制服の胸のここには

戸影絵麻

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#10 遭遇

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 氷室基子は、体育館へと続く渡り廊下の入口で足を止めた。
 向こうから、男子の集団が歩いてくる。
 長身の高尾と赤城を先頭にした2年B組の連中だ。
 基子が壁に貼りつくようにしてよけると、一団は彼女を見るなり奇声を上げ、大笑いしながら通り過ぎて行った。
 基子は眉をひそめた。
 遅かった。
 でも、まだ5時には30分以上間があるのに…。
 と、集団の末尾を少し離れて歩いてきた小柄な男子が「やあ」というように基子に向かい、手を挙げた。
 如月直哉だ。
 こいつ。
 基子の目が鋭くなる。
 まさか、学級委員としての役目を果たしてきた、などというわけではあるまい。
 基子の基準からすると、如月直哉ほど当てにならない生徒はいなかった。
 HRでも、司会はすべて基子に任せ、自分は偉そうに椅子にふんぞり返って、たまに茶々を入れるだけ。
 委員会にも出席せず、職員室とのパイプ役も基子に一任したままだ。
 これまで”いないもの”として無視してきたが、今日に限ってなぜここで出会ってしまったのだろう?
 考えられる可能性はただ一つ。
 こいつもクズの仲間だということだ。
「見回りかい? 精が出るね」
 直哉の揶揄ともねぎらいともつかぬ台詞に鋭い”にらみ”で応えると、基子は大股で渡り廊下を歩き出した。
 体育館の正面玄関の両開きの扉は閉まっている。
 先生が来る前に中を確かめ、必要とあらば後始末をしておこう。
 そっと片方の扉を開けて中に首を突っ込むと、舞台前に立てられたバスケットボールのゴールポストの根元に、人がもたれかかっていた。
 遠目にも全裸であることがわかって、基子は眉間の皺を更に深くした。
 近づくにつれ、変な匂いが強くなった。
 基子が初めて嗅ぐ匂いだった。
 生臭く、青臭い、ある種の花の香りにも似た、奇妙に官能的な臭気…。
 全裸で横座りになっているのは、思った通り、金田猛である。
 ぼんやりした目で基子を見上げると、あわてて両手で股間を隠しにかかった。
 が、その前に基子は見てしまっていた。
 剥き出しになった男性器が、糊みたいな液体で汚れているのを。
 液体は床にも飛び散り、生乾きの様相を呈している。
「あのメモは私のものじゃない。ここで何があったの?」
 体液の飛沫を踏まないように距離を取り、惨め極まりない金田猛の裸の胸元あたりを見て訊いた。
「言えない」
 弱々しくかぶりを振る猛。
「性的な虐待行為だね」
「……」
「まあ、いいけど。とにかく、早く服を着なさいよ。先生に見つかったら色々面倒臭いでしょ」
「君はなぜ…?」
「誤解しないでね。別にあなたを助けたかったわけじゃない」
 踵を返しかけて、基子は全裸の少年を振り返った。
「私は学級委員として、余計なトラブルを未然に防ぎたかっただけ。残念ながら、ちょっと遅かったみたいだけど」


 
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