71 / 249
第4章 海底原人
#7 アンアンと水族館
しおりを挟む
「で、出た! 怪獣だあ!」
受付を抜け、1階ロビーに出るなり、一ノ瀬が天井を指さして奇声を発した。
なるほど、1階の天井から、巨大な骨格標本みたいなものが、ワイヤーで吊り下げられている。
全長10メートルは優にありそうだ。
頭からしっぽの先まで、さっき乗ってきた地下鉄2両分ぐらいの長さがある。
「怪獣じゃありません。これはシロナガスクジラです」
バカな生徒を諭す女教師みたいな口調でたしなめたのは、背中に大きな楽器ケースを背負った玉井玉である。
今時珍しく、スマホではなくメモ帳を持っている。
「シロナガスクジラは、地球上に現存する生物の中で最大なのです。決して怪獣なんかじゃありません」
ボッチで引きこもりという割には、自信に満ちた口ぶりだ。
「魔界にはもっと大きいのがいくらでもいるがな」
アンアンがしれっとそんなことをつぶやき、先に立って歩いていく。
そりゃそうだ。
アンアン自身、その気になればビルより大きくなれるのだから。
1階は円形の通路でできていて、内側が細かく仕切られた”北極海の生物”、”深海の生物”などのコーナー。
外側の壁が、ひと続きの大水槽になっている。
大水槽は”太平洋の海~黒潮に乗って~”というタイトル通り、マグロやらカツオやらの大型の魚や、イワシなどの群れが本物の海の中みたいに悠々と泳いでいる。
「魚が消えるっていうのは、ここらしい」
コンコンと大水槽のガラスを指で叩いて、僕は言った。
「見てる前で、イトマキエイやマグロが、何かに食べられたみたいに消えたっていうんだけど」
披露したのは、ツイッターからの引用である。
ほかにも、魚の群れの陰に得体の知れない生き物が泳いでいるのが見えた、というのもあった。
「この中にダゴンが…?」
阿修羅が立ち止まる。
気のせいか、横顔が険しくなっている。
ライバルの気配を探ろうと、耳をそばだてているような感じ、とでも言ったらいいだろうか。
その時、僕らより数メートル先を歩いていたアンアンが、驚いたような声を上げた。
「おい。ここに変なものがいる。これ、絶対魔界の生き物だろ?」
アンアンがのぞき込んでいるのは、”深海の生物”コーナーだ。
「ダゴンなの?」
阿修羅がキッと振り向いた。
「いや、なんだかよくわからない。だが、かなりきもい」
「ダゴン? なんですかそれ。この子はそんなんじゃありませんよ」
この発言は、予想通り玉のものだ。
おそるおそるそばに寄ってみると、ガラスの向こうは薄暗く、底のほうに灰白色の生き物がじっとうずくまっていた。
子犬ほどの大きさもある、でかいダンゴムシである。
こっちを向いた顔が、よく見るとゴーグルをかけた宇宙人みたいで、かなりこわい。
「これは、ダイオウグソクムシです」
自分のペットを自慢するように、玉が言った。
「もう4年間も餌を食べていないことで、ギネスにも載ってるんですよ」
「4年だと? 信じられない。なんて我慢強いやつだ」
アンアンが素直に感心する。
「でも。名前が汚い。オオグソムシというのは、いくらなんでもひどいだろう」
「オオグソムシじゃありません。グソクムシです」
「なんだ、そのグソクって?」
「具足というのは、昔の男性の履物の一種です。ほら、この子、ぱっと見わらじみたいに見えるでしょ? それで」
なるほど。
ニュースでやってたから、名前は聞いたことあるけれど、そういうことだったのか。
漢字で書けば、『大王具足虫』となるわけだ。
「玉は変なこと、よく知ってるな」
アンアンはこの眼鏡娘に興味を持ったようだ。
「それにしても、背中のそれは何だ? これから吹奏楽部の練習でもあるのか」
玉の背中の楽器ケースを見て、訊いた。
「これはこの子のアイデンティティーの源なの」
横から口をはさんできたのは、阿修羅である。
「部活がなくてもね、これを背負ってないと寂しくて死んじゃうんだよ。ね、玉」
「は、はい。そのようなものです」
そんな要領を得ない会話の最中である。
またしても、一ノ瀬が割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと、み、みんな、あっちに、ヤバそうなやつがいる。ひょっとして、あいつが犯人かも…」
受付を抜け、1階ロビーに出るなり、一ノ瀬が天井を指さして奇声を発した。
なるほど、1階の天井から、巨大な骨格標本みたいなものが、ワイヤーで吊り下げられている。
全長10メートルは優にありそうだ。
頭からしっぽの先まで、さっき乗ってきた地下鉄2両分ぐらいの長さがある。
「怪獣じゃありません。これはシロナガスクジラです」
バカな生徒を諭す女教師みたいな口調でたしなめたのは、背中に大きな楽器ケースを背負った玉井玉である。
今時珍しく、スマホではなくメモ帳を持っている。
「シロナガスクジラは、地球上に現存する生物の中で最大なのです。決して怪獣なんかじゃありません」
ボッチで引きこもりという割には、自信に満ちた口ぶりだ。
「魔界にはもっと大きいのがいくらでもいるがな」
アンアンがしれっとそんなことをつぶやき、先に立って歩いていく。
そりゃそうだ。
アンアン自身、その気になればビルより大きくなれるのだから。
1階は円形の通路でできていて、内側が細かく仕切られた”北極海の生物”、”深海の生物”などのコーナー。
外側の壁が、ひと続きの大水槽になっている。
大水槽は”太平洋の海~黒潮に乗って~”というタイトル通り、マグロやらカツオやらの大型の魚や、イワシなどの群れが本物の海の中みたいに悠々と泳いでいる。
「魚が消えるっていうのは、ここらしい」
コンコンと大水槽のガラスを指で叩いて、僕は言った。
「見てる前で、イトマキエイやマグロが、何かに食べられたみたいに消えたっていうんだけど」
披露したのは、ツイッターからの引用である。
ほかにも、魚の群れの陰に得体の知れない生き物が泳いでいるのが見えた、というのもあった。
「この中にダゴンが…?」
阿修羅が立ち止まる。
気のせいか、横顔が険しくなっている。
ライバルの気配を探ろうと、耳をそばだてているような感じ、とでも言ったらいいだろうか。
その時、僕らより数メートル先を歩いていたアンアンが、驚いたような声を上げた。
「おい。ここに変なものがいる。これ、絶対魔界の生き物だろ?」
アンアンがのぞき込んでいるのは、”深海の生物”コーナーだ。
「ダゴンなの?」
阿修羅がキッと振り向いた。
「いや、なんだかよくわからない。だが、かなりきもい」
「ダゴン? なんですかそれ。この子はそんなんじゃありませんよ」
この発言は、予想通り玉のものだ。
おそるおそるそばに寄ってみると、ガラスの向こうは薄暗く、底のほうに灰白色の生き物がじっとうずくまっていた。
子犬ほどの大きさもある、でかいダンゴムシである。
こっちを向いた顔が、よく見るとゴーグルをかけた宇宙人みたいで、かなりこわい。
「これは、ダイオウグソクムシです」
自分のペットを自慢するように、玉が言った。
「もう4年間も餌を食べていないことで、ギネスにも載ってるんですよ」
「4年だと? 信じられない。なんて我慢強いやつだ」
アンアンが素直に感心する。
「でも。名前が汚い。オオグソムシというのは、いくらなんでもひどいだろう」
「オオグソムシじゃありません。グソクムシです」
「なんだ、そのグソクって?」
「具足というのは、昔の男性の履物の一種です。ほら、この子、ぱっと見わらじみたいに見えるでしょ? それで」
なるほど。
ニュースでやってたから、名前は聞いたことあるけれど、そういうことだったのか。
漢字で書けば、『大王具足虫』となるわけだ。
「玉は変なこと、よく知ってるな」
アンアンはこの眼鏡娘に興味を持ったようだ。
「それにしても、背中のそれは何だ? これから吹奏楽部の練習でもあるのか」
玉の背中の楽器ケースを見て、訊いた。
「これはこの子のアイデンティティーの源なの」
横から口をはさんできたのは、阿修羅である。
「部活がなくてもね、これを背負ってないと寂しくて死んじゃうんだよ。ね、玉」
「は、はい。そのようなものです」
そんな要領を得ない会話の最中である。
またしても、一ノ瀬が割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと、み、みんな、あっちに、ヤバそうなやつがいる。ひょっとして、あいつが犯人かも…」
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる