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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#18 嵐の前③
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さすがに11月も半ばにさしかかると、寒かった。
ヒバナは体にフィットしたニットのミニワンピースに、下は厚めのカラータイツといった姿で、大学構内を歩いていた。
11月13日金曜日。
別に縁起を担ぐわけではないが、悪いことが起こらなければいいが、と思う。
キャンパスの並木は赤く色づき、地面にはモザイクのように、一面に枯葉がちりばめられている。
お通夜は落ち葉の降りしきる校庭のベンチに座って待っていた。
毛糸の帽子をかぶり、マフラーに顎をうずめ、コートの背を寒そうに丸めている。
「つやちゃんっ」
ヒバナは陽気に手を振った。
振り向いて、お通夜が会釈した。
彼女から電話がかかってきたのは、きのうの夜中である。
ヒバナは仕事の休憩中で、『アイララ』の事務所でホットココアを飲んでいるところだった。
一生のお願いがあります。
お通夜の声が耳から離れない。
お父さんを助けてあげてください。
彼女は泣きながら、電話口でそう叫んだのだ。
「ひずみちゃんには連絡とっておいたよ」
お通夜の隣に座って脚を組むと、ヒバナはいった。
「いつでもいいって。なんなら、きょうにする?」
お父さんが癌なんです。
お父さんを、極楽湯で治してあげてほしいんです。
ゆうべ、彼女はそう頼んできたのだ。
極楽湯には、どんな病気や怪我も治す驚異の薬湯がある。
常世の国の"命の泉"から取ってきた"常世細胞”を増殖させた、どろどろのスープのようなお湯である。
魔物との戦いでひどく傷ついたとき、ヒバナは何度もその薬湯のお世話になっている。
つい2週間ほど前にも、酒呑童子に首の骨を折られ、死にかけたところを常世細胞で直してもらったばかりなのだ。
あのスーパーな温泉なら、癌など簡単に治癒するにちがいなかった。
「あ、ありがとうございます」
お通夜が顔を上げた。
髪をショートボブにしてから、お通夜は別人のように可愛らしくなっていた。
今までは、幽霊のような長いストレートヘアで、顔の大部分を隠していてよくわからなかったのだが、髪を切ってみると、これが意外に整った顔立ちをしているのだ。
女好きの貢がころっと態度を変えたのも、十二分にうなずけるというものだった。
「じゃ、今から早速お父さん、連れに行こう。貢君に車出してもらう? それとも、緊急を要するなら、わたしが変身して空輸するけど」
ヒバナは青竜に変身することで、空を飛べるようになる。
以前ほど体自体は化け物じみた変わり方はしないのだが、蝙蝠のそれのような皮製の翼を背中に生やすことが可能なのだ。
朱雀である緋美子ほど速くは飛べないが、体も大きく頑丈になるので、人間のひとりやふたり、抱いて運ぶくらいお安い御用なのである。
「それが・・・・」
朗報を聞いても、なぜかお通夜の顔色は冴えなかった。
「もしかして・・・手遅れだった?」
ひやりとして、ヒバナはたずねた。
しまった。
ゆうべのうちに手を打っておくべきだったか。
そう、後悔したのだった。
「違うんです」
お通夜が首を振った。
「私もそう思って、今朝お母さんに電話、かけたんですけど。お父さん、きのう、家に帰らなかったって」
「え?」
ヒバナは言葉を失った。
「あんな体で。お父さん、どこへ行っちゃったんだか・・・。一応、警察に届けは出したんですけど、つや、心配で心配で・・・」
お通夜の線の細い顔の輪郭が、ふいにあやふやになった。
「つやちゃん・・・」
わっと泣き出すと、ヒバナの肩に顔を埋めてきた。
「それは、心配だよね」
ヒバナはお通夜の背中をゆっくりとなでた。
「電車のホームまでは、見送ったんです。お父さん、きっと途中下車して、どっか行っちゃったんです」
お通夜の実家は飛騨高山である。
乗ったのはJR線だという。
が、それを聞いても、鉄道音痴のヒバナにはまったく何のインスピレーションもわいてこなかった。
「泣かないで。一緒に探してあげるから」
子どもをあやすような口調でなぐさめた。
ヒバナには父がいない。
ヒバナが幼い頃、女をつくって出て行ってしまったのだ。
だから父親という存在には何の重きも置いていないのだが、普通の親子は違うのだろう、と思う。
ヒバナとて、母が癌になったり失踪したりしたら、身も世もなく泣き叫ぶに違いないからだ。
「あれ? ヒバナじゃない? って、お通夜も一緒か?」
突然声が振ってきたのは、そのときだった。
糸魚川貢である。
ジャンパーのポケットに手を突っ込み、北風に首をすくめている。
脇に大きめのタブレットを抱えていた。
お通夜は動かない。
ボーイフレンドの登場がうれしくないのだろうか。
いや、そもそもこのふたり、本当につきあってるといえるのか。
そんなことに頭をめぐらせてヒバナが返答に窮していると、
「ちょうどよかった。見せたいものがあるんだ」
なんだかうきうきした口調で貢がいい、ヒバナの隣に無理矢理尻をねじこんできた。
TPOを考えないというか、空気を読まないというか、相変らずの傍若無人ぶりである。
膝の上に置いたタブレットを起動させると、
「超常研としては、ちょっとほっとけないネタなんだ。玉子の話にも関連がありそうだしな」
と、そんな気になることを口にした。
「玉ちゃんの話?」
ヒバナは訊いた。
「あの、でっかいイカをゴジラが食べたとかいう?」
「そうそう。ま、ゴジラは置いとくとして、おそらく海底にクトゥルーの眷属が潜んでるんじゃないかって、あの話だ。だってこれ、玉子の島だろ?」
画面にはニュース動画らしきものが映っていた。
浜辺になにやらたくさんの人が集まっている。
なるほど、その下に、御門(みかど)島、とテロップが出ていた。
「何してるところなの?」
もう一度、ヒバナがたずねたときである。
「あ」
いつのまにやら、横から液晶画面を覗き込んでいたお通夜が、驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
ヒバナは思わずお通夜の横顔に目をやった。
「お父さん・・・」
お通夜がつぶやいた。
「なんで、こんなところにいるの?」
ヒバナは体にフィットしたニットのミニワンピースに、下は厚めのカラータイツといった姿で、大学構内を歩いていた。
11月13日金曜日。
別に縁起を担ぐわけではないが、悪いことが起こらなければいいが、と思う。
キャンパスの並木は赤く色づき、地面にはモザイクのように、一面に枯葉がちりばめられている。
お通夜は落ち葉の降りしきる校庭のベンチに座って待っていた。
毛糸の帽子をかぶり、マフラーに顎をうずめ、コートの背を寒そうに丸めている。
「つやちゃんっ」
ヒバナは陽気に手を振った。
振り向いて、お通夜が会釈した。
彼女から電話がかかってきたのは、きのうの夜中である。
ヒバナは仕事の休憩中で、『アイララ』の事務所でホットココアを飲んでいるところだった。
一生のお願いがあります。
お通夜の声が耳から離れない。
お父さんを助けてあげてください。
彼女は泣きながら、電話口でそう叫んだのだ。
「ひずみちゃんには連絡とっておいたよ」
お通夜の隣に座って脚を組むと、ヒバナはいった。
「いつでもいいって。なんなら、きょうにする?」
お父さんが癌なんです。
お父さんを、極楽湯で治してあげてほしいんです。
ゆうべ、彼女はそう頼んできたのだ。
極楽湯には、どんな病気や怪我も治す驚異の薬湯がある。
常世の国の"命の泉"から取ってきた"常世細胞”を増殖させた、どろどろのスープのようなお湯である。
魔物との戦いでひどく傷ついたとき、ヒバナは何度もその薬湯のお世話になっている。
つい2週間ほど前にも、酒呑童子に首の骨を折られ、死にかけたところを常世細胞で直してもらったばかりなのだ。
あのスーパーな温泉なら、癌など簡単に治癒するにちがいなかった。
「あ、ありがとうございます」
お通夜が顔を上げた。
髪をショートボブにしてから、お通夜は別人のように可愛らしくなっていた。
今までは、幽霊のような長いストレートヘアで、顔の大部分を隠していてよくわからなかったのだが、髪を切ってみると、これが意外に整った顔立ちをしているのだ。
女好きの貢がころっと態度を変えたのも、十二分にうなずけるというものだった。
「じゃ、今から早速お父さん、連れに行こう。貢君に車出してもらう? それとも、緊急を要するなら、わたしが変身して空輸するけど」
ヒバナは青竜に変身することで、空を飛べるようになる。
以前ほど体自体は化け物じみた変わり方はしないのだが、蝙蝠のそれのような皮製の翼を背中に生やすことが可能なのだ。
朱雀である緋美子ほど速くは飛べないが、体も大きく頑丈になるので、人間のひとりやふたり、抱いて運ぶくらいお安い御用なのである。
「それが・・・・」
朗報を聞いても、なぜかお通夜の顔色は冴えなかった。
「もしかして・・・手遅れだった?」
ひやりとして、ヒバナはたずねた。
しまった。
ゆうべのうちに手を打っておくべきだったか。
そう、後悔したのだった。
「違うんです」
お通夜が首を振った。
「私もそう思って、今朝お母さんに電話、かけたんですけど。お父さん、きのう、家に帰らなかったって」
「え?」
ヒバナは言葉を失った。
「あんな体で。お父さん、どこへ行っちゃったんだか・・・。一応、警察に届けは出したんですけど、つや、心配で心配で・・・」
お通夜の線の細い顔の輪郭が、ふいにあやふやになった。
「つやちゃん・・・」
わっと泣き出すと、ヒバナの肩に顔を埋めてきた。
「それは、心配だよね」
ヒバナはお通夜の背中をゆっくりとなでた。
「電車のホームまでは、見送ったんです。お父さん、きっと途中下車して、どっか行っちゃったんです」
お通夜の実家は飛騨高山である。
乗ったのはJR線だという。
が、それを聞いても、鉄道音痴のヒバナにはまったく何のインスピレーションもわいてこなかった。
「泣かないで。一緒に探してあげるから」
子どもをあやすような口調でなぐさめた。
ヒバナには父がいない。
ヒバナが幼い頃、女をつくって出て行ってしまったのだ。
だから父親という存在には何の重きも置いていないのだが、普通の親子は違うのだろう、と思う。
ヒバナとて、母が癌になったり失踪したりしたら、身も世もなく泣き叫ぶに違いないからだ。
「あれ? ヒバナじゃない? って、お通夜も一緒か?」
突然声が振ってきたのは、そのときだった。
糸魚川貢である。
ジャンパーのポケットに手を突っ込み、北風に首をすくめている。
脇に大きめのタブレットを抱えていた。
お通夜は動かない。
ボーイフレンドの登場がうれしくないのだろうか。
いや、そもそもこのふたり、本当につきあってるといえるのか。
そんなことに頭をめぐらせてヒバナが返答に窮していると、
「ちょうどよかった。見せたいものがあるんだ」
なんだかうきうきした口調で貢がいい、ヒバナの隣に無理矢理尻をねじこんできた。
TPOを考えないというか、空気を読まないというか、相変らずの傍若無人ぶりである。
膝の上に置いたタブレットを起動させると、
「超常研としては、ちょっとほっとけないネタなんだ。玉子の話にも関連がありそうだしな」
と、そんな気になることを口にした。
「玉ちゃんの話?」
ヒバナは訊いた。
「あの、でっかいイカをゴジラが食べたとかいう?」
「そうそう。ま、ゴジラは置いとくとして、おそらく海底にクトゥルーの眷属が潜んでるんじゃないかって、あの話だ。だってこれ、玉子の島だろ?」
画面にはニュース動画らしきものが映っていた。
浜辺になにやらたくさんの人が集まっている。
なるほど、その下に、御門(みかど)島、とテロップが出ていた。
「何してるところなの?」
もう一度、ヒバナがたずねたときである。
「あ」
いつのまにやら、横から液晶画面を覗き込んでいたお通夜が、驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
ヒバナは思わずお通夜の横顔に目をやった。
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