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第4部 暴虐のカオス
#13 へヴィ・ローテーション③
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「『スペインの蜘蛛』とは」
零が振り向いた。
右手に例のトングを持っている。
トングの先が掴んでいるのは、血だらけのピンクの肉片だ。
「いってみれば『乳房砕き器』。ほら、見てごらんなさい」
零が脇にどくと、杏里の姿が見えるようになった。
肛門から喉までを鉄の棒で刺し貫かれた、手足のない真っ裸の女体。
その前面が、酷い有様になっていた。
片方の胸が、血まみれになっている。
乳房のあった場所に真っ赤な穴がひとつ、ぽっかりと開いているのだ。
トングを使って、零が何かしたらしかった。
「たとえば、こんなふうにして」
先にはさまった肉片を床に落とすと、零が杏里に向き直った。
残った乳房を、先が4つに割れたトングで挟む。
「ぎゅっと可愛いおっぱいを、掴みます」
マシュマロのように白い、ふくよかな乳房が、強く引っ張られて、信じられないほどの長さに伸びた。
「そして、こんなふうに」
零が柄をひねった。
「引き千切るの!」
血がしぶいた。
ぐにゃりと変形して、乳房がひしゃげた。
トングに挟まれた部分の表皮が裂け、黄色い脂肪がとろみを帯びた卵の黄身のように滲み出る。
そのまま力任せに零が引き剥がしにかかった。
やわらかいものが千切れる嫌な音が響く。
零が声を立てて笑い、ちぎった乳房を放り投げた。
杏里の上体が揺れた。
その胸は鮮血にまみれ、正視に耐えない様相を呈している。
体中に開いた穴、鉄の棒が刺さった喉、胸の2つのクレーターから滝のように赤い血が滴り、床に溜まっていく。
血はステージの上から、今やその下の床にまで零れ落ち始めていた。
由羅の中で"化学反応"が起こったのは、そのときだった。
冬美に鞭打たれたときのように、アドレナリンが噴出するのを感じた。
極度の興奮状態に置かれたときのように、喉がからからに干からびてくる。
その代わり、筋力が戻ってきた。
由羅は背後に吊り上げられた両腕に力を込めた。
肘と肩の関節が強化されているのがわかった。
そのまま、足を尻の下にもぐりこませ、ゆっくりと腰を浮かせた。
思い切り、右手を引く。
渾身の力を込めた。
こめかみに太い血管が浮かび上がる。
右腕の筋肉が縄のようによじれ、盛り上がった。
やがて、鈍い音がしたかと思うと、コンクリートの破片がばらばらと落ちてきた。
もう一回、力を込める。
ほんの少しだが、鉄鎖が浮いた。
首をねじって確かめると、鎖の根元のコンクリートが、丸くひび割れていた。
また引いた。
ゴリっと大きな音がした。
由羅は首をすくめ、観客席に目をやった。
が、みんなそれぞれの行為に夢中で、こっちに注意を向ける者はいない。
由羅が更にもう一度右腕に力を込めたとき、ステージ上で零がいった。
「出し物はこれで終わりではありません。杏里ちゃんはほら、まだ元気です。さあ次は」
杏里は、鉄の棒に貫かれて天井を見上げた姿勢のままだ。
零はその手足を欠いた達磨同然の体に近づくと、腰のあたりを手で支え、やにわに上へ持ち上げた。
肛門から血の糸を引きながら、杏里の肉体からずぶずぶと鉄の棒が抜けていく。
ぐったりとなった杏里を、零が軽々と肩に担いだ。
手足の断面からは、はじけた筋肉と、白い骨の先が覗いている。
「これは、『ファラリスの雄牛』といいます」
零が歩み寄ったのは、金属製の牛の模型の前だった。
肩の高さが2メートルほどの、青みを帯びた真鍮の雄牛である。
「これも中世ヨーロッパの代表的な拷問道具ですが、まずこの中に、罪人を閉じ込めます」
牛の腹が開いた。
中は空洞だった。
針は出ていない。
それだけに用途が不明で、不気味な感じがする。
零が、内部に杏里の丸い体を押し込んだ。
「蓋を閉めて」
腹の下にかがみこむ。
「バーナーに点火します」
牛の腹の真下に、大きなガスバーナーが3基、設置されている。
傍らの柄の長いライターを使って、零がそれに火をつける。
「じきにこの中は450度の高温になります。でも、牛の口の部分は外につながっていますから、中の罪人が窒息死することはありません。彼女はあくまでも、高温に焼かれて苦しみ続けることになるのです」
3本の青白い炎が真鍮の牛を炙り始める。
ほどなくして、表面が虹色に耀いてきた。
真鍮が高熱を帯びているのだ。
部屋の中の気温も上がり始めている。
零の胸の谷間を、つっと汗が糸を引いて伝い落ちるのが見えた。
雄牛の口から奇怪な音が漏れてきたのは、そのときだった。
それは、啜り泣きが増幅されたような、実に奇妙な音だった。
杏里の声だとわかるのに、少し時間がかかった。
「実はこの『ファラリスの雄牛』は、楽器でもあるのです。ほらね、こんなふうに、中の罪人が熱さに耐えかねて、歌い始めるから」
虹色に耀き始めた雄牛を満足げに眺めながら、零がいった。
まずい。
由羅は右腕に最後の力を込めた。
このままでは、杏里は死ぬ。
高温で、脳をやられたら、おしまいだ。
ゴトンという重い音とともに、ふいに右腕が軽くなった。
コンクリートの塊を先につけたまま、鉄鎖を壁から引き抜くことに成功したのだ。
右腕を使えるようになったので、左腕を自由にするのは簡単だった。
由羅はおもむろに立ち上がった。
両腕には、コンクリートの塊のくっついた重い鉄の鎖がつながったままだ。
それを後ろに引きずりながら、一歩一歩、慎重に歩き出す。
が、コンクリートと鉄鎖はかなりの重量があり、足はなかなか前に進まない。
零の視界に入らないように壁に沿って遠回りをしなければならないから、尚更進みは遅くなる。
そのあいだにも、杏里のすすり泣きはますます大きくなっていく。
死ぬな。杏里。
流れる汗に目をしかめながら、由羅は祈った。
がんばれ、もう少し。
うちが辿り着くまで。
零が振り向いた。
右手に例のトングを持っている。
トングの先が掴んでいるのは、血だらけのピンクの肉片だ。
「いってみれば『乳房砕き器』。ほら、見てごらんなさい」
零が脇にどくと、杏里の姿が見えるようになった。
肛門から喉までを鉄の棒で刺し貫かれた、手足のない真っ裸の女体。
その前面が、酷い有様になっていた。
片方の胸が、血まみれになっている。
乳房のあった場所に真っ赤な穴がひとつ、ぽっかりと開いているのだ。
トングを使って、零が何かしたらしかった。
「たとえば、こんなふうにして」
先にはさまった肉片を床に落とすと、零が杏里に向き直った。
残った乳房を、先が4つに割れたトングで挟む。
「ぎゅっと可愛いおっぱいを、掴みます」
マシュマロのように白い、ふくよかな乳房が、強く引っ張られて、信じられないほどの長さに伸びた。
「そして、こんなふうに」
零が柄をひねった。
「引き千切るの!」
血がしぶいた。
ぐにゃりと変形して、乳房がひしゃげた。
トングに挟まれた部分の表皮が裂け、黄色い脂肪がとろみを帯びた卵の黄身のように滲み出る。
そのまま力任せに零が引き剥がしにかかった。
やわらかいものが千切れる嫌な音が響く。
零が声を立てて笑い、ちぎった乳房を放り投げた。
杏里の上体が揺れた。
その胸は鮮血にまみれ、正視に耐えない様相を呈している。
体中に開いた穴、鉄の棒が刺さった喉、胸の2つのクレーターから滝のように赤い血が滴り、床に溜まっていく。
血はステージの上から、今やその下の床にまで零れ落ち始めていた。
由羅の中で"化学反応"が起こったのは、そのときだった。
冬美に鞭打たれたときのように、アドレナリンが噴出するのを感じた。
極度の興奮状態に置かれたときのように、喉がからからに干からびてくる。
その代わり、筋力が戻ってきた。
由羅は背後に吊り上げられた両腕に力を込めた。
肘と肩の関節が強化されているのがわかった。
そのまま、足を尻の下にもぐりこませ、ゆっくりと腰を浮かせた。
思い切り、右手を引く。
渾身の力を込めた。
こめかみに太い血管が浮かび上がる。
右腕の筋肉が縄のようによじれ、盛り上がった。
やがて、鈍い音がしたかと思うと、コンクリートの破片がばらばらと落ちてきた。
もう一回、力を込める。
ほんの少しだが、鉄鎖が浮いた。
首をねじって確かめると、鎖の根元のコンクリートが、丸くひび割れていた。
また引いた。
ゴリっと大きな音がした。
由羅は首をすくめ、観客席に目をやった。
が、みんなそれぞれの行為に夢中で、こっちに注意を向ける者はいない。
由羅が更にもう一度右腕に力を込めたとき、ステージ上で零がいった。
「出し物はこれで終わりではありません。杏里ちゃんはほら、まだ元気です。さあ次は」
杏里は、鉄の棒に貫かれて天井を見上げた姿勢のままだ。
零はその手足を欠いた達磨同然の体に近づくと、腰のあたりを手で支え、やにわに上へ持ち上げた。
肛門から血の糸を引きながら、杏里の肉体からずぶずぶと鉄の棒が抜けていく。
ぐったりとなった杏里を、零が軽々と肩に担いだ。
手足の断面からは、はじけた筋肉と、白い骨の先が覗いている。
「これは、『ファラリスの雄牛』といいます」
零が歩み寄ったのは、金属製の牛の模型の前だった。
肩の高さが2メートルほどの、青みを帯びた真鍮の雄牛である。
「これも中世ヨーロッパの代表的な拷問道具ですが、まずこの中に、罪人を閉じ込めます」
牛の腹が開いた。
中は空洞だった。
針は出ていない。
それだけに用途が不明で、不気味な感じがする。
零が、内部に杏里の丸い体を押し込んだ。
「蓋を閉めて」
腹の下にかがみこむ。
「バーナーに点火します」
牛の腹の真下に、大きなガスバーナーが3基、設置されている。
傍らの柄の長いライターを使って、零がそれに火をつける。
「じきにこの中は450度の高温になります。でも、牛の口の部分は外につながっていますから、中の罪人が窒息死することはありません。彼女はあくまでも、高温に焼かれて苦しみ続けることになるのです」
3本の青白い炎が真鍮の牛を炙り始める。
ほどなくして、表面が虹色に耀いてきた。
真鍮が高熱を帯びているのだ。
部屋の中の気温も上がり始めている。
零の胸の谷間を、つっと汗が糸を引いて伝い落ちるのが見えた。
雄牛の口から奇怪な音が漏れてきたのは、そのときだった。
それは、啜り泣きが増幅されたような、実に奇妙な音だった。
杏里の声だとわかるのに、少し時間がかかった。
「実はこの『ファラリスの雄牛』は、楽器でもあるのです。ほらね、こんなふうに、中の罪人が熱さに耐えかねて、歌い始めるから」
虹色に耀き始めた雄牛を満足げに眺めながら、零がいった。
まずい。
由羅は右腕に最後の力を込めた。
このままでは、杏里は死ぬ。
高温で、脳をやられたら、おしまいだ。
ゴトンという重い音とともに、ふいに右腕が軽くなった。
コンクリートの塊を先につけたまま、鉄鎖を壁から引き抜くことに成功したのだ。
右腕を使えるようになったので、左腕を自由にするのは簡単だった。
由羅はおもむろに立ち上がった。
両腕には、コンクリートの塊のくっついた重い鉄の鎖がつながったままだ。
それを後ろに引きずりながら、一歩一歩、慎重に歩き出す。
が、コンクリートと鉄鎖はかなりの重量があり、足はなかなか前に進まない。
零の視界に入らないように壁に沿って遠回りをしなければならないから、尚更進みは遅くなる。
そのあいだにも、杏里のすすり泣きはますます大きくなっていく。
死ぬな。杏里。
流れる汗に目をしかめながら、由羅は祈った。
がんばれ、もう少し。
うちが辿り着くまで。
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