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第6章 アンアン魔界行
#110 アンアン、地獄をめくる④
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「血の池地獄ってのは、人間界の温泉地の名前だよ。実際の地獄界にあるのは、八大地獄といってね、有名なのは、焦熱地獄とか、無間地獄かな。だから、ここはまだ地獄じゃないの。ほら、臨死体験者がよく見る川があるでしょ? あの三途の川が、この赤い流れというわけよ」
弁舌さわやかに解説したのは、いわずと知れた阿修羅である。
そういえば、地獄では、閻魔大王の裁きいかんで送られる畜生道とか阿修羅道とかもあるそうだから、僕らのなかでは彼女が一番この世界に詳しいに違いない。
「そうでしたかあ。これが三途の川ですかあ。なんだか、予想してたより、ずっと広いですね。まるで中国の長江みたいですう」
感心したように玉が言い、丸眼鏡の奥でつぶらな瞳をぱちぱちさせる。
「そういえば、最初にアンアンを追ってきたカロンって、キリスト教では三途の川の渡し守だったんじゃなかったっけ? てことは、あいつもこの地獄界の出身だったってわけ?」
ふと思いついて僕が言うと、
「カロンは本来魔族だから、住んでるのはアッパーバベルなんだけど、職場はここっていうわけね。鬼族の船頭が足りないから、派遣社員として仕方なく雇われてたって感じじゃない?」
阿修羅の解説は、ある意味、すごくわかりやすい。
「地獄には色々な解釈がありますからね。たとえば、ダンテの『神曲』に出てくる地獄は、仏教の地獄観とはいささか異なっています」
学のあるところを見せたいのか、難しい顔をしてナイアルラトホテップが脇から口をはさむ。
「それはそうだが、実際にここを統べているのは鬼族なんだから、やはり仏教の地獄が一番近いんじゃないかな」
現実主義者のアンアンの言葉で、この話題は打ち切りとなった。
えんえんと続く三途の川を、轟天号はゆうゆうと進んでいく。
もともと水陸地と行けるタイプらしく、両翼を広げて舵代わりに使っている。
この調子じゃ、ひょっとして、空だって飛べるのかもしれない。
そうなったらこの轟天号、もはや万能戦艦だ。
2時間ほど航行して、その轟天号がたどり着いたのは、巨大なすり鉢の縁だった。
「この下が本物の地獄だね」
スクリーンに映る異様な光景を眺めながら、阿修羅が言った。
「下層に行くほど罪が重くなり、罰も厳しくなっていく。地獄って、そういう仕組みになってるの」
「すり鉢世界ですか。なるほど、その点はダンテの『神曲』と同じですな」
ナイアルラトホテップは、あくまで西洋の文学観にこだわりたいらしい。
「ここからは徒歩で行ったほうがいいだろうな。この戦艦で突っ込むのは、いくらなんでも眼を引きすぎる」
「でえーっ、マジですか?」
ひさしぶりに声を上げたのは、今までずっとうたた寝していた一ノ瀬である。
「そんな無謀な。このまま轟天号で突撃しちゃおうよ。そんでもって、ちゃちゃっと用事を片付けて、とっとと人間界に帰ろうよ。夏休みもあと何日もないんだしさあ、俺っち、宿題もほとんど手つかずだし」
「そんなことをして、もしラスに何かあったらどうするんだ? おまえの宿題なんか、知ったことか。あたしも阿修羅もそんなものは、夏休み初日に終わらせてある」
アンアンの身もふたもない突っ込みに、あえなくシュンとなる一ノ瀬。
こればっかりは、人間?としての器が違いすぎるのだから、まあ、仕方がない。
もちろん、僕はと言えば、アンアンのを写させてもらったから、すでにその件はクリア済みである。
「アンアンの言う通りだね。ラスの命も心配だけど、それより下手に刺激して、地獄界の猛反撃を受けたらいくら轟天号でもヤバいもの。ここは、罪人に紛れて第8層から順に降下していくのが無難かな。普通はその前に、閻魔大王の謁見があるんだけどね」
「その閻魔とやらは、どこにいる?」
アンアンの問いに、阿修羅がむき出しの腕を伸ばして、スクリーンの一角を指さした。
「ほら、あそこに赤いお城が見えるでしょ。あれが罪人の行く先を決める閻魔城。もちろん、わたしたちは罪人じゃないから、そんなの無視しちゃえばいいんだけどさ」
なるほど、目を凝らしてみると、空一面の夕焼けの赤の下、首里城そっくりの建造物が見える。
罪人の列が見当たらないのは、三途の川の渡し守、カロンがアンアンにやられてただいま休業中だからだろう。
「そうと決まったら、長居は無用だ」
アンアンがシートベルトを外して立ち上がる。
「轟天号は、光学迷彩を施してここに隠しておくわね。いつでも呼び寄せられるから、心配は要らないわ」
同じく、ベルトを外しながらうなずく阿修羅。
「やだよぉ、今度は地獄めぐりかよぉ」
泣き顔の一ノ瀬に、とどめを刺すように玉が言った。
「一ノ瀬君って、なんだか罪人と間違えられて、いきなり拷問されちゃいそう。だって、いかにもそれっぽいオーラ全開ですもの」
弁舌さわやかに解説したのは、いわずと知れた阿修羅である。
そういえば、地獄では、閻魔大王の裁きいかんで送られる畜生道とか阿修羅道とかもあるそうだから、僕らのなかでは彼女が一番この世界に詳しいに違いない。
「そうでしたかあ。これが三途の川ですかあ。なんだか、予想してたより、ずっと広いですね。まるで中国の長江みたいですう」
感心したように玉が言い、丸眼鏡の奥でつぶらな瞳をぱちぱちさせる。
「そういえば、最初にアンアンを追ってきたカロンって、キリスト教では三途の川の渡し守だったんじゃなかったっけ? てことは、あいつもこの地獄界の出身だったってわけ?」
ふと思いついて僕が言うと、
「カロンは本来魔族だから、住んでるのはアッパーバベルなんだけど、職場はここっていうわけね。鬼族の船頭が足りないから、派遣社員として仕方なく雇われてたって感じじゃない?」
阿修羅の解説は、ある意味、すごくわかりやすい。
「地獄には色々な解釈がありますからね。たとえば、ダンテの『神曲』に出てくる地獄は、仏教の地獄観とはいささか異なっています」
学のあるところを見せたいのか、難しい顔をしてナイアルラトホテップが脇から口をはさむ。
「それはそうだが、実際にここを統べているのは鬼族なんだから、やはり仏教の地獄が一番近いんじゃないかな」
現実主義者のアンアンの言葉で、この話題は打ち切りとなった。
えんえんと続く三途の川を、轟天号はゆうゆうと進んでいく。
もともと水陸地と行けるタイプらしく、両翼を広げて舵代わりに使っている。
この調子じゃ、ひょっとして、空だって飛べるのかもしれない。
そうなったらこの轟天号、もはや万能戦艦だ。
2時間ほど航行して、その轟天号がたどり着いたのは、巨大なすり鉢の縁だった。
「この下が本物の地獄だね」
スクリーンに映る異様な光景を眺めながら、阿修羅が言った。
「下層に行くほど罪が重くなり、罰も厳しくなっていく。地獄って、そういう仕組みになってるの」
「すり鉢世界ですか。なるほど、その点はダンテの『神曲』と同じですな」
ナイアルラトホテップは、あくまで西洋の文学観にこだわりたいらしい。
「ここからは徒歩で行ったほうがいいだろうな。この戦艦で突っ込むのは、いくらなんでも眼を引きすぎる」
「でえーっ、マジですか?」
ひさしぶりに声を上げたのは、今までずっとうたた寝していた一ノ瀬である。
「そんな無謀な。このまま轟天号で突撃しちゃおうよ。そんでもって、ちゃちゃっと用事を片付けて、とっとと人間界に帰ろうよ。夏休みもあと何日もないんだしさあ、俺っち、宿題もほとんど手つかずだし」
「そんなことをして、もしラスに何かあったらどうするんだ? おまえの宿題なんか、知ったことか。あたしも阿修羅もそんなものは、夏休み初日に終わらせてある」
アンアンの身もふたもない突っ込みに、あえなくシュンとなる一ノ瀬。
こればっかりは、人間?としての器が違いすぎるのだから、まあ、仕方がない。
もちろん、僕はと言えば、アンアンのを写させてもらったから、すでにその件はクリア済みである。
「アンアンの言う通りだね。ラスの命も心配だけど、それより下手に刺激して、地獄界の猛反撃を受けたらいくら轟天号でもヤバいもの。ここは、罪人に紛れて第8層から順に降下していくのが無難かな。普通はその前に、閻魔大王の謁見があるんだけどね」
「その閻魔とやらは、どこにいる?」
アンアンの問いに、阿修羅がむき出しの腕を伸ばして、スクリーンの一角を指さした。
「ほら、あそこに赤いお城が見えるでしょ。あれが罪人の行く先を決める閻魔城。もちろん、わたしたちは罪人じゃないから、そんなの無視しちゃえばいいんだけどさ」
なるほど、目を凝らしてみると、空一面の夕焼けの赤の下、首里城そっくりの建造物が見える。
罪人の列が見当たらないのは、三途の川の渡し守、カロンがアンアンにやられてただいま休業中だからだろう。
「そうと決まったら、長居は無用だ」
アンアンがシートベルトを外して立ち上がる。
「轟天号は、光学迷彩を施してここに隠しておくわね。いつでも呼び寄せられるから、心配は要らないわ」
同じく、ベルトを外しながらうなずく阿修羅。
「やだよぉ、今度は地獄めぐりかよぉ」
泣き顔の一ノ瀬に、とどめを刺すように玉が言った。
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