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一 子供編
出会い
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夜は寂しい。そう思い始めたのはいつのことだったのだろう。
カケラは、小さな体で一人ベランダに立っている。
凍てつくような空気の中で霜焼けのつま先を擦り合わせながら、両親の喧嘩が止むのを待つ。
「ごめんなさい」
繰り返す。
僕が悪いんだ。僕のせいで二人は喧嘩している。
みじめで悲しくてくるしい。
涙が頬を流れ落ちる。
その時、敷居を超えた向こうから、タバコの煙がふわりと浮かんだのが見えた。
「どうしたんだい、そんなに泣いて」
カケラはしゃくりあげていたことにも気づいていなかった。思わず顔が赤くなる。
「ママとパパが、僕のせいで喧嘩してて」
煙の主は男の人らしかった。
「君のせいってことはないと思うな。子供が悪いってことは、この世の中では基本的にないんだから」
男の人は優しい声でそう言った。カケラは思わず顔を上げる。
カケラの体には叩いた跡やあざが目立つ。男の人の顔はしきりで見えないけれど、その顔が微笑んでいるのであろうことはカケラにもわかった。
「泣いたっていいんだよ」
男の人はいう。
「だけれど、一緒にいて涙を拭いてくれる人が君には必要じゃないかな」
そんな人いるかい、ときかれカケラはだまる。
そんな人、いない。
クラスではいつも一人だし、ママとパパは喧嘩ばかりだし、僕はひとりぼっちだ。
涙が後から後からこぼれ落ちてくる。
男の人は何を思ったか、タバコの煙を一服吸って、
こう言った。
「好きな詩人がいるんだ。その人はピエロっていう詩を書いていて、よく朗読会に行くんだけど、それがすごく寂しい詩でね。でも希望があってあったかいんだ」
読んでみるといい、何かの役に立つと思うよ。
男の人は優しい声をしていた。
カケラはその声をもっと聞いていたいと思った。
「あの、おにーさんは、誰なの?」
「俺?」
男の人は、少し黙ってこう言った。
「月岡高校で国語の先生をやってる者だよ」
先生、カケラは呟く。その言葉はなんだか宝石のように煌めいているみたいに感じられた。
その日から二人の交流は始まった。
毎晩始められるケンカの時間、カケラは自分から外に出るようになって、隣に住んでいる先生といろんな話をするようになった。
先生との時間はなんだか胸が温かくなって、優しい気持ちになった。
自分にできたたった一人の味方。それも大人。
そのことがカケラにとって、彼自身を大人であるように思わせていた。
大人の仲間入りをしたみたいで嬉しかった。
カケラは小学生だった。一年生だ。本なんてほとんど読んだことがないけれど、勉強はあまり好きではないし友達もいないので、決心する。
今日こそ図書館で本を借りよう。そして読んでみよう。
カケラは高校というものがよくはわからなかったけれど、文学が国語であるということはぼんやりわかっていた。
先生ともっといろんな話がしたかった。
「お願いします」
そして選んだのは分厚い文庫本2冊と、ピエロという詩集だった。
カケラは、小さな体で一人ベランダに立っている。
凍てつくような空気の中で霜焼けのつま先を擦り合わせながら、両親の喧嘩が止むのを待つ。
「ごめんなさい」
繰り返す。
僕が悪いんだ。僕のせいで二人は喧嘩している。
みじめで悲しくてくるしい。
涙が頬を流れ落ちる。
その時、敷居を超えた向こうから、タバコの煙がふわりと浮かんだのが見えた。
「どうしたんだい、そんなに泣いて」
カケラはしゃくりあげていたことにも気づいていなかった。思わず顔が赤くなる。
「ママとパパが、僕のせいで喧嘩してて」
煙の主は男の人らしかった。
「君のせいってことはないと思うな。子供が悪いってことは、この世の中では基本的にないんだから」
男の人は優しい声でそう言った。カケラは思わず顔を上げる。
カケラの体には叩いた跡やあざが目立つ。男の人の顔はしきりで見えないけれど、その顔が微笑んでいるのであろうことはカケラにもわかった。
「泣いたっていいんだよ」
男の人はいう。
「だけれど、一緒にいて涙を拭いてくれる人が君には必要じゃないかな」
そんな人いるかい、ときかれカケラはだまる。
そんな人、いない。
クラスではいつも一人だし、ママとパパは喧嘩ばかりだし、僕はひとりぼっちだ。
涙が後から後からこぼれ落ちてくる。
男の人は何を思ったか、タバコの煙を一服吸って、
こう言った。
「好きな詩人がいるんだ。その人はピエロっていう詩を書いていて、よく朗読会に行くんだけど、それがすごく寂しい詩でね。でも希望があってあったかいんだ」
読んでみるといい、何かの役に立つと思うよ。
男の人は優しい声をしていた。
カケラはその声をもっと聞いていたいと思った。
「あの、おにーさんは、誰なの?」
「俺?」
男の人は、少し黙ってこう言った。
「月岡高校で国語の先生をやってる者だよ」
先生、カケラは呟く。その言葉はなんだか宝石のように煌めいているみたいに感じられた。
その日から二人の交流は始まった。
毎晩始められるケンカの時間、カケラは自分から外に出るようになって、隣に住んでいる先生といろんな話をするようになった。
先生との時間はなんだか胸が温かくなって、優しい気持ちになった。
自分にできたたった一人の味方。それも大人。
そのことがカケラにとって、彼自身を大人であるように思わせていた。
大人の仲間入りをしたみたいで嬉しかった。
カケラは小学生だった。一年生だ。本なんてほとんど読んだことがないけれど、勉強はあまり好きではないし友達もいないので、決心する。
今日こそ図書館で本を借りよう。そして読んでみよう。
カケラは高校というものがよくはわからなかったけれど、文学が国語であるということはぼんやりわかっていた。
先生ともっといろんな話がしたかった。
「お願いします」
そして選んだのは分厚い文庫本2冊と、ピエロという詩集だった。
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