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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#7 ヒバナと時じくの実②
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「えー、ほんとにレオンなの?」
ひずみが驚きの声をあげ、エリマキトカゲのほうに身を乗り出した。
「ヒバナの精神に吸収されて、消えちゃったんじゃなかったの?」
そうなのだ。
ヒバナは思い出していた。
レオンとのいきさつには、複雑な経緯がある。
そもそも、レオンというのはヒバナがつけたニックネームで、正体は玉子やミミと同じ、八百万の神、タケミカヅチである。
最初の頃はなぜかカメレオンに憑依していたのだが、ヒバナが"霊界ネットワーク”で竜の腕輪を見つけたとき、四神獣のうちのひとつ、青竜の御霊がレオンの精神と融合した。本来の宿主はヒバナだったのだが、当時のヒバナの心があまりにひ弱だったせいで、御霊のほうが大事をとってそのときすぐそばにいたレオンを仮の宿に定めたのだった。
その後ヒバナは腕輪の力で二種類の竜に変身できるようになったものの、根の国の死天王麗奈には力及ばず、ほとんどなぶり殺しにされかけたところを、青竜の御霊ごとヒバナに融合したレオンに救われたのだった。
が、そのあとレオンはヒバナの中でなぜだかどんどん小さくなっていき、しまいには青竜の御霊に飲み込まれるようにして消えてしまっていたのである。
「それが、ついこの間、気がついたらこの体になってやがったんだ」
エリマキトカゲが細い嘴のような口をぱくぱくさせて、しゃべった。
「へーえ、そうなんだ。でもまた爬虫類なんて、ちょっと趣味悪くない? 猫や犬だったらよかったのに。チワワとかポメラリアンとかさ」
「でもわたし、爬虫類好きだよ」
両手をレオンのほうに伸ばして、いった。
「前は苦手だったけどね、今は大好き」
すごくうれしい。
胸がどきどきする。
こんなに明るい気分になれたのは、ほんとひさしぶりだ。
「相変らず、おかしなオンナだ」
ヒバナの勢いに少し引いて、レオンがぼやいた。
「でも、ちょっと見ないうちに、ヒバナ、おまえ、いい女になったな。この前までただのマグロの赤身だったのが、脂が乗ってトロに昇格した感じだ」
「それでも褒めてるつもり?」
ひずみが呆れたようにいう。
「まあ、最近のヒバナは女性ホルモン分泌しまくりだから、それ、なんとなくわかるけどさ」
「わたしのことなんかどうでもいいよ」
あわててヒバナはふたりの間に割って入った。
ひずみはすぐに話を地雷源に持っていこうとする。
それではせっかくの感動の再会が台無しだ。
「でも、レオンもなんだか前と比べるとかっこよくなったよ。スマートだし、色もきれい」
以前のレオンは目の覚めるようなグリーンのカメレオンだった。
それが今回はコバルトブルーで、外見も鋭角的である。
「だろ? 見てろよ、俺、こんなこともできるんだぜ」
得意気にいうと、レオンがするりと地面に飛び降りた。
そしてエリマキを広げると、なんと、後ろ足で立ち上がって走り始めたのである。
「あはははは」
ひずみがおなかを抱えて笑い転げた。
けっこう長いつき合いだが、ヒバナはこの少女の笑い声を初めて聞いた気がした。
レオンは一周回ってもどってくると、どうだ、といわんばかりに二人の前に二本足で立って、胸を反らした。
「昔、こんなCMあったろ? 知ってるか?」
「いつの時代の話?」
ヒバナは首をかしげた。
「また昭和?」
レオンの属性は、出会った頃から、神さまというより"昭和のオヤジ"くさかったのだ。
「昭和で悪かったな」
レオンがむくれた。
「おまえはこの国の黄金時代を知らないから、そんなことがいえるんだ」
「でもレオン、今のすごいよ。ミミにも見せてあげて。きっと受けるよ」
くすくす笑いながらひずみがいった。
「あ、そうだった」
ふいに、真面目な口調に戻ってレオンが訊いた。
「ミミだ、ミミはどこにいる?」
「金庫の番」
ひずみが答えた。
「金庫って、あの、腕輪の?」
ヒバナがたずねると、
「そう。大いなる腕輪をしまってある金庫、ミミったら、なんか最近、ずっとその金庫の上でとぐろ巻いてるんだよ。嫌な予感がするから、とかいって」
「確かにね。あれ取られると、大変だもんねえ」
ヒバナがしみじみいったのには理由がある。
以前、あの腕輪を緋美子の妹、安奈が持ち出して、いたずらしたことがある。
あのとき、ヒバナたち四人に起こった出来事は、なかなかのものだったのだ。
あれ以来、腕輪を銀行の貸金庫に預けようなど、色々討論したのだが、結局それ専用の金庫を買って中にしまっておくということに落ち着き、今に至っているのだった。
「さすがだな。ミミのやつ」
ヒバナの左肩にぴょんと飛び乗ってくると、レオンが感心したようにつぶやいた。
「いいか、おまえら、気をつけろ。絶対あの腕輪を狙ってくるやつがいる。オレがヒバナや青竜から離れてこうして自由の身になったのも、おそらくそれに関係あるに違いないんだ。それから、気がついただろ。
この土地の変化。ここは竜脈の中心だ。どんどん生命力、マナが集まり始めている。なぜならそれは・・・」
「それは?」
ヒバナとひずみが声をそろえて同時に訊いた。
「いや、今はやめとこう」
急にレオンのトーンが下がった。
「なんでよ」
ひずみが唇をとがらせる。
「腹が減った。まずは飯だ。いったん極楽湯へ戻るぞ」
レオンが薄く目を閉じる。
「もうゴキブリ、食べないの?」
ヒバナが訊くと、
「失礼な」
カっと目を見開いていった。
「今のオレは美食家なんだよ」
2度にわたる世界のリセットは、レオンをもかなり変えてしまったらしい。
「ま、ひとつだけヒントをいうとだな」
レオンがひずみに向かっていう。
「大いなる腕輪には、なぜリングが五つあるのかってことさ」
「リングの数?」
ひずみが眉をひそめた。
「四神獣には、ひとつ多い・・・ってこと?」
「さすがひずみちゃん。数学強い!」
ヒバナが手を打って賞賛する。
「これ、ただの引き算なんですけど・・・」
ひずみは一瞬ヒバナをにらんだが、やがて、
「あ、そうか」
と大きくうなずいた。
「わかったよ。レオン。そういう時期が来たってことね」
「おまえ、頭いいな。だれかと違って」
レオンが感嘆の声を上げる。
「誰かって、だれ?」
ヒバナが小首をかしげたとき、レオンのおなかがぐうと鳴った。
ひずみが驚きの声をあげ、エリマキトカゲのほうに身を乗り出した。
「ヒバナの精神に吸収されて、消えちゃったんじゃなかったの?」
そうなのだ。
ヒバナは思い出していた。
レオンとのいきさつには、複雑な経緯がある。
そもそも、レオンというのはヒバナがつけたニックネームで、正体は玉子やミミと同じ、八百万の神、タケミカヅチである。
最初の頃はなぜかカメレオンに憑依していたのだが、ヒバナが"霊界ネットワーク”で竜の腕輪を見つけたとき、四神獣のうちのひとつ、青竜の御霊がレオンの精神と融合した。本来の宿主はヒバナだったのだが、当時のヒバナの心があまりにひ弱だったせいで、御霊のほうが大事をとってそのときすぐそばにいたレオンを仮の宿に定めたのだった。
その後ヒバナは腕輪の力で二種類の竜に変身できるようになったものの、根の国の死天王麗奈には力及ばず、ほとんどなぶり殺しにされかけたところを、青竜の御霊ごとヒバナに融合したレオンに救われたのだった。
が、そのあとレオンはヒバナの中でなぜだかどんどん小さくなっていき、しまいには青竜の御霊に飲み込まれるようにして消えてしまっていたのである。
「それが、ついこの間、気がついたらこの体になってやがったんだ」
エリマキトカゲが細い嘴のような口をぱくぱくさせて、しゃべった。
「へーえ、そうなんだ。でもまた爬虫類なんて、ちょっと趣味悪くない? 猫や犬だったらよかったのに。チワワとかポメラリアンとかさ」
「でもわたし、爬虫類好きだよ」
両手をレオンのほうに伸ばして、いった。
「前は苦手だったけどね、今は大好き」
すごくうれしい。
胸がどきどきする。
こんなに明るい気分になれたのは、ほんとひさしぶりだ。
「相変らず、おかしなオンナだ」
ヒバナの勢いに少し引いて、レオンがぼやいた。
「でも、ちょっと見ないうちに、ヒバナ、おまえ、いい女になったな。この前までただのマグロの赤身だったのが、脂が乗ってトロに昇格した感じだ」
「それでも褒めてるつもり?」
ひずみが呆れたようにいう。
「まあ、最近のヒバナは女性ホルモン分泌しまくりだから、それ、なんとなくわかるけどさ」
「わたしのことなんかどうでもいいよ」
あわててヒバナはふたりの間に割って入った。
ひずみはすぐに話を地雷源に持っていこうとする。
それではせっかくの感動の再会が台無しだ。
「でも、レオンもなんだか前と比べるとかっこよくなったよ。スマートだし、色もきれい」
以前のレオンは目の覚めるようなグリーンのカメレオンだった。
それが今回はコバルトブルーで、外見も鋭角的である。
「だろ? 見てろよ、俺、こんなこともできるんだぜ」
得意気にいうと、レオンがするりと地面に飛び降りた。
そしてエリマキを広げると、なんと、後ろ足で立ち上がって走り始めたのである。
「あはははは」
ひずみがおなかを抱えて笑い転げた。
けっこう長いつき合いだが、ヒバナはこの少女の笑い声を初めて聞いた気がした。
レオンは一周回ってもどってくると、どうだ、といわんばかりに二人の前に二本足で立って、胸を反らした。
「昔、こんなCMあったろ? 知ってるか?」
「いつの時代の話?」
ヒバナは首をかしげた。
「また昭和?」
レオンの属性は、出会った頃から、神さまというより"昭和のオヤジ"くさかったのだ。
「昭和で悪かったな」
レオンがむくれた。
「おまえはこの国の黄金時代を知らないから、そんなことがいえるんだ」
「でもレオン、今のすごいよ。ミミにも見せてあげて。きっと受けるよ」
くすくす笑いながらひずみがいった。
「あ、そうだった」
ふいに、真面目な口調に戻ってレオンが訊いた。
「ミミだ、ミミはどこにいる?」
「金庫の番」
ひずみが答えた。
「金庫って、あの、腕輪の?」
ヒバナがたずねると、
「そう。大いなる腕輪をしまってある金庫、ミミったら、なんか最近、ずっとその金庫の上でとぐろ巻いてるんだよ。嫌な予感がするから、とかいって」
「確かにね。あれ取られると、大変だもんねえ」
ヒバナがしみじみいったのには理由がある。
以前、あの腕輪を緋美子の妹、安奈が持ち出して、いたずらしたことがある。
あのとき、ヒバナたち四人に起こった出来事は、なかなかのものだったのだ。
あれ以来、腕輪を銀行の貸金庫に預けようなど、色々討論したのだが、結局それ専用の金庫を買って中にしまっておくということに落ち着き、今に至っているのだった。
「さすがだな。ミミのやつ」
ヒバナの左肩にぴょんと飛び乗ってくると、レオンが感心したようにつぶやいた。
「いいか、おまえら、気をつけろ。絶対あの腕輪を狙ってくるやつがいる。オレがヒバナや青竜から離れてこうして自由の身になったのも、おそらくそれに関係あるに違いないんだ。それから、気がついただろ。
この土地の変化。ここは竜脈の中心だ。どんどん生命力、マナが集まり始めている。なぜならそれは・・・」
「それは?」
ヒバナとひずみが声をそろえて同時に訊いた。
「いや、今はやめとこう」
急にレオンのトーンが下がった。
「なんでよ」
ひずみが唇をとがらせる。
「腹が減った。まずは飯だ。いったん極楽湯へ戻るぞ」
レオンが薄く目を閉じる。
「もうゴキブリ、食べないの?」
ヒバナが訊くと、
「失礼な」
カっと目を見開いていった。
「今のオレは美食家なんだよ」
2度にわたる世界のリセットは、レオンをもかなり変えてしまったらしい。
「ま、ひとつだけヒントをいうとだな」
レオンがひずみに向かっていう。
「大いなる腕輪には、なぜリングが五つあるのかってことさ」
「リングの数?」
ひずみが眉をひそめた。
「四神獣には、ひとつ多い・・・ってこと?」
「さすがひずみちゃん。数学強い!」
ヒバナが手を打って賞賛する。
「これ、ただの引き算なんですけど・・・」
ひずみは一瞬ヒバナをにらんだが、やがて、
「あ、そうか」
と大きくうなずいた。
「わかったよ。レオン。そういう時期が来たってことね」
「おまえ、頭いいな。だれかと違って」
レオンが感嘆の声を上げる。
「誰かって、だれ?」
ヒバナが小首をかしげたとき、レオンのおなかがぐうと鳴った。
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