190 / 249
第6章 アンアン魔界行
#93 アンアンとアンダーバベルの恐怖⑦
しおりを挟む
そこは幅も高さも5メートルほどのチューブ状のトンネルで、壁も床も天井も、すべて白い氷でできていた。
全体像から推測したところ、円筒状に逆巻く波を凍りつかせてつくった洞窟のようだった。
周りは全部氷の結晶だから、冷凍庫の中を歩くように、超寒い。
僕と一ノ瀬が青くなってガタガタ震えているのとは対照的に、元気いっぱいなのは、玉だった。
「ねえねえ、タキシード仮面さまは、どうしてそんなに親切なんですかあ? 見ず知らずの玉たちを、そのクトゥルフさんとやらのおうちに案内してくださるなんて。それはやっぱり、玉がちびうさに似てるからですかあ? なんだかちょっと、赤ずきんちゃんに出てくる、狼が化けたおばあさんみたいですけど、まさか向こうについたら取って食べようなんて思ってないですよね?」
スキップしながらナイアルラトホテップの後をついて歩き、相変わらずあらぬ妄想に浸っている。
でも、玉の最後の台詞には一理あった。
物事がこんなにサクサク進むなんて、ふつうありえない。
邪神には、何か魂胆があるに違いないのだ。
「えーっとですね、まず私は、そのタキシード仮面とやらではありません。こう見えても、旧支配者のひとり、邪神ナイアルラトホテップなのです。それから、あなたたちを取って食おうなどと、そんな失礼なことは露ほども考えておりません。私はただ、少しでも旅のお手伝いをしてさしあげようと…。何しろ、昨今の地獄界のやつらの狼藉ぶりは、目に余るようですからね。ここはアンアンさまと阿修羅さまに、一発ガツンとこらしめていただかないと。もっとも、やつらも、さすがにここ、アンダーバベルは支配に値しないと踏んだのか、素通りして上へ上へと魔手を伸ばしているらしいのですがね」
「どうしてだ? なぜアンダーバベルは襲われない?」
油断なく周りを見回しながら、アンアンが訊く。
「ここはご覧の通り、すでに死の世界だからですよ。エントロピーは減少の一途をたどり、太陽の寿命ももう長くない」
「要は、アンダーバベルは、旧支配者たちを閉じ込めるための、永劫の地下牢みたいなものだっていうことだね」
寒そうに首をすくめながら、阿修羅が言う。
「ですな。私やダゴンみたいな一部の者を除き、ここの邪神たちはおおむね氷の中に封印されてしまっていますから。これからご覧いただくクトゥルフもしかり、ですよ」
やがて洞窟は尽き、開けた場所に出た。
「うは。どうなってんの?」
一ノ瀬が目を丸くした。
異様な眺めが広がっている。
石造りのおびただしい尖塔が、みんな中央部分に向かって傾き、その間を結ぶ空中回廊は、どれもメビウスの輪のようにねじれ、からまっているのだ。
まるでエッシャーのだまし絵の実写版である。
遠近法が完全に狂っているので、長い間見ていると気持ちが悪くなってくるほどだ。
「あそこです」
すり鉢状に先へ先へと落ち込んでいく地面の端に立って、ナイアルラトホテップが短く言った。
指で指し示しているのは、傾いた建物群がこぞって頭を向けている、真ん中の巨大な穴である。
「クトゥルフは、あの中です」
「ずいぶん深そうね」
阿修羅が疑い深そうにつぶやいた。
「いかにも罠でございといった感じだわ」
「そんな、阿修羅さま、滅相もない」
邪神がイケメン顔にハンサムな笑みを浮かべて苦笑した。
「いいでしょう。そこまでお疑いになるのなら、あなたたちがあの中に降りなくて済むよう、私が”彼”を地上に呼び出しましょう」
全体像から推測したところ、円筒状に逆巻く波を凍りつかせてつくった洞窟のようだった。
周りは全部氷の結晶だから、冷凍庫の中を歩くように、超寒い。
僕と一ノ瀬が青くなってガタガタ震えているのとは対照的に、元気いっぱいなのは、玉だった。
「ねえねえ、タキシード仮面さまは、どうしてそんなに親切なんですかあ? 見ず知らずの玉たちを、そのクトゥルフさんとやらのおうちに案内してくださるなんて。それはやっぱり、玉がちびうさに似てるからですかあ? なんだかちょっと、赤ずきんちゃんに出てくる、狼が化けたおばあさんみたいですけど、まさか向こうについたら取って食べようなんて思ってないですよね?」
スキップしながらナイアルラトホテップの後をついて歩き、相変わらずあらぬ妄想に浸っている。
でも、玉の最後の台詞には一理あった。
物事がこんなにサクサク進むなんて、ふつうありえない。
邪神には、何か魂胆があるに違いないのだ。
「えーっとですね、まず私は、そのタキシード仮面とやらではありません。こう見えても、旧支配者のひとり、邪神ナイアルラトホテップなのです。それから、あなたたちを取って食おうなどと、そんな失礼なことは露ほども考えておりません。私はただ、少しでも旅のお手伝いをしてさしあげようと…。何しろ、昨今の地獄界のやつらの狼藉ぶりは、目に余るようですからね。ここはアンアンさまと阿修羅さまに、一発ガツンとこらしめていただかないと。もっとも、やつらも、さすがにここ、アンダーバベルは支配に値しないと踏んだのか、素通りして上へ上へと魔手を伸ばしているらしいのですがね」
「どうしてだ? なぜアンダーバベルは襲われない?」
油断なく周りを見回しながら、アンアンが訊く。
「ここはご覧の通り、すでに死の世界だからですよ。エントロピーは減少の一途をたどり、太陽の寿命ももう長くない」
「要は、アンダーバベルは、旧支配者たちを閉じ込めるための、永劫の地下牢みたいなものだっていうことだね」
寒そうに首をすくめながら、阿修羅が言う。
「ですな。私やダゴンみたいな一部の者を除き、ここの邪神たちはおおむね氷の中に封印されてしまっていますから。これからご覧いただくクトゥルフもしかり、ですよ」
やがて洞窟は尽き、開けた場所に出た。
「うは。どうなってんの?」
一ノ瀬が目を丸くした。
異様な眺めが広がっている。
石造りのおびただしい尖塔が、みんな中央部分に向かって傾き、その間を結ぶ空中回廊は、どれもメビウスの輪のようにねじれ、からまっているのだ。
まるでエッシャーのだまし絵の実写版である。
遠近法が完全に狂っているので、長い間見ていると気持ちが悪くなってくるほどだ。
「あそこです」
すり鉢状に先へ先へと落ち込んでいく地面の端に立って、ナイアルラトホテップが短く言った。
指で指し示しているのは、傾いた建物群がこぞって頭を向けている、真ん中の巨大な穴である。
「クトゥルフは、あの中です」
「ずいぶん深そうね」
阿修羅が疑い深そうにつぶやいた。
「いかにも罠でございといった感じだわ」
「そんな、阿修羅さま、滅相もない」
邪神がイケメン顔にハンサムな笑みを浮かべて苦笑した。
「いいでしょう。そこまでお疑いになるのなら、あなたたちがあの中に降りなくて済むよう、私が”彼”を地上に呼び出しましょう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる