226 / 295
第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#3 幻視される魔女①
しおりを挟む
気がつくと、ソファで寝ていた。
ナミは目をこすりながら、身を起こした。
見慣れた部屋である。
机に突っ伏して、兄のナギが寝ているのが見えた。
眼鏡をかけ、視力を取り戻すと、ナミは足元に落ちていた孫の手をナギの背中に向かって投げつけた。
「いてーなあ」
ナギが目を覚ます。
「お、人間界に戻ってる」
椅子から立ち上げると、自分の手足を眺めてうれしそうにつぶやいた。
二度目のリセットだった。
一度目は、目が覚めたら知らない学校で、英語の授業を受けていた。
今回は、どうやら自分の家らしい。
新たなスタートとしては、その分気が楽だった。
外はすっかり暗くなっている。
「きょうは何月何日?」
ナミは訊いた。
「11月8日、日曜日だね。あれからちょうど一週間経ってる」
ナギが卓上時計に目をやって、答えた。
あれから、というのは、ナミとナギがヒバナと緋美子の合体技によって、異界もろとも光の粒子に分解された日から、ということだろう。
「明日から学校かあ。って、また学校変わったりしてないだろうな」
世界がリセットされると、観測者の微妙な認識の違いのせいか、細かい誤差が色々と生じてくる。
ナギはそのことをいっているのだった。
「そんなことより、ナギ、あんた、覚えてる?」
ナミは煙草に火をつけ、灰皿代わりの空き缶を手元に引き寄せた。
「ちょ、ちょっと、僕の部屋で煙草吸わないでよ! ここ、禁煙だっていっただろ? また僕がパパに叱られちゃうじゃないか」
ナミが大急ぎで窓を開けながら、抗議した。
「あんたって、ほんとに人間ちっちゃいよね」
馬鹿にしたように、ナミが鼻で笑う
煙草を消す気など、さらさらない。
「それは悪うございました。で、覚えてるって、何をさ」
不満そうに頬を膨らませて、ナギが訊く。
「ここに転生する前、ほら、五次元空間みたいなとこに、あたしたち浮かんでたじゃない」
「うん」
「あのとき、最後にちらっと見えたあれって」
「ああ、あのごちゃごちゃしたシュールな都市?」
そう、やはりあれは"都市"だったのだ。
非ユークリッド幾何学の粋を凝らしたような、不思議な形状をした漆黒に耀く都市。
漆黒に耀く?
その言葉の矛盾に、なんじゃそれ? と自分で自分に突っ込みを入れながら、
しかし、実際そんな感じだったのだ、とナミは思った。
「あれ、何だったと思う?」
「さあねえ、強いて似たものを挙げるとしたら、やっぱ、あれかなあ」
「あれじゃわかんないわよ」
「あのさ、ラブクラフトって作家、知ってる?」
「知ってるわよ、そのくらい、クトゥルー神話でしょ」
「そう。で、その人の小説に出てきた都市ってのが、ちょうどあんな感じだったような・・・」
「ルルイエね」
「そうそう、旧支配者クトゥルーを封印してあるとかいう、異空間の都市だよね。ってまさかナミ、あの時見たのが本当にルルイエだと思ってるの?」
「思ってちゃ悪い?」
「だってあれ、小説の中の話でしょ」
「馬鹿ねえ」
ナミは軽蔑のまなざしを兄に向けた。
「観測者が変わったんだよ。あんたもあの光の女神が、窮鼠猫を噛む的逆転必殺ワザで、人間界の観測者を抹殺するところ、見たでしょ?
ってことは、今度の、つまり第三の観測者の嗜好次第では、クトゥルー神話の現実化もありえるってことじゃない。この前は和風ファンタジー系だったから、次は西欧神話系って可能性、充分アリだと思うけど」
「なるほど」
ナギがうなずいた。
「で、どうすんの?」
「あれを人間界に召喚するんだよ」
「ルルイエの浮上を企む悪の邪教集団かあ、なんかよくあるパターンだよなあ」
「よくあるパターンだからこそ、実現しやすいんじゃないの」
「でも、ツクヨミがいなくなっちゃったから、ちょっと難しそうだよね。そういう、次元移動みたいなものって。しかも、あれ、相当大きかったし」
「まあね」
ナミが二本目の煙草に火をつける。
「だけど、最後の最後にね、あたし、見たんだよ」
「あ、ひょっとして、あの女の顔・・・?」
そう。
都市を幻視した直後、もうひとつのイメージが、ナミの脳裏に閃いたのだ。
「あれって、麗奈だよね」
ナミはいった。
麗奈。
前の前の世界で、ナミたちと同じ、禍津神の"死天王"だった女である。
本来なら、前の前の世界で、ヒバナに倒されたはずだった。
「やっぱりそう思う?」
ナギの目が耀いた。
麗奈はフェロモン全開の妖艶な魔女なのだ。
一応男の端くれであるナギが喜ぶのも無理はない。
「この世界では、あいつ、生きてるんだわ」
ナミはつぶやくと、テーブルの上にあったナギのノートパソコンを立ち上げた。
すばやい指使いでキーボードを操作する。
「つかまえた」
「早!」
ナギが横から画面を覗き込む。
南国っぽい海と青空を背景に、エンタープライズ号のような形の真っ白な建物が立っている。
その右上に代表者の顔がコラージュされているのだが、それはまさしくあの麗奈その人だった。
相変らず、吸い込まれそうになるくらい妖しい美貌である。
写真はバストアップのもので、豊かな胸の谷間までばっちり写っている。
「うわ、マジ本当だ。元気そうで何よりだなあ」
ナギがにやついた。
「でも、"天国への階段"って、何だろう? 宗教団体かな」
「自己啓発セミナーみたいだけど、たぶんそうね。あの女の考えそうなことだよ」
麗奈は以前、『聖ソフィアの会』という怪しげな会社を立ち上げて、心霊グッズの通信販売を生業としていたのである。
「でも、これとルルイエとどういう関係が?」
「あのとき、ほとんど同時にイメージが閃いたってことは、麗奈が何らかの形でルルイエに関わってるって証拠じゃない。きっとこの教団は、ルルイエ浮上を目的にしてるんだと思う」
「そうかな、そんなこと、どこにも書いてないけど」
HPにあるのは、
『人生を楽しく生きる10の方法』とか。『愛され女に変身するための3つの魔法の言葉』とか、そんなコラムばかりだった。
「馬鹿ねえ。公共の場でそんなこと大々的に書くわけないじゃないの。こうなったら本人に直接会って聞いてみるのが一番だわ。本部の所在地はどこになってる?」
「島みたいだね。愛知県は三河湾の・・・って、けっこう近いじゃないか」
「御門島? どっかで聞いたこと、ある気する・・・」
「やばいよ」
ナギがふいにいった。
心なしか、顔色が悪い。
「ここ、あいつの住んでるとこだ」
「あいつって?」
「大和田玉子。ヒバナのチームの、ちびっこ魔道師さ」
ナミは目をこすりながら、身を起こした。
見慣れた部屋である。
机に突っ伏して、兄のナギが寝ているのが見えた。
眼鏡をかけ、視力を取り戻すと、ナミは足元に落ちていた孫の手をナギの背中に向かって投げつけた。
「いてーなあ」
ナギが目を覚ます。
「お、人間界に戻ってる」
椅子から立ち上げると、自分の手足を眺めてうれしそうにつぶやいた。
二度目のリセットだった。
一度目は、目が覚めたら知らない学校で、英語の授業を受けていた。
今回は、どうやら自分の家らしい。
新たなスタートとしては、その分気が楽だった。
外はすっかり暗くなっている。
「きょうは何月何日?」
ナミは訊いた。
「11月8日、日曜日だね。あれからちょうど一週間経ってる」
ナギが卓上時計に目をやって、答えた。
あれから、というのは、ナミとナギがヒバナと緋美子の合体技によって、異界もろとも光の粒子に分解された日から、ということだろう。
「明日から学校かあ。って、また学校変わったりしてないだろうな」
世界がリセットされると、観測者の微妙な認識の違いのせいか、細かい誤差が色々と生じてくる。
ナギはそのことをいっているのだった。
「そんなことより、ナギ、あんた、覚えてる?」
ナミは煙草に火をつけ、灰皿代わりの空き缶を手元に引き寄せた。
「ちょ、ちょっと、僕の部屋で煙草吸わないでよ! ここ、禁煙だっていっただろ? また僕がパパに叱られちゃうじゃないか」
ナミが大急ぎで窓を開けながら、抗議した。
「あんたって、ほんとに人間ちっちゃいよね」
馬鹿にしたように、ナミが鼻で笑う
煙草を消す気など、さらさらない。
「それは悪うございました。で、覚えてるって、何をさ」
不満そうに頬を膨らませて、ナギが訊く。
「ここに転生する前、ほら、五次元空間みたいなとこに、あたしたち浮かんでたじゃない」
「うん」
「あのとき、最後にちらっと見えたあれって」
「ああ、あのごちゃごちゃしたシュールな都市?」
そう、やはりあれは"都市"だったのだ。
非ユークリッド幾何学の粋を凝らしたような、不思議な形状をした漆黒に耀く都市。
漆黒に耀く?
その言葉の矛盾に、なんじゃそれ? と自分で自分に突っ込みを入れながら、
しかし、実際そんな感じだったのだ、とナミは思った。
「あれ、何だったと思う?」
「さあねえ、強いて似たものを挙げるとしたら、やっぱ、あれかなあ」
「あれじゃわかんないわよ」
「あのさ、ラブクラフトって作家、知ってる?」
「知ってるわよ、そのくらい、クトゥルー神話でしょ」
「そう。で、その人の小説に出てきた都市ってのが、ちょうどあんな感じだったような・・・」
「ルルイエね」
「そうそう、旧支配者クトゥルーを封印してあるとかいう、異空間の都市だよね。ってまさかナミ、あの時見たのが本当にルルイエだと思ってるの?」
「思ってちゃ悪い?」
「だってあれ、小説の中の話でしょ」
「馬鹿ねえ」
ナミは軽蔑のまなざしを兄に向けた。
「観測者が変わったんだよ。あんたもあの光の女神が、窮鼠猫を噛む的逆転必殺ワザで、人間界の観測者を抹殺するところ、見たでしょ?
ってことは、今度の、つまり第三の観測者の嗜好次第では、クトゥルー神話の現実化もありえるってことじゃない。この前は和風ファンタジー系だったから、次は西欧神話系って可能性、充分アリだと思うけど」
「なるほど」
ナギがうなずいた。
「で、どうすんの?」
「あれを人間界に召喚するんだよ」
「ルルイエの浮上を企む悪の邪教集団かあ、なんかよくあるパターンだよなあ」
「よくあるパターンだからこそ、実現しやすいんじゃないの」
「でも、ツクヨミがいなくなっちゃったから、ちょっと難しそうだよね。そういう、次元移動みたいなものって。しかも、あれ、相当大きかったし」
「まあね」
ナミが二本目の煙草に火をつける。
「だけど、最後の最後にね、あたし、見たんだよ」
「あ、ひょっとして、あの女の顔・・・?」
そう。
都市を幻視した直後、もうひとつのイメージが、ナミの脳裏に閃いたのだ。
「あれって、麗奈だよね」
ナミはいった。
麗奈。
前の前の世界で、ナミたちと同じ、禍津神の"死天王"だった女である。
本来なら、前の前の世界で、ヒバナに倒されたはずだった。
「やっぱりそう思う?」
ナギの目が耀いた。
麗奈はフェロモン全開の妖艶な魔女なのだ。
一応男の端くれであるナギが喜ぶのも無理はない。
「この世界では、あいつ、生きてるんだわ」
ナミはつぶやくと、テーブルの上にあったナギのノートパソコンを立ち上げた。
すばやい指使いでキーボードを操作する。
「つかまえた」
「早!」
ナギが横から画面を覗き込む。
南国っぽい海と青空を背景に、エンタープライズ号のような形の真っ白な建物が立っている。
その右上に代表者の顔がコラージュされているのだが、それはまさしくあの麗奈その人だった。
相変らず、吸い込まれそうになるくらい妖しい美貌である。
写真はバストアップのもので、豊かな胸の谷間までばっちり写っている。
「うわ、マジ本当だ。元気そうで何よりだなあ」
ナギがにやついた。
「でも、"天国への階段"って、何だろう? 宗教団体かな」
「自己啓発セミナーみたいだけど、たぶんそうね。あの女の考えそうなことだよ」
麗奈は以前、『聖ソフィアの会』という怪しげな会社を立ち上げて、心霊グッズの通信販売を生業としていたのである。
「でも、これとルルイエとどういう関係が?」
「あのとき、ほとんど同時にイメージが閃いたってことは、麗奈が何らかの形でルルイエに関わってるって証拠じゃない。きっとこの教団は、ルルイエ浮上を目的にしてるんだと思う」
「そうかな、そんなこと、どこにも書いてないけど」
HPにあるのは、
『人生を楽しく生きる10の方法』とか。『愛され女に変身するための3つの魔法の言葉』とか、そんなコラムばかりだった。
「馬鹿ねえ。公共の場でそんなこと大々的に書くわけないじゃないの。こうなったら本人に直接会って聞いてみるのが一番だわ。本部の所在地はどこになってる?」
「島みたいだね。愛知県は三河湾の・・・って、けっこう近いじゃないか」
「御門島? どっかで聞いたこと、ある気する・・・」
「やばいよ」
ナギがふいにいった。
心なしか、顔色が悪い。
「ここ、あいつの住んでるとこだ」
「あいつって?」
「大和田玉子。ヒバナのチームの、ちびっこ魔道師さ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。
雪桜 あやめ
恋愛
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作
阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。裕福でありながら自由はなく、まるで人形のように生きる日々…
だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。
だが、その執事の正体は、なんと結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。だけど、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。
これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人に忘れられてしまった執事が、二度目の恋を始める話。
「お嬢様、私を愛してください」
「……え?」
好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び、結月に届くのか?
一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー。
✣✣✣
カクヨムにて完結済みです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる