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第4章 海底原人
#9 アンアンとイルカショー
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「どうする? 追っかける?」
巨大水槽を見上げながら、阿修羅が言った。
「上の階に行けば、この中に入るのも無理ではないと思うけど」
たぶん、そうなのだろう、と僕は思った。
このパノラマ水槽がたとえどんなに大きくとも、飼育員が中に入る開口部が上のほうにあるはずなのだ。
が、なぜかアンアンは乗ってこなかった。
立ち上がって太腿についた埃を手のひらで払い落とすと、
「いや、やめとこう。これからは客が増えてくる時間帯だろう。魚たちと一緒に見世物になるなんて、考えただけでもぞっとする」
アンアンの言うことにも一理ある。
あのボンテージふう紐水着を着たアンアンが、水槽の中をマグロやカツオと一緒に遊泳する図。
それを想像して、僕はひそかに鼻血を出した。
そんなことをすれば、それこそわいせつ物陳列罪で警察が出動するだろう。
「じゃ、どうする気?」
「ひとまず展望レストランで少し早めの昼食というのはどうだ? その後、例の屋外プールに直行する。ダゴンにその気があれば、きっとプールのほうまで追いかけてくるはずだ」
「まあ、さっきあの半魚人、まだ準備中だとか言ってたしね。それもいいかも」
阿修羅がかわい子ぶって肩をすくめてみせた。
「実はあたしさ、新しい水着買っちゃったんで、早くそれ着たくてしかたないんだ」
「なに? おまえもか」
アンアンと阿修羅の間で、つかの間視線の火花が飛んだ。
その時である。
「だめですだめですだめですよぉ!」
手足をばたつかせて、玉が突然叫び始めた。
「水族館ときたら、まず絶対にイルカショーですよ! しかもこの名古屋港水族館では、なんとあのオルカショーもやってるんです! それを見ないでプールに直行だなんて、玉、絶対に許しません!」
自分と同じ背丈の楽器ケースに押しつぶされそうになりながら、玉は真っ赤になって怒っている。
まさかこの地味な娘が、ここまで水族館オタクだったとは。
「イルカショーか。いいんじゃない?」
事態の深刻さをかけらも理解していない一ノ瀬が、能天気に賛成した。
「でも、オルカって何なの? イルカの親分ってこと?」
「オルカというのはですね、みなさん、聞いて驚かないでくださいよ。実は海の王者、シャチのことなのです!」
玉が我がことのように、自慢げに平たい胸を張った。
「どうしてもっていうなら、まあ、いいけど」
アンアンが気のない素振りで、適当に返事をする。
「やったあ! じゃ、決まりですね!」
手を叩いてはしゃぐ玉。
「じゃ、私、ちょっとショーの時間、調べてきますね!」
駆けていく玉は、後ろから見ると楽器ケースに足が生えたようだった。
「阿修羅さあ、あいつ、何なの?」
玉の姿が見えなくなると、アンアンが呆れたように阿修羅にたずねた。
「よりによって、なんであれがゲストなわけ?」
へへへと曖昧に笑う阿修羅。
「ま、アンアンもそのうち思うって。玉を連れてきてよかったなって」
巨大水槽を見上げながら、阿修羅が言った。
「上の階に行けば、この中に入るのも無理ではないと思うけど」
たぶん、そうなのだろう、と僕は思った。
このパノラマ水槽がたとえどんなに大きくとも、飼育員が中に入る開口部が上のほうにあるはずなのだ。
が、なぜかアンアンは乗ってこなかった。
立ち上がって太腿についた埃を手のひらで払い落とすと、
「いや、やめとこう。これからは客が増えてくる時間帯だろう。魚たちと一緒に見世物になるなんて、考えただけでもぞっとする」
アンアンの言うことにも一理ある。
あのボンテージふう紐水着を着たアンアンが、水槽の中をマグロやカツオと一緒に遊泳する図。
それを想像して、僕はひそかに鼻血を出した。
そんなことをすれば、それこそわいせつ物陳列罪で警察が出動するだろう。
「じゃ、どうする気?」
「ひとまず展望レストランで少し早めの昼食というのはどうだ? その後、例の屋外プールに直行する。ダゴンにその気があれば、きっとプールのほうまで追いかけてくるはずだ」
「まあ、さっきあの半魚人、まだ準備中だとか言ってたしね。それもいいかも」
阿修羅がかわい子ぶって肩をすくめてみせた。
「実はあたしさ、新しい水着買っちゃったんで、早くそれ着たくてしかたないんだ」
「なに? おまえもか」
アンアンと阿修羅の間で、つかの間視線の火花が飛んだ。
その時である。
「だめですだめですだめですよぉ!」
手足をばたつかせて、玉が突然叫び始めた。
「水族館ときたら、まず絶対にイルカショーですよ! しかもこの名古屋港水族館では、なんとあのオルカショーもやってるんです! それを見ないでプールに直行だなんて、玉、絶対に許しません!」
自分と同じ背丈の楽器ケースに押しつぶされそうになりながら、玉は真っ赤になって怒っている。
まさかこの地味な娘が、ここまで水族館オタクだったとは。
「イルカショーか。いいんじゃない?」
事態の深刻さをかけらも理解していない一ノ瀬が、能天気に賛成した。
「でも、オルカって何なの? イルカの親分ってこと?」
「オルカというのはですね、みなさん、聞いて驚かないでくださいよ。実は海の王者、シャチのことなのです!」
玉が我がことのように、自慢げに平たい胸を張った。
「どうしてもっていうなら、まあ、いいけど」
アンアンが気のない素振りで、適当に返事をする。
「やったあ! じゃ、決まりですね!」
手を叩いてはしゃぐ玉。
「じゃ、私、ちょっとショーの時間、調べてきますね!」
駆けていく玉は、後ろから見ると楽器ケースに足が生えたようだった。
「阿修羅さあ、あいつ、何なの?」
玉の姿が見えなくなると、アンアンが呆れたように阿修羅にたずねた。
「よりによって、なんであれがゲストなわけ?」
へへへと曖昧に笑う阿修羅。
「ま、アンアンもそのうち思うって。玉を連れてきてよかったなって」
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