激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#40 偶像崇拝

 この人が、沼正一・・・?
 私の人形を、つくった人?
 銀髪のラブドールの陰に隠れ、杏里はその肩越しにそっと男のほうを盗み見た。
 ヤチカの呼びかけを完全に無視して、男は杏里をじっと見つめている。
 白い作務衣のような服を来ていた。
 寿司屋の職人のような格好だ。
「あの、もう、服着てもいいですか?」
 いたたまれなくなって、杏里はヤチカに声をかけた。
 そのときだった。
「待ってくれ」
 突然、男が口を開いた。
 じゃがれた、低い声でそういうと、一歩、足を踏み出した。
 光線の加減で、男の顔が見えた。
 なるほど、ヤチカの指摘通り、兄の正二とは似ても似つかない、整った顔立ちをしている。
 年の頃は20代前半といったところだろうか。
 手足が長く、兄とは正反対に、ずいぶんとやせている。
 が、俗にいうイケメンとこの男を分かつのは、その"暗さ"だった。
 一見無表情に見えるその瞳の奥に、燠火のように暗い光が点るのを、杏里は見た。
「正一くん、あなた、しゃべれるの?」
 男の後ろで、ヤチカがびっくりしたようにいった。
 だが、相変わらず、男は答えない。
 杏里を凝視したまま、ゆっくりと歩いてくる。
「んもう、カーテンぐらい自分で閉めてよね」
 さすがに気分を害したらしく、ヤチカの声が尖った。
 そのヤチカがカーテンを閉めてくれたおかげで、部屋の中に薄闇が戻った。
 正一が、杏里の前に立った。
 ラブドールを盾に、杏里は身構えた。
 見られたのだ、と思った。
 私が人形と交わり、乱れに乱れるところを。
 もし、そうであるなら・・・。
 ある意味、自業自得だった。
 杏里は、14歳の少女である前に、タナトスなのだ。
 未成年の少女という"器"に封じ込められた、”エロス”の精。
 それが、杏里なのである。
 心に闇を抱いた者が杏里をいったん目にしたら、黙って通り過ぎることなどできはしない。
 それは彼等の罪ではなく、いわば杏里の”業”なのだ。
「何か、私に用ですか?」
 半ば諦念に心を支配されながら、杏里はたずねた。
 どうせ男は有無をいわせず私に襲いかかり、ねじふせ、犯そうとするだろう。
 そんなときは、抵抗しても無駄というものだ。
 下手な抵抗は事態を悪化させるだけだし、第一、私の身体はそのためにできているのだから。
 が、杏里の覚悟とは裏腹に、男はいつまで経っても行動を起こそうとしなかった。
 この人、何?
 どこか、おかしい?
 杏里がいい加減そんな不安を覚え始めた頃、ようやく男が口を開いた。
「見せてくれ。おまえの身体を」
「正一くん!」
 叫んで、前に飛び出そうとしたヤチカを手で押し留めると、
「何もしない。ただ見たいんだ」
 熱に浮かされたような口調で、正一がいった。 
 右目は長い前髪に隠れて見えない。
 が、残った左目には、何かに憑かれたような光が宿っている。
「この通りだ」
 その場に座り込み、胡坐をかくと、杏里に向かって深々とこうべを垂れる。
 どうしてその気になったのか、わからない。
 ふと我に返ると、杏里は全裸のまま、立ち上がっていた。
 前を隠していた手を背中に回すと、正一の目の前に全身を曝け出す。
「ああ・・・」
 正一が、杏里の裸身を見上げ、感じ入ったようにため息をついた。
「これが、おまえの身体なのか」
 胸の前で手を合わせ、拝むように杏里を仰ぎ見ている。
「予想以上だ・・・すばらしいよ」
 陶酔したような声で、つぶやいた。
 不思議なのは、その声にも表情にも、情欲がかけらも感じられない点だった。
 正一は奇妙なほど無邪気な顔をしていた。
 歓喜がその顔に広がっていく。
 純粋に喜んでいるのだ。
 まるで、欲しくてたまらなかった美しい蝶々を目の当たりにした、昆虫好きの少年のように・・・。

 それだけだった。
 10分ほども杏里の裸体を眺めていただろうか。
「すまない。邪魔した」
 いきなり立ち上がると、杏里とヤチカにお辞儀をして、正一はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「変人だとは思ってたけど」
 まだ揺れているカーテンのほうに目をやって、ヤチカが呆れたようにつぶやいた。
「ありゃ、相当なものね」
「でも」
 下着と服を身につけながら、杏里は答えた。
「悪い人じゃないみたい」
「どうだか」
 肩をすくめるヤチカ。
「だいたいさ、杏里ちゃん見て欲情しないなんて、あいつEDなのかしら」
「EDって?」
「勃起不全。あるいはインポテンツ」
 ヤチカが単刀直入にいってのける。
「ストレスたまると、よくなるらしいよ。男の人って」
 半分男のはずのヤチカが真面目くさった顔でいったので、杏里はついおかしくなり、笑った。
「杏里ちゃん、あなた、笑うと本当に可愛いよね」
 ヤチカがいとおしげに杏里の頬を指でつついた。
「おだててもだめ。きょうはもう、ハダカにはなりませんから」
 杏里は頬をふくらませ、ぷいと横を向く。
「大丈夫。素敵な写真、いっぱい撮れたから」
 ヤチカがカメラを持ち上げて、にっと笑い返してきた。
「あとでじっくり見せてあげる」
「見たくないです。そんな写真」
 杏里はあわててかぶりを振った。
「そうだよねえ」
 撮った写真を再生して眺めながら、ヤチカがとぼけた口ぶりでつぶやいた。
「うわぁ、すごい。こんなエッチな写真見たら、ナルシス杏里は、またオナニーしたくなっちゃうもんね」
「もうっ」
 杏里は地団駄踏んだ。
 当たっているだけに、何もいい返せない自分が悔しかったのだ。

 来た道を引き返して館の入り口まで戻ると、正二はカウンターに肘をついて雑誌を読んでいるところだった。
「今さっき、正一くんに会ったよ」
 ヤチカがいうと、眠そうな目だけを上げて、
「しょうがねえなあ、昼間っからあっちこっちほっつき歩きやがって。たまには店番代われってんだ」
「彼は芸術家なのよ。杏里ちゃんのヌード見て、ずいぶん感動してたみたい」
「あ、杏里ちゃんの、ヌ、ヌード?」
 正二ががばっと顔全体を上げた。
 一気に眠気が吹っ飛んだらしい。
「そ、それ、どういうことだよ?」
 今にも立ち上がらんばかりの勢いだった。
「ヤチカさんったら」
 真っ赤になってヤチカの服の裾を引っ張る杏里。
「ところでさ、真布(まぬ)ばあさんは?」
 正二の気勢を削ぐように、あっさりヤチカが話題を変える。
「工房の中だと思うよ。ばあさん専用の瞑想室にこもってる」
「ちょっと会いに行っていいかな」
「おいらはかまわないけど、たぶん相手してくれないと思うよ。ばあさん、あそこにとじこもると、長いから」
「ま、とにかく、せっかく来たんだし、挨拶だけでもしてくるよ。行こ。杏里ちゃん」
 ヤチカが杏里の手を引いて、カウンターの裏側に回る。
「あ、あの、杏里ちゃんのヌードの件は?」
 追いすがる正二の声を無視して、奥へと続く廊下に足を踏み入れた。
「由羅って子、もう見つかってるといいね」
 ひんやりとした廊下を歩きながら、ヤチカがいった。
「ええ」
 杏里はしばらくぶりに由羅のことを思い出し、少し後ろめたい気分になった。
 もし、由羅が、大変なめに遭ってたらどうしよう。
 ふとそう思ったのだ。
 私があんなことしてる間に、由羅がひどいめにあってたりしたら・・・。
 私、由羅に顔向けができないかも。
「零って娘が絡んでないといいけど」
 廊下の角を曲がり、突き当りの扉の前に立ったとき、ヤチカがいった。
 杏里はどきりとした。
 ヤチカがいつになく、真剣な表情をしていたからだった。


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