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第6章 アンアン魔界行
#18 アンアン、百鬼夜行⑨
「これは俺のおごりだ。たいしたものはねえが、量だけはたっぷりある。たらふく食ってきな」
店の主人が出してくれたのは、山盛りの肉料理と野菜。
日頃マックのハンバーガーばかり食している僕から見れば、素晴らしいごちそうだった。
「いつも悪いな、ガネーシャ。甘えついでに一応念を押しておくが、あたしがここに来たことはくれぐれも内密に頼む。客たちにも他言せぬよう、よく言い含めておいてもらえるとありがたい」
「あたぼうよ。俺も姫様と同じ、かつて王宮を追い出された身。同類を売るなんてこと、できるわけないだろ?」
ほかの客たちの相手を女将に任せて、僕らのテーブルにやってくると、象頭の主人が言った。
どうやらこの人、似ているだけでなく、本物のガネーシャのようである。
しかも、アンアンと昔からの知り合いみたいな口ぶりだ。
「あんたたち、知り合いなの?」
僕と同じ感想を抱いたらしく、骨付き肉にかぶりつきながら、阿修羅がたずねた。
「おお、そういうおまえさんは、ミドルバベルの跳ねっ返り娘、阿修羅王じゃねえか。少し見ないうちに、べっぴんになりおってからに」
象が小さな目を丸くして、まじまじと阿修羅の真っ黒に日焼けした顔を見た。
「まあね、これでも人間界では花の女子高生だからね」
ふふふんと笑ってみせる阿修羅。
「ガネーシャは、元は宮廷料理人だったのさ」
横からアンアンが口を出した。
「ところがある日、親父の昼飯につくったチャーハンに、親父の嫌いな刻みネギが入ってたんだ。それで親父が激怒して、宮殿を追放されたというわけさ」
「え? たったそれだけで?」
一ノ瀬が素っ頓狂な声を上げた。
「ずいぶん料簡の狭い王様だなぁ…。それに、ネギっておいしいのに」
「あれは今思うと、俺を蹴落とそうとする厨房内の誰かの策略だったようだ。第一、魔王様の嫌いなものを、料理長だった俺が厨房に置くわけがない」
「まあ、厨房と言えども、宮中にあるからには、権謀術数からは逃れられないからな。王族のむすめの言うセリフではないが、実際、あたしも、王宮のそんなところが嫌だった。なんだか、誰も信用できず、いつもぴりぴりしてて、息がつまりそうで。その点、今の生活は気楽でいい。しかし、ガネーシャがここに店を構えてから、もう5年も経つんだな。公務が忙しくて、年に一度くらいしか、顔を出せなかったが…。やっぱり、おまえの料理が一番だよ。素材のうまみを最大限引き出した、素朴なこの味。これからは、もっとたびたび食べにくることにしよう」
「そう言ってくれると、うれしいよ。逆境でこれまでなんとか頑張ってきた甲斐があったってもんだ」
しみじみと言うアンアンに、ガネーシャが目を細めてうなずいた。
「昔話はそれくらいにしようよ。そんなことより、さっきの話の続きは? 女将さんが言ってたじゃない。最近、地獄界の様子がおかしいって」
話題を元の軌道に戻したのは、阿修羅だった。
「ああ、そのことか。実は、昨年末に行われた魔界格闘技選手権で、前鬼・後鬼のカップルが優勝して以来、魔界の3つの階層のあちこちに、しきりに地獄界の者が出没するようになってな。やつら、長年最下層で虐げられてきた腹いせに、魔界転覆を企んでるんじゃないか。そんな噂が広まってるんだよ」
「魔界転覆だと? 首謀者は誰だ? 閻魔大王か?」
アンアンの柳眉がきりりと上がる。
「さあな、ずっと前に魔界から姿を消した大堕天使ルシフェルが絡んでいるという噂もある。閻魔みたいな小物には、魔界侵略は無理だろうからな」
「ルシフェル? 罪を許されて、天上に召し上げられたんじゃなかったのか?」
「どうかな。そのへんの事情は、しがない辺境の料理人にすぎない俺にはわからんよ。とにかく、はっきり言えるのは、この村にまで地獄界の影響が出始めてるってことだ。どれ、食事がひと段落したら、その証拠を見せてやるとしよう。まあ、見てもあんまり気持ちのいいものではないがな」
ガネーシャが、鼻を伸ばしたり丸めたりしながら、そんなことを言った。
話を聞いているうちに、僕はだんだん暗い気分になってきた。
単なる犬探しが、ずいぶんとスケールの大きな話にすり替わろうとしている。
そんな嫌な予感を覚えたからだった。
店の主人が出してくれたのは、山盛りの肉料理と野菜。
日頃マックのハンバーガーばかり食している僕から見れば、素晴らしいごちそうだった。
「いつも悪いな、ガネーシャ。甘えついでに一応念を押しておくが、あたしがここに来たことはくれぐれも内密に頼む。客たちにも他言せぬよう、よく言い含めておいてもらえるとありがたい」
「あたぼうよ。俺も姫様と同じ、かつて王宮を追い出された身。同類を売るなんてこと、できるわけないだろ?」
ほかの客たちの相手を女将に任せて、僕らのテーブルにやってくると、象頭の主人が言った。
どうやらこの人、似ているだけでなく、本物のガネーシャのようである。
しかも、アンアンと昔からの知り合いみたいな口ぶりだ。
「あんたたち、知り合いなの?」
僕と同じ感想を抱いたらしく、骨付き肉にかぶりつきながら、阿修羅がたずねた。
「おお、そういうおまえさんは、ミドルバベルの跳ねっ返り娘、阿修羅王じゃねえか。少し見ないうちに、べっぴんになりおってからに」
象が小さな目を丸くして、まじまじと阿修羅の真っ黒に日焼けした顔を見た。
「まあね、これでも人間界では花の女子高生だからね」
ふふふんと笑ってみせる阿修羅。
「ガネーシャは、元は宮廷料理人だったのさ」
横からアンアンが口を出した。
「ところがある日、親父の昼飯につくったチャーハンに、親父の嫌いな刻みネギが入ってたんだ。それで親父が激怒して、宮殿を追放されたというわけさ」
「え? たったそれだけで?」
一ノ瀬が素っ頓狂な声を上げた。
「ずいぶん料簡の狭い王様だなぁ…。それに、ネギっておいしいのに」
「あれは今思うと、俺を蹴落とそうとする厨房内の誰かの策略だったようだ。第一、魔王様の嫌いなものを、料理長だった俺が厨房に置くわけがない」
「まあ、厨房と言えども、宮中にあるからには、権謀術数からは逃れられないからな。王族のむすめの言うセリフではないが、実際、あたしも、王宮のそんなところが嫌だった。なんだか、誰も信用できず、いつもぴりぴりしてて、息がつまりそうで。その点、今の生活は気楽でいい。しかし、ガネーシャがここに店を構えてから、もう5年も経つんだな。公務が忙しくて、年に一度くらいしか、顔を出せなかったが…。やっぱり、おまえの料理が一番だよ。素材のうまみを最大限引き出した、素朴なこの味。これからは、もっとたびたび食べにくることにしよう」
「そう言ってくれると、うれしいよ。逆境でこれまでなんとか頑張ってきた甲斐があったってもんだ」
しみじみと言うアンアンに、ガネーシャが目を細めてうなずいた。
「昔話はそれくらいにしようよ。そんなことより、さっきの話の続きは? 女将さんが言ってたじゃない。最近、地獄界の様子がおかしいって」
話題を元の軌道に戻したのは、阿修羅だった。
「ああ、そのことか。実は、昨年末に行われた魔界格闘技選手権で、前鬼・後鬼のカップルが優勝して以来、魔界の3つの階層のあちこちに、しきりに地獄界の者が出没するようになってな。やつら、長年最下層で虐げられてきた腹いせに、魔界転覆を企んでるんじゃないか。そんな噂が広まってるんだよ」
「魔界転覆だと? 首謀者は誰だ? 閻魔大王か?」
アンアンの柳眉がきりりと上がる。
「さあな、ずっと前に魔界から姿を消した大堕天使ルシフェルが絡んでいるという噂もある。閻魔みたいな小物には、魔界侵略は無理だろうからな」
「ルシフェル? 罪を許されて、天上に召し上げられたんじゃなかったのか?」
「どうかな。そのへんの事情は、しがない辺境の料理人にすぎない俺にはわからんよ。とにかく、はっきり言えるのは、この村にまで地獄界の影響が出始めてるってことだ。どれ、食事がひと段落したら、その証拠を見せてやるとしよう。まあ、見てもあんまり気持ちのいいものではないがな」
ガネーシャが、鼻を伸ばしたり丸めたりしながら、そんなことを言った。
話を聞いているうちに、僕はだんだん暗い気分になってきた。
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そんな嫌な予感を覚えたからだった。
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