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第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#38 痕跡
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一応、警察を呼ぶことにした。
ドライバーの女はあからさまに不快な表情を見せたが、あえて逆らわなかった。
緋美子が片手で自動車を持ち上げるところを、目の当たりにしたせいだろう。
ヤンキーな外見に似合わず、始終おとなしかった。
一度店に戻り、店長の熊田沙紀をつれて現場に戻ると、すでに警官たちが到着していた。
「あの、被害に遭われた方がいないんじゃ、わたしら、どうしようもないんですが」
でっぷり肥った警官が、心底困ったように、いった。
「ですよねえ」
と、沙紀。
「ヒバナったら、いったいどこいっちゃったのかしら」
「お電話の話では、子どもが轢かれそうになったのを、そのヒバナさんとやらが助けに駆けつけて、一緒に轢かれたっていうことでしたよね」
緋美子はうなずいた。
「確かにふたりとも、この車の下に巻き込まれたんです」
地面に膝をつき、車体の下をもう一度のぞいてみる。
警官があわてて目をそらしたのは、スカートが短すぎて、緋美子の下着が丸見えになったからだった。
もちろんこれはあくまで戦闘服だから、下もいわゆる見せパンである。
NASA開発の新素材で作られた立派な防具なのだ。
が、いかんせん、デザインが普通の白いパンティそのままなので、どうしてもエロチックにならざるを得ないのだった。
ちなみに、デザインしたのはヒバナである。
「ヒロインは、可愛いだけじゃだめ。ちょっぴりエロくなくちゃ」
というのが、ヒバナのモットーだったのだ。
しかし、そののん気なヒバナも今はいない。
こともあろうに緋美子の目の前で、煙のように消えてしまったのだった。
「子どもが追っていたボールってのは、あれですか?」
もうひとりの、やせた顔色の悪い警官が訊いてきた。
なるほど、さっきは動転して気づかなかったが、向かい側の公園の側溝に、見覚えのあるサッカーボールが落ちていた。
「そうです」
歩み寄り。ボールを見下ろして、いった。
サッカーボールといっても、模様がそれらしいだけで、あくまで幼児用のビニールの玩具である。
拾い上げようとしたとき、緋美子の視野の隅で、街灯の光を受けて何かがきらりと輝いた。
桜貝だった。
ボールから1メートルほど離れたところに、落ちている。
これは・・・。
直感的に、ヒバナのものだとわかった。
事故の衝撃で、ボールと一緒にここまで飛んできたのだろう。
警官に気づかれないように、そっと拾った。
とっさに、右の耳の中に入れた。
以前、ヒバナがそうしていたのを思い出したのである。
かすかに声が聞こえてきた。
女の声だ。
だが、ヒバナのものではない。
緋美子は耳を澄まし、その声に聞き入った。
青い夜の帳が降り、星がきらめき始めている。
『準備中』の札を店先に下げた、ぼろぼろの雑貨屋の店先に、老人と少女が坐っている。
その前に、スーツ姿の若い女性が、腰に両手を当てて突っ立っていた。
空気には色濃く汐の香りが混じっている。
海風が冷たい。
「とにかく、全校生徒の給食をひとりで食べてしまうなんて、これはもう、犯罪です」
女性が、怒りのにじむ声でいった。
彼女は、この島にただひとつだけある小学校の教師である。
赴任一年目のせいか、女だてらにかなりの熱血漢だ。
きょうは、この家の少女の悪行を見るに見かねて、学校帰りに抜き打ち家庭訪問を決行したのだった。
「それはすまんかったのう」
ほうっとキセルから煙を吐き出して、老人が答えた。
隣に座っている岸田隆生作『麗子像』に生き写しの娘を、ちらっと見やった。
「玉子、おまえ、またそんな悪さ、しよったのか」
「しょうがねーだろ。腹減ってたんだから」
玉子と呼ばれた少女はぴょんと縁台から飛び降りると、女性教師の前に仁王立ちになった。
「だいたいよ、給食が少なすぎんだよ。こちとら毎月高い給食費払ってやってんだ。もっとたらふく食わせろっつーの」
「んまあ」
女性教師の眉間に、見る見るうちに青筋が立つ。
「なんですか子どもの癖にその口のきき方は! そういえば、あんたこの前は、中学生を恐喝してお金巻き上げたって言うじゃない!」
拳を握って、叫ぶようにいった。
「ちげーよ! あれは賭けでオレが勝ったのに逃げようとすっから、一発ドロップキック食らわしてやっただけじゃねーか。そんなの、どう考えても、中学生の癖に約束守らねーほうが悪いだろ?」
玉子が憎々しげにせせら笑う。
「オレだのドロップキックだの、おじいさん、いったいこの子にどういう教育なさってるんですか? こんな、ケダモノみたいな女子小学生、私、初めてです!」
女教師は完全に我を忘れていた。
ものすごい剣幕で、老人に食ってかかった。
「そうさなあ」
が、老人は相変らず、のんびりキセルをふかしているだけだ。
いっこうに、応えた様子もない。
「教育なんぞ、した覚えがないんでなあ」
ふあああと、あくびまじりに、つぶやいた。
「な、なんですか、その態度!」
女教師が老人につかみかかろうとした、そのとき、
「おい、オンナ。それ以上騒いだら殺すぞ」
ドスの効いた声で玉子がいった。
ヌンチャクを構えている。
以前ヒバナたちと、物部氏が守る古代ヤマトの武器庫に忍び込んだときかっさらってきた、故ブルース・リー愛用のヌンチャクである。
「んまあ! も、もういいです。あんたなんか、もう、明日から学校に来なくていいから! きょうから一週間の自宅謹慎を申し渡します!」
真っ赤になって叫んだ。
「マジかよ!」
玉子が飛び上がった。
滅茶苦茶嬉しそうである。
「やったー! 明日からまた夏休みかー!」
そのとき、玉子の右耳の中で、桜貝型通信器が鳴った。
前に緊急連絡用にと、ヒバナにやったものの片割れである。
玉子はケータイの類を持っていない。
だから、常世製の通信装置をヒバナに渡しておいたのだった。
だが、桜貝から聞こえてきたのは、ヒバナの声ではなかった。
ー小学生の分際で自宅謹慎なんて、たまちゃん、すごいね。
「あ」
玉子は赤くなった。
この傲慢の塊のような少女には珍しいことだった。
「ひみねえ」
小声になって、つぶやいた。
「人が悪いな。今の、全部聞いてたのかよ」
耳元でくすくす笑っているのは、ひそかに玉子が敬愛する、人外少女隊ナンバーワンの美女、秋津緋美子だったのである。
ドライバーの女はあからさまに不快な表情を見せたが、あえて逆らわなかった。
緋美子が片手で自動車を持ち上げるところを、目の当たりにしたせいだろう。
ヤンキーな外見に似合わず、始終おとなしかった。
一度店に戻り、店長の熊田沙紀をつれて現場に戻ると、すでに警官たちが到着していた。
「あの、被害に遭われた方がいないんじゃ、わたしら、どうしようもないんですが」
でっぷり肥った警官が、心底困ったように、いった。
「ですよねえ」
と、沙紀。
「ヒバナったら、いったいどこいっちゃったのかしら」
「お電話の話では、子どもが轢かれそうになったのを、そのヒバナさんとやらが助けに駆けつけて、一緒に轢かれたっていうことでしたよね」
緋美子はうなずいた。
「確かにふたりとも、この車の下に巻き込まれたんです」
地面に膝をつき、車体の下をもう一度のぞいてみる。
警官があわてて目をそらしたのは、スカートが短すぎて、緋美子の下着が丸見えになったからだった。
もちろんこれはあくまで戦闘服だから、下もいわゆる見せパンである。
NASA開発の新素材で作られた立派な防具なのだ。
が、いかんせん、デザインが普通の白いパンティそのままなので、どうしてもエロチックにならざるを得ないのだった。
ちなみに、デザインしたのはヒバナである。
「ヒロインは、可愛いだけじゃだめ。ちょっぴりエロくなくちゃ」
というのが、ヒバナのモットーだったのだ。
しかし、そののん気なヒバナも今はいない。
こともあろうに緋美子の目の前で、煙のように消えてしまったのだった。
「子どもが追っていたボールってのは、あれですか?」
もうひとりの、やせた顔色の悪い警官が訊いてきた。
なるほど、さっきは動転して気づかなかったが、向かい側の公園の側溝に、見覚えのあるサッカーボールが落ちていた。
「そうです」
歩み寄り。ボールを見下ろして、いった。
サッカーボールといっても、模様がそれらしいだけで、あくまで幼児用のビニールの玩具である。
拾い上げようとしたとき、緋美子の視野の隅で、街灯の光を受けて何かがきらりと輝いた。
桜貝だった。
ボールから1メートルほど離れたところに、落ちている。
これは・・・。
直感的に、ヒバナのものだとわかった。
事故の衝撃で、ボールと一緒にここまで飛んできたのだろう。
警官に気づかれないように、そっと拾った。
とっさに、右の耳の中に入れた。
以前、ヒバナがそうしていたのを思い出したのである。
かすかに声が聞こえてきた。
女の声だ。
だが、ヒバナのものではない。
緋美子は耳を澄まし、その声に聞き入った。
青い夜の帳が降り、星がきらめき始めている。
『準備中』の札を店先に下げた、ぼろぼろの雑貨屋の店先に、老人と少女が坐っている。
その前に、スーツ姿の若い女性が、腰に両手を当てて突っ立っていた。
空気には色濃く汐の香りが混じっている。
海風が冷たい。
「とにかく、全校生徒の給食をひとりで食べてしまうなんて、これはもう、犯罪です」
女性が、怒りのにじむ声でいった。
彼女は、この島にただひとつだけある小学校の教師である。
赴任一年目のせいか、女だてらにかなりの熱血漢だ。
きょうは、この家の少女の悪行を見るに見かねて、学校帰りに抜き打ち家庭訪問を決行したのだった。
「それはすまんかったのう」
ほうっとキセルから煙を吐き出して、老人が答えた。
隣に座っている岸田隆生作『麗子像』に生き写しの娘を、ちらっと見やった。
「玉子、おまえ、またそんな悪さ、しよったのか」
「しょうがねーだろ。腹減ってたんだから」
玉子と呼ばれた少女はぴょんと縁台から飛び降りると、女性教師の前に仁王立ちになった。
「だいたいよ、給食が少なすぎんだよ。こちとら毎月高い給食費払ってやってんだ。もっとたらふく食わせろっつーの」
「んまあ」
女性教師の眉間に、見る見るうちに青筋が立つ。
「なんですか子どもの癖にその口のきき方は! そういえば、あんたこの前は、中学生を恐喝してお金巻き上げたって言うじゃない!」
拳を握って、叫ぶようにいった。
「ちげーよ! あれは賭けでオレが勝ったのに逃げようとすっから、一発ドロップキック食らわしてやっただけじゃねーか。そんなの、どう考えても、中学生の癖に約束守らねーほうが悪いだろ?」
玉子が憎々しげにせせら笑う。
「オレだのドロップキックだの、おじいさん、いったいこの子にどういう教育なさってるんですか? こんな、ケダモノみたいな女子小学生、私、初めてです!」
女教師は完全に我を忘れていた。
ものすごい剣幕で、老人に食ってかかった。
「そうさなあ」
が、老人は相変らず、のんびりキセルをふかしているだけだ。
いっこうに、応えた様子もない。
「教育なんぞ、した覚えがないんでなあ」
ふあああと、あくびまじりに、つぶやいた。
「な、なんですか、その態度!」
女教師が老人につかみかかろうとした、そのとき、
「おい、オンナ。それ以上騒いだら殺すぞ」
ドスの効いた声で玉子がいった。
ヌンチャクを構えている。
以前ヒバナたちと、物部氏が守る古代ヤマトの武器庫に忍び込んだときかっさらってきた、故ブルース・リー愛用のヌンチャクである。
「んまあ! も、もういいです。あんたなんか、もう、明日から学校に来なくていいから! きょうから一週間の自宅謹慎を申し渡します!」
真っ赤になって叫んだ。
「マジかよ!」
玉子が飛び上がった。
滅茶苦茶嬉しそうである。
「やったー! 明日からまた夏休みかー!」
そのとき、玉子の右耳の中で、桜貝型通信器が鳴った。
前に緊急連絡用にと、ヒバナにやったものの片割れである。
玉子はケータイの類を持っていない。
だから、常世製の通信装置をヒバナに渡しておいたのだった。
だが、桜貝から聞こえてきたのは、ヒバナの声ではなかった。
ー小学生の分際で自宅謹慎なんて、たまちゃん、すごいね。
「あ」
玉子は赤くなった。
この傲慢の塊のような少女には珍しいことだった。
「ひみねえ」
小声になって、つぶやいた。
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