度は負けない。
カーディガンを脱ぎ、戦闘服スタイルになる。
パンツの尻ポケットから、掌に収まるぐらいの小さな筒を取り出した。
自由自在に伸縮する、ヒバナの武器のひとつ、"如意棒"である。
元は魔物が持っていた、異界の長槍だった。
ヒバナが目を閉じると、周りの空気がやにわに震え始めた。
そして、変身が始まった。
近寄ってみると、祭壇は思ったより大きかった。
扉は2段になっていて、上半分の扉を開けるために。神主の善次は木製の箱を足場にしなければならなかった。
そうして3人の前に姿を現したご神体は、人型をした高さ2m近い木彫りの像だった。
源頼光の像だという話だったが、像の表面はかなり摩滅しており、モデルが武将なのか仏様なのか、判別をつけるのは難しかった。
これでは、美月が"仏像"と表現したのも無理はない。
ヒバナと貢も手を貸し、ようやくのことで木像を床に横たえると、
「実のところ、わし自身、中を見るのはこれで二度目だ。先代の神主からこの職を継ぐときに、見せられて以来だからな」
額ににじんだ汗をぬぐいもせず、善次老人がいった。
「中の腕は酒天童子のものとおっしゃっていましたよね。でも、酒天童子は大江山で討たれたのではなかったのですか」
超常研の面目躍如といった感じで、貢が質問する。
「伝説はひとつではない。たとえば、この犬山には桃太郎の伝説も残っておる。それによると、鬼ヶ島は木曽川の中にあったことになる」
「ああ、桃太郎神社ですね」
貢がうなずいた。
「同様に、この土地の言い伝えでは、酒天童子は京都の大江山ではなく、ここ犬山にある尾張富士で、源頼光に右腕と首を切断され、討たれたといわれているのだ」
「尾張富士といえば。確か山頂に、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祭神にする、大宮浅間神社があったはず。そこが酒天童子討伐の場ってのはおもしろいですね」
「ぬしは、なかなか物知りだな」
老人が、感心したようにうなずいた。
「まあ、一応大学で民俗学なぞをちょっと齧ってますので」
貢が照れたように頭を掻く。
「それにしても、腕だけでなく、頭もですか。頭部切断といえば、平将門ですよね。なるほど、酒天童子=平将門という説も、何かで読んだことがあります。どちらも成敗されたのは935年ですから。でも、将門の首塚は東京だしな。それを愛知県に持ってくるのは、ちょっと無理がありそうだ」
「源頼光たちが酒呑童子の首をその後どうしたのかは、この神社の縁起には書かれていない。わしにわかっているのは、腕のほうがこの木彫りの像の中に封印されているという、そのことだけだよ」
2人の話は、傍で聞いているヒバナにとってはほとんどちんぷんかんぷんだった。
平将門と平清盛の区別もつかないのだから、仕方がない。
とにかく、なんとか理解できたのは、酒呑童子という鬼の腕が今目の前にあって、頭もどこか他のところにあるだろうということだけだった。
「とにかく、百聞は一見に如かずだ。見せてやろう」
老人がいって、木像の脇の部分に手をかけた。
どういう仕掛けになっているのか、大して力を入れた様子もないのに、像の上半分がスライドした。
木像の頭から胸の部分までが、蓋になっているのだ。
蓋をはずすと、中に収納されている腕の一部が見えた。
肘から先の部分である。
肌は青黒く、異様に太い。
手首の太さだけでも、ヒバナの太腿二本分ほどもある。
拳を握ったかたちになっているが。指の爪は鋭く、長いのが見て取れる。
「こ、こんな。ありえない・・・」
貢が絶句した。
ヒバナにも、その驚きの理由がわかった。
腕は平安時代のものだという。
なのに、ミイラ化してもいなければ、白骨化もしていないのだ。
つい最近切り取られたばかりのように、皮膚も筋肉も瑞々しさを保っているのである。
「これは、明らかに生きておる」
沈痛な面持ちで、老人がいった。
「ということはつまり、この腕の持ち主も、まだ生きているということだ」
「頭も、切り取られてるのに、ですか?」
びっくりして、ヒバナはたずねた。
腕と頭を切断されたら、いくら鬼でも出血多量で死ぬのではないのか。
それとも、鬼には血というもの自体がないのだろうか。
「酒天童子は鬼の頭領だからな。不死身なのかも」
老人に代わって、貢が答える。
「観測者がそう設定したなら、それが現実になるんだ」
老人は貢の言葉が理解できなかったらしく、少し訝しげに眉を寄せたが、それについて特に訊き返すことはせずに、自分の話を続けた。
「だから、ばあさんの夢も、あながち妄想とばかりもいえないのだ。むしろ、これまで何事もなかったのが、奇跡だったのかもしれん」
「もし、本当に鬼が現れたらどうするつもりだったんですか」
ヒバナがたずねた。
大きいので外に出すのには骨が折れたが、木像には特別な仕掛けがあるようには見えなかった。
蓋も簡単に開いた印象を受ける。
「神社の縁起には、『結界が鬼の目から像を隠す』とある。それが正しければ、この像は、ヒトには見えても鬼の目には見えないはずなのだ」
極楽湯と同じか、とヒバナは納得した。
ヒバナの同胞、ひずみとブッチャーがやっかいになっている極楽湯もやはり"常世の結界"に守られており、普段は一般人の目には見えないのだ。
「ですが、その結界も、ツクヨミには効果がなかったようだ」
貢がいった。
「あのストリートビューの画像は、明らかに俺たちを挑発するためのものだろう。ヒバナ、気をつけろ。おばあさんの予知夢通り、今夜あたり、あいつがやって来そうな気がする」
「だね」
ヒバナはうなずいた。
かつて、極楽湯の結界も、死天王の前にいともたやすく破られたのだ。
でも、今度は負けない。
カーディガンを脱ぎ、戦闘服スタイルになる。
パンツの尻ポケットから、掌に収まるぐらいの小さな筒を取り出した。
自由自在に伸縮する、ヒバナの武器のひとつ、"如意棒"である。
元は魔物が持っていた、異界の長槍だった。
ヒバナが目を閉じると、周りの空気がやにわに震え始めた。
そして、変身が始まった。
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