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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!

#39 消失!

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 玉子は人気のない浜辺に立っていた。
 ここなら、変身したヒバナたちが降り立っても、人目につかないだろうと判断したからだった。

 1時間ほど待っただろうか。
 やがて、暮れかけた空に、2つの動く点が現れた。
 極彩色の羽毛で覆われた翼が朱雀の化身、緋美子。
 青光りする皮の翼が青竜の化身、ヒバナである。
 ふたりが地上に降りるか降りないかのうちに、玉子は駆け出していた。
「急いで! 桜子はたぶん教団の施設の中だ」
 ヒバナの首にしがみつくと、息せき切って、いった。
「でもまたどうして彼女が?」
 ゆっくりとはばたいて宙に浮きながら、緋美子がたずねる。
「わかんない。うちに対する嫌がらせかも」
 玉子は珍しく蒼白になっていた。
 ただでさえ細い目が、怒りと焦りで鋭角に釣りあがってしまっている。
「まあ、あの子だったらやりそうだよね。絶対根に持つタイプだし」
 玉子を背中に乗せて、ヒバナがいう。
「とにかく、急ごうよ」
 緋美子が先に立って、空に舞い上がる。
 玉子を背負ったヒバナが、助走をつけて後を追う。
 玉子が"乗り物”にヒバナを選んだのには、理由がある。
 仮にヒバナと玉子がナミの精神攻撃に見舞われたとしても、緋美子ひとりが自由の身であれば、何とでもなると思ったからだ。
 緋美子にはナミのマインドコントロールは効かないし、しかも朱雀だけに空中ではヒバナより小回りが利き、速い。
 たとえナミに操られた玉子が魔法攻撃を仕掛けたとしても、ひとりなら難なくかわすことができるに違いない。
 いざとなれば、単身、施設に突入することも可能なのだ。
 
 教団のプライベートビーチを囲む障壁を越えると、すでにダゴンの死体はなくなっていた。
 研究のために水族館に運ばれたのか、あるいは政府が秘密裏に回収したのか、そこまではわからない。
「あれ?」
 教団施設に近づくと、ヒバナが声を上げた。
「なんか暗いよ。明かりがついてない」
 ヒバナの肩先から身を乗り出してみると、確かにそうだった。
 日が落ちかけているというのに、宇宙船を連想させる建物の窓は、どれも暗いままなのだ。
 しかも、この前ヒバナがプラズマボールでぶち破った窓は、まだ穴が開いたままの状態である。
「罠かもしれない。気をつけて」
 スピードを落として、横に並んできた緋美子がいった。

 窓に開いた穴から、内部に侵入した。
 バーのカウンターと望遠鏡があるだけの、殺風景な部屋である。
 前はここに双子の兄、ナギがいたものだが、今は誰の姿もない。
「この様子だと、海底の通路の修復も済んでないでしょうから、ナミたちは地上部にいるはずよ」
 ヒバナがいって、周囲に視線を走らせる。
 隣にもうひとつ小部屋があったが、ベッドが置いてあるだけだった。
 非常階段を見つけ、階下に降りる。
 円形の通路に沿って、いくつもドアが並んでいる。
 ここはどうやら信者たちの居住区のようだった。
 部屋はどれも生活の跡があり、まだかすかに人のぬくもりが残っていた。
 一番奥は薄暗い大きな部屋で、なんだか嫌な臭いが篭っていた。
 男の精液の臭いだった。
 もう1階下に下りると、そこは広々としたホールだった。
 階段状のステージ。
 天井に取り付けられた趣味の悪いシャンデリアとミラーボール。
 しかし、ここも照明が消え、ほとんど闇に近い状態だ。
「くそ、桜子をどこにやった?」
 玉子が歯軋りしたときだった。
「あ、あれ」
 ヒバナがステージのほうを指差した。
 ステージのバックは壁一面が巨大なスクリーンになっている。
 そこが、ぼんやりと明るくなり始めたのだ。
「な、何だ?」
 玉子はうめいた。
 ぼんやりとした映像が次第にはっきりしてくると、それがベットに寝かされた若い女だとわかった。
 そばかすの目立つ、年の割にあどけない顔。
 イルカのマークの刺繍の入ったジャンプスーツ。
 桜子だ。
 ビニールの手袋を嵌めた手が映った。
 片手にメスを握っている。
 もう一組の手が、桜子のジャンプスーツのファスナーを下ろした。
 桜子は目を閉じたまま動かない。
 されるがままになっている。
「何するつもりなんだ? そこはどこだ?」
 玉子がわめいた。
 画面の中で、桜子は服を脱がされ、下着も取られ、やがて全裸になった。
 上から強い照明が当たっているのか、身体の細部は白々と光ってよく見えない。
 向い側から伸びた手が、左の乳房の下あたりをガーゼで拭いている。
 手前側のメスを握った手が、大写しになった。
 刃が、柔らかそうな皮膚に食い込んだ。
 赤い血がにじむ。
 慣れた手つきだった。
 少しもためらうことなく、メスを操る手は、桜子の皮膚を切り取っていく。
 向い側から伸びた手が、鉗子で切り開いた皮膚と脂肪を固定する。
 そこに開いた穴に、更に深くメスが切り込んでいく。
 脂肪と筋肉の層を切開くと、白々とした肋骨が現れた。
 それをペンチのような器具で切断して、その下の皮膜を取り除く。
 
 現れたのは、心臓だった。
 規則正しく、脈動を繰り返している。
「や、やめろ」
 玉子はうなった。
 ヒバナと緋美子も息を呑んだまま、微動だにしない。
 両手が差し込まれ、心臓をつかんだ。
 そのまま、身体の外に引っ張り出す。
 カメラの前に掲げて見せた。
 どくん、どくんと蠢く臓器の背後に、血の気を失い、目を閉じた桜子の横顔が見えた。
 カメラが引き、ベッドの回りが映った。
 向い側に立っているのは、麗奈だった。
 豊満なボディに、手術着をまとっている。
 
「こんなものでどう? ナミ」
 カメラが横に動くと、壁にもたれているナミが映った。
 ということは、手術を行なったのがシン、撮影しているのがナギということなのだろう。
「OK。じゃ、それを、生きてるうちにプリンターに」
 ナミがいい、正面からカメラに目を向けた。
 にっと唇の端だけを吊り上げて、冷酷な微笑を口許に浮べた。
「玉子、遅いよ。おまえがのろまなせいで、大切な友だち、死んじゃったよ。あ、それからヒバナ、あんたも手遅れね。ルルイエがもうすぐ浮上する。覚悟してなさい」

「いやあ!」
 玉子が泣き出した。

 それは、彼女が今の姿に転生してから、初めて流す涙だった。
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