制服の胸のここには

戸影絵麻

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#3 嵐の前

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 それからというもの、僕はどの授業も上の空だった。
 視界に入るものといえば、斜め左前方に見える氷室基子の白いうなじだけ、という状態である。
 ー話がありますー
 手紙とも言えないメモの中で、氷室基子はそう書いていた。
 話って、なんだろう?
 そう思わずにはいられない。
 なんせ僕ときたら、憧れの彼女と一度も口をきいたことがないのである。
 同じクラスになってすでに2か月近くになるのに、挨拶すら交わした記憶がないのが悲しかった。
 その彼女が、向こうから僕にアクションを…?
 正直、僕は典型的な陰キャである。
 女子と交際したことなど、もちろん、ない。
 当然、バレンタインデーにチョコをもらったことも一度としてないし、氷室基子に限らず、女の子のほうから話しかけてきたことなど、この17年間に片手で数えられるほどしかない。
 定期テストの成績は間違いなく下から数えたほうが早いし、運動もダメ。
 おまけに音痴ときていて、趣味はといえば少しエッチな美少女アニメを見てはグッズを集めること。
 ネットスラングに”チー牛”というのがあるけど、きっと僕みたいな男子のことをいうのだろう。
 そんな僕に、クラス一、いや、学年一の才媛、氷室基子がいったい何の用があるというのだろう?
 良くない予感みたいなものがなかったかと言えば、ウソになる。
 それを裏付けるかのように、教室の窓から見える風景にも異変は生じていた。
 遠く、息吹山のほうで時折砂煙みたいなものが、何度も何度も噴き上がるのが見えたのだ。
 そしてまたあの振動。
 それも一度や二度ではなく、次第に間隔が狭くなり、何かが近づいてくるかのように大地が震え…。
 でも、その日の僕にとって、そんなことはどうでもよかったのである。
 煮え滾る性欲を抑えかねてー。
 いつしか僕は、膨れ上がる妄想の中で、あろうことか、裸に剥いた基子を体育館の床に組み伏せていたのだから…。
 
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