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第2章 謝肉祭

#5 甘美と狂気 ①

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 手を伸ばせば届くところに、杏里の乳房があった。
 こんなに美しいものを見るのは、生まれて初めてだ、と私は思った。
 電灯の光を浴びて輝く、こんもりと丸い肉の球がふたつ。
 バラ色の乳首はわずかに左右を向き、お互い顔を背けあっているかのようだ。
 杏里はどちらかというと小柄なほうである。
 身長155センチの私と、背丈はほとんど変わらない。
 そのせいか、胸から突き出す乳房は実際より大きく見える。
 細い首から続くなだらかな鎖骨のラインが胸のあたりで急傾斜に盛り上がって、綺麗な釣り鐘型の双丘を形作っているのだ。
「触っても、いいんだよ」
 両手を腰の後ろで組んだ姿勢で、杏里が言った。
 Tシャツを着ていないため、杏里は今やピンクの小さなパンティ一枚の裸同然格好をしている。
 なだらかな腹。
 発達した骨盤。
 艶めかしい太腿。
 それでいて細くて長い脚。
 シンメトリーに支配された芸術品のようなシルエット。
「ここはまだ、立花さんにも梶井君にも触れさせてないんだよ。よどみがそれで私を許してくれるなら、どうぞ、触ってくださいな」
 上体を反らし、少し胸を突き出すようにする杏里。
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
 その言い方にカチンときて、衝動的に私はまた杏里の頬をぶった。
「私に同情してるの? こんな顔だから? 馬鹿にしないでよ! いちいちあんたの許可なんかなくったってね、触りたくなったら私は勝手に触るんだよ。その気になったら、私、あんたをめちゃくちゃにすることだってできるんだからね!」
 口にしてしまってから、後悔した。
 興奮のあまり、つい本音が漏れたのだ。
 馬鹿は私だ。
 これでは杏里に警戒されてしまう。
 計画が水泡に帰したら、どうするつもりなのだ。
 私は不自然に口をつぐんだ。
 が、磁石に吸い寄せられるように、視線は杏里の乳房に釘づけになったままだ。
 つくづく思う。
 私ったら、何を強がっているのだろう。
 本当は触りたくてたまらないくせに。
 夢の中で蹂躙し尽した、喉から手が出るほどほしかったあの宝石。
 それが今、目と鼻の先にあるというのに。
 
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