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第2章 仲間

action 13 添寝

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「ごめんなさい。びっくりさせちゃったみたいで」

 後ろ手にドアを閉めると、先に中に入っていたあずみが詫びた。

「い、いや、俺は別に…だけど、なんでまたそんな」

 あずみの姿をまともに見ることができず、僕は仕方なく部屋の中を見まわした。

 ワンルームマンションに慣れた目には、かなり広く感じられる部屋だった。

 壁際にはダブルベッド。

 そのほかにソファとテーブルがあっても、まだスペースに余裕がある。

 どうやら夫婦の寝室のようだ。

 自殺した光たちの父親が使っていた部屋というわけか。

 それにしても、あのふたりの母親はどこにいるのだろう。

 長女の光がまだ30代前半くらいだから、まだ存命していてもおかしくはない。

「お兄ちゃんに、勝負下着2号、見てもらおうかなって思って」

 あずみが笑いを含んだ口調で答えた。

「でも、今度からはふたりだけの時にするね」

「あ、ああ。それがいい」

 2号って、いったい何号まであるのだろう。

 僕はあずみのほうを見なくて済むよう、カニ歩きで窓辺のソファまで移動した。

「俺、こっちのソファで寝るからさ。あずみ、ベッドを使えよ」

 家具にぶつかりながらもなんとかソファにたどり着き、ウィンドパーカーを脱いで腹の上にかけると、仰向けに横たわりながら僕は言った。

「え? どうして? これ、ダブルベッドだよ?」

 あずみが心外そうに言う。

「一緒に寝ようよ。せっかく光さんが、夫婦用の寝室空けてくれたんだし」

 う。

 僕はパーカーを目の上まで引き上げた。

 あずみと、ベッドを共にする…?

 恐るべき誘惑だった。

 ついさっき見たばかりの、あずみの官能的な肢体が目蓋の裏にちらついた。

 股間で息子が熱を放ち、鎌首をもたげようとしているのがわかった。

 いかん。

 これでは一平を責められない。

 僕も獣と同じってことになってしまう。

 何とか気持ちを切り替えなければ。

「そのことなんだけどさ、一平たちのお母さんって、どこにいるんだろう。この家では見かけないよな」

「光さんに聞いたところによるとね。お母さん、光さんが大学生の頃、家出しちゃったんだって。お父さんがあんまり変わり者で、ぜんぜん家庭を顧みないから、愛想つかしてパート先の上司と仲良くなって、それで…。そういうのって、なんか悲しいよね。だから一平ちゃんは、お母さんの顏をほとんど知らないらしいの。一平ちゃんがおっぱいに執着するのは、もしかしたらそれが原因かもしれないって、光さん、そんなことも言ってた」

 それはただあいつがスケベなだけだろう、と思ったが、あえて言わずに我慢した。

「まあ、夫婦って難しいよなあ。うちも色々あったみたいだし」

 僕はうつけ者の父、コースケのことを考えた。

 コースケは、自由人のせいなのか、冴えない外見の割に風俗の女性によくもてた。

 だから2番目の母さんであるヨシコさんは、よく泣いていたものだ。

 しかし、あの馬鹿、今頃何をしているのか。

 この状況で電話一本寄越さないところをみると、とっくの昔にゾンビに食われたか、あるいはガブリと噛まれてゾンビたちのお仲間入りをしているに違いない。

「あずみもね、最近よく考えるんだ。高校出て、お兄ちゃんと結婚した時のこと。専業主婦もいいけど、あずみも働きたいなあって思ったり、お兄ちゃんが浮気したらどうしようって悩んだり…でも、これはあずみ自身がいつまでも魅力的でいればいいだけのことだもんね。ほかの女の人に負けないように、お兄ちゃんをほかの誰かに取られないように…」

「あ、あのさ。その前に、色々やることがあると思うよ」

 あずみの妄想の拡散ぶりに恐れをなして、思わず僕は口を挟んでいた。

「まずは明日の作戦を成功させなきゃならない。その後、ケロヨンと連絡を取って、次の指示をもらう。それがどんなものかわからないけれど、おそらくイオンが終着点にはならないと思う。これは俺の予感に過ぎないんだが、まだまだ旅は続くんじゃないかな」

「そうだね。お兄ちゃんと結婚するには、まずあずみが人間に戻らなきゃならないもんね。でないと、生まれてくる子どもがかわいそう」

 これが女性特有の思考の指向性なのだろうか。

 現在、僕らを取り巻く現実は、恐ろしいことになっている。

 ここ那古野市は、謎のドームに覆われて外界と切り離され、街じゅうにパラサイト線虫に寄生されたゾンビが溢れ返っているのだ。

 そのような絶望的状況の中で、結婚だの出産だのについて、これほどリアルに考えることができるとは…。

「じゃ、あずみ、もう寝るね。お兄ちゃん、おやすみ」

 少しして、ベッドのほうからあずみが声をかけてきた。

「う、うん。おやすみ」

 ほっとして、僕は答えた。

 ちらっと視線をやると、幸いなことに、あずみは広いベッドの隅で、すっぽりとシーツをかぶって横になっていた。

 照明を消し、オレンジの非常灯だけにしてソファに戻る。

 よほど疲れていたのだろう。

 すぐにあずみの規則正しい寝息が聞こえてきた。

 僕も目を閉じた。

 最初のうち、色々な思いが頭の中で渦を巻き、なかなか寝つかれなかったが、いつしか疲れと眠気が興奮と不安に打ち勝ったようだ。

 知らぬ間に僕は眠りの淵に引きずり込まれていた。


 それからどのくらい、眠ったのだろう。

 ふと間近に人の気配を感じて、僕は薄目を開けた。

 ゾンビの奇襲?

 一瞬、身体を固くした。

 が、すぐにそうでないことがわかった。

 いい匂いがする。

 フローラルな香料の香り。

 眼を開けると、すぐそこにあずみの顔があった。

「ごめんね。起こしちゃって」

 済まなさそうに、あずみが囁いた。

「どうした?」

 身を起こそうにも、あずみが半ばのしかかっているので、身体を動かすことができない。

「あずみ、怖いの」

 震え声で、あずみが言った。

「怖い?」

 僕は耳を澄ましてみた。

 窓の外からは、何の物音も聞こえない。

 昼間、あれだけの数のゾンビを倒したのだ。

 この家がゾンビに襲われる可能性は、まずないといっていいだろう。

「何にも聞こえないけど」

「そうじゃなくて」

 あずみが僕の腕を取った。

「ひとりで寝てると、あずみ、なんだか、だんだん人間以外のものに変わっちゃいそうで、それが怖いの。朝起きたらどうなっちゃってるんだろう。そう考えると、怖くて眠れないの」

 さっきあんなにすやすや寝息を立てていたのに、悪い夢でも見たのだろうか。

「だからお願い。一緒に寝てください。何もしなくていいから、ただ朝まで、あずみを抱きしめてていてくれれば、それでいいから…」

 あずみが身をかがめ、僕の頬にキスをした。

 拍子に乳房の先が僕の腕に触れた。

 瞬間、僕は静電気にでも触れたかのように、びくんとなった。

 あずみの乳首は硬く尖っていた。

 それが、感触でわかったのだ。

 そう。

 ちょうど僕の”あれ”と同じように、熱く、そして硬くなっていたのである…。









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