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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#31 宿敵
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地下鉄の駅を出て、舗道を少し歩いたところで左折すると、緩い上り坂の上に大学の正門が見えた。
空が抜けるように青い。
秋津緋美子はまばゆい日差しに目を細めた。
ここ那古野市立大学は、公立ながら、理系・文系の様々な学部を有する県下最大級の綜合大学である。
偏差値もそこそこ高く、国立の那古野大学についで中部圏では2番目のランクにある。
緋美子が受験するのは再来年だが、ここも受けるつもりだった。
母子家庭のため、地元を離れるわけにはいかないから、第一志望を那古野大学、第二志望をここにするつもりなのだ。
この大学のキャンパスを訪れるのは、これが2度目である。
前回は、先月末の文化祭だった。
人外少女隊のメンバー全員で遊びに来て、艶野夜に頼まれ、カラオケ大会に飛び入り出場した。
それが縁で超常研の連中と知り合いになり、お互い頻発する怪異現象に巻き込まれることになった。
自分やヒバナにとっては、ほとんど宿命のようなものなので、これはまあ、仕方がない。
が、丸山たち3人の一般人をツクヨミとの戦いに巻き込んでしまったのは、さすがに心苦しかった。
きょう、ヒバナの代わりにやってきたのも、その罪悪感が働いたからである。
ヒバナの話によると、一昨日の夜、またしてもツクヨミが現れ、妖怪を暴れさせた挙句、鬼の腕とやらを神社から持ち去ったのだという。
「あたし、謝りに行かなきゃ」
そうヒバナは言い張ったのだが、折りしも『アイララ』の店長から「経営会議を開きたい」という連絡が入り、ヒバナは出勤せねばならぬことになったため、大学のほうへは緋美子が出向くことにしたのだった。
きのうまでの修学旅行の振り替え休日で、高校が休みだという事情もあった。
緋美子の美貌は目立つ。
おまけに、薄い秋物のコートを羽織ってはいるものの、その下は超ミニの戦闘服である。
キャンパス内に入ると、学生たちが一斉に振り向いた。
昼休みらしく、周囲はたむろする学生でにぎわっていた。
その中を、緋美子は颯爽とした足取りで、大股に歩いていく。
ー何なの、あの子? なんかのコスプレ?
ーカッケー、むちゃくちゃ脚、綺麗じゃん。
-実写版セーラームーンかよ!
-超かわいい! モデル?
やっぱ、この格好、まずかったかな。
緋美子は自然と小走りになった。
しかし、ツクヨミが現れたときのことを思うと、戦闘服は必須アイテムなのだ。
とある事情から、これを着ていないと、落ち着いて変身もできないのである。
まず、超常研の部室を覗いてみた。
誰も居なかったが、ついさっきまで人がいたようなぬくもりが、空気の中に残っていた。
今が昼休みであることを思い出し、学生食堂に向かうことにする。
食堂は、キャンパスの奥の小高い丘の上に建つ、煉瓦色の洒落た建物だった。
正面入口への階段を登りかけたときだった。
緋美子はふと悲鳴を聞いた気がした。
若い女性の複数の悲鳴である。
一足飛びに、階段を駆け上がる。
食堂の自動ドアは、換気のためか、開けっ放しになっていた。
中に入ると、奇妙な光景が視界に入ってきた。
棒立ちになった何十人もの学生たちが、遠巻きにするようにして床を見つめている。
彼らの輪の中心に、若い男が倒れていた。
苦しげにもがいている。
顔は真っ赤に膨れ上がり、唇はすっかり紫色だ。
男の顔に、見覚えがあった。
糸魚川貢。
ちょうど緋美子が探していた相手である。
「糸魚川さん」
緋美子は一歩前へ出た。
そして、気づいた。
信じがたいことに、貢は、自分の手で自分の首を絞めているのだ。
そのとき、甲高い声がした。
「やめて! つや、なんでもしますから、貢君を助けてあげて!」
声のほうを、緋美子は見た。
艶野夜が立っていた。
両の拳を口に当て、泣きながら叫んでいる。
その前のテーブルに、ひとりだけ脚を組んで坐っている少女がいた。
薄茶色のセーラー服を着ている。
忘れもしない顔だった。
「ナミ・・・」
緋美子はコートを脱いだ。
全身に力をこめる。
肩までの漆黒の髪がふわっと広がり、翼のような形になった。
大きく開いた戦闘服の背中の部分。
そこから覗く地肌が盛り上がったかと思うと、朱色の弓が実体化した。
緋美子は朱雀とアマテラスの弓という、二種類の御霊を宿している。
心の中のリミッターを解除して、その一部を活性化させたのだ。
ナミ。
あの子、復活してたんだ。
髪の毛が変形した小翼から羽根を1本抜いて、弓に番えた。
私が、この体内に封印して、消滅させたはずなのに・・・。
死天王ナミ。
因縁の相手だった。
ある意味、緋美子を人外の道に落とした張本人である。
狙って、矢を放った。
次の瞬間、ナミの持っていたコーヒーカップが粉々に吹っ飛んだ。
「あう」
一声うめいて、のたうちまわっていた貢が急に静かになる。
やはり、あの小悪魔の仕業だったのだ。
「お、おまえは・・・」
ナミが目をまん丸に見開いて、椅子から立ち上がった。
「久しぶりね」
つかつかとナミの正面まで歩いていき、緋美子はいった。
「わかってるとは思うけど」
だしぬけにナミの喉首を右手でつかむと、小さく微笑んだ。
「私には、あなたの力は効かないわ」
空が抜けるように青い。
秋津緋美子はまばゆい日差しに目を細めた。
ここ那古野市立大学は、公立ながら、理系・文系の様々な学部を有する県下最大級の綜合大学である。
偏差値もそこそこ高く、国立の那古野大学についで中部圏では2番目のランクにある。
緋美子が受験するのは再来年だが、ここも受けるつもりだった。
母子家庭のため、地元を離れるわけにはいかないから、第一志望を那古野大学、第二志望をここにするつもりなのだ。
この大学のキャンパスを訪れるのは、これが2度目である。
前回は、先月末の文化祭だった。
人外少女隊のメンバー全員で遊びに来て、艶野夜に頼まれ、カラオケ大会に飛び入り出場した。
それが縁で超常研の連中と知り合いになり、お互い頻発する怪異現象に巻き込まれることになった。
自分やヒバナにとっては、ほとんど宿命のようなものなので、これはまあ、仕方がない。
が、丸山たち3人の一般人をツクヨミとの戦いに巻き込んでしまったのは、さすがに心苦しかった。
きょう、ヒバナの代わりにやってきたのも、その罪悪感が働いたからである。
ヒバナの話によると、一昨日の夜、またしてもツクヨミが現れ、妖怪を暴れさせた挙句、鬼の腕とやらを神社から持ち去ったのだという。
「あたし、謝りに行かなきゃ」
そうヒバナは言い張ったのだが、折りしも『アイララ』の店長から「経営会議を開きたい」という連絡が入り、ヒバナは出勤せねばならぬことになったため、大学のほうへは緋美子が出向くことにしたのだった。
きのうまでの修学旅行の振り替え休日で、高校が休みだという事情もあった。
緋美子の美貌は目立つ。
おまけに、薄い秋物のコートを羽織ってはいるものの、その下は超ミニの戦闘服である。
キャンパス内に入ると、学生たちが一斉に振り向いた。
昼休みらしく、周囲はたむろする学生でにぎわっていた。
その中を、緋美子は颯爽とした足取りで、大股に歩いていく。
ー何なの、あの子? なんかのコスプレ?
ーカッケー、むちゃくちゃ脚、綺麗じゃん。
-実写版セーラームーンかよ!
-超かわいい! モデル?
やっぱ、この格好、まずかったかな。
緋美子は自然と小走りになった。
しかし、ツクヨミが現れたときのことを思うと、戦闘服は必須アイテムなのだ。
とある事情から、これを着ていないと、落ち着いて変身もできないのである。
まず、超常研の部室を覗いてみた。
誰も居なかったが、ついさっきまで人がいたようなぬくもりが、空気の中に残っていた。
今が昼休みであることを思い出し、学生食堂に向かうことにする。
食堂は、キャンパスの奥の小高い丘の上に建つ、煉瓦色の洒落た建物だった。
正面入口への階段を登りかけたときだった。
緋美子はふと悲鳴を聞いた気がした。
若い女性の複数の悲鳴である。
一足飛びに、階段を駆け上がる。
食堂の自動ドアは、換気のためか、開けっ放しになっていた。
中に入ると、奇妙な光景が視界に入ってきた。
棒立ちになった何十人もの学生たちが、遠巻きにするようにして床を見つめている。
彼らの輪の中心に、若い男が倒れていた。
苦しげにもがいている。
顔は真っ赤に膨れ上がり、唇はすっかり紫色だ。
男の顔に、見覚えがあった。
糸魚川貢。
ちょうど緋美子が探していた相手である。
「糸魚川さん」
緋美子は一歩前へ出た。
そして、気づいた。
信じがたいことに、貢は、自分の手で自分の首を絞めているのだ。
そのとき、甲高い声がした。
「やめて! つや、なんでもしますから、貢君を助けてあげて!」
声のほうを、緋美子は見た。
艶野夜が立っていた。
両の拳を口に当て、泣きながら叫んでいる。
その前のテーブルに、ひとりだけ脚を組んで坐っている少女がいた。
薄茶色のセーラー服を着ている。
忘れもしない顔だった。
「ナミ・・・」
緋美子はコートを脱いだ。
全身に力をこめる。
肩までの漆黒の髪がふわっと広がり、翼のような形になった。
大きく開いた戦闘服の背中の部分。
そこから覗く地肌が盛り上がったかと思うと、朱色の弓が実体化した。
緋美子は朱雀とアマテラスの弓という、二種類の御霊を宿している。
心の中のリミッターを解除して、その一部を活性化させたのだ。
ナミ。
あの子、復活してたんだ。
髪の毛が変形した小翼から羽根を1本抜いて、弓に番えた。
私が、この体内に封印して、消滅させたはずなのに・・・。
死天王ナミ。
因縁の相手だった。
ある意味、緋美子を人外の道に落とした張本人である。
狙って、矢を放った。
次の瞬間、ナミの持っていたコーヒーカップが粉々に吹っ飛んだ。
「あう」
一声うめいて、のたうちまわっていた貢が急に静かになる。
やはり、あの小悪魔の仕業だったのだ。
「お、おまえは・・・」
ナミが目をまん丸に見開いて、椅子から立ち上がった。
「久しぶりね」
つかつかとナミの正面まで歩いていき、緋美子はいった。
「わかってるとは思うけど」
だしぬけにナミの喉首を右手でつかむと、小さく微笑んだ。
「私には、あなたの力は効かないわ」
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