夜通しアンアン

戸影絵麻

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第4章 海底原人

#7 アンアンと水族館

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「で、出た! 怪獣だあ!」
 受付を抜け、1階ロビーに出るなり、一ノ瀬が天井を指さして奇声を発した。
 なるほど、1階の天井から、巨大な骨格標本みたいなものが、ワイヤーで吊り下げられている。
 全長10メートルは優にありそうだ。
 頭からしっぽの先まで、さっき乗ってきた地下鉄2両分ぐらいの長さがある。
「怪獣じゃありません。これはシロナガスクジラです」
 バカな生徒を諭す女教師みたいな口調でたしなめたのは、背中に大きな楽器ケースを背負った玉井玉である。
 今時珍しく、スマホではなくメモ帳を持っている。
「シロナガスクジラは、地球上に現存する生物の中で最大なのです。決して怪獣なんかじゃありません」
 ボッチで引きこもりという割には、自信に満ちた口ぶりだ。
「魔界にはもっと大きいのがいくらでもいるがな」
 アンアンがしれっとそんなことをつぶやき、先に立って歩いていく。
 そりゃそうだ。
 アンアン自身、その気になればビルより大きくなれるのだから。
 1階は円形の通路でできていて、内側が細かく仕切られた”北極海の生物”、”深海の生物”などのコーナー。
 外側の壁が、ひと続きの大水槽になっている。
 大水槽は”太平洋の海~黒潮に乗って~”というタイトル通り、マグロやらカツオやらの大型の魚や、イワシなどの群れが本物の海の中みたいに悠々と泳いでいる。
「魚が消えるっていうのは、ここらしい」
 コンコンと大水槽のガラスを指で叩いて、僕は言った。
「見てる前で、イトマキエイやマグロが、何かに食べられたみたいに消えたっていうんだけど」
 披露したのは、ツイッターからの引用である。
 ほかにも、魚の群れの陰に得体の知れない生き物が泳いでいるのが見えた、というのもあった。
「この中にダゴンが…?」
 阿修羅が立ち止まる。
 気のせいか、横顔が険しくなっている。
 ライバルの気配を探ろうと、耳をそばだてているような感じ、とでも言ったらいいだろうか。
 その時、僕らより数メートル先を歩いていたアンアンが、驚いたような声を上げた。
「おい。ここに変なものがいる。これ、絶対魔界の生き物だろ?」
 アンアンがのぞき込んでいるのは、”深海の生物”コーナーだ。
「ダゴンなの?」
 阿修羅がキッと振り向いた。
「いや、なんだかよくわからない。だが、かなりきもい」
「ダゴン? なんですかそれ。この子はそんなんじゃありませんよ」
 この発言は、予想通り玉のものだ。
 おそるおそるそばに寄ってみると、ガラスの向こうは薄暗く、底のほうに灰白色の生き物がじっとうずくまっていた。
 子犬ほどの大きさもある、でかいダンゴムシである。
 こっちを向いた顔が、よく見るとゴーグルをかけた宇宙人みたいで、かなりこわい。
「これは、ダイオウグソクムシです」
 自分のペットを自慢するように、玉が言った。
「もう4年間も餌を食べていないことで、ギネスにも載ってるんですよ」
「4年だと? 信じられない。なんて我慢強いやつだ」
 アンアンが素直に感心する。
「でも。名前が汚い。オオグソムシというのは、いくらなんでもひどいだろう」
「オオグソムシじゃありません。グソクムシです」
「なんだ、そのグソクって?」
「具足というのは、昔の男性の履物の一種です。ほら、この子、ぱっと見わらじみたいに見えるでしょ? それで」
 なるほど。
 ニュースでやってたから、名前は聞いたことあるけれど、そういうことだったのか。
 漢字で書けば、『大王具足虫』となるわけだ。
「玉は変なこと、よく知ってるな」
 アンアンはこの眼鏡娘に興味を持ったようだ。
「それにしても、背中のそれは何だ? これから吹奏楽部の練習でもあるのか」
 玉の背中の楽器ケースを見て、訊いた。
「これはこの子のアイデンティティーの源なの」
 横から口をはさんできたのは、阿修羅である。
「部活がなくてもね、これを背負ってないと寂しくて死んじゃうんだよ。ね、玉」
「は、はい。そのようなものです」
 そんな要領を得ない会話の最中である。
 またしても、一ノ瀬が割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと、み、みんな、あっちに、ヤバそうなやつがいる。ひょっとして、あいつが犯人かも…」

 
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