創世の先生~抗世の物語~

真白な雪

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一時限目 浮浪者先生拾われる

大きなお屋敷と臭い俺

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 俺がまだ従軍していた頃、と言うよりも軍に所属して直ぐの頃だったかな……上官の執務室は大変豪奢で煌びやかだったのを覚えている。そんなことが出来たのは単純に一部屋単位で着飾ったものだから出来た事で、それに加えて軍という豊富な財源があったために叶ったものだと思っていた。

 思っていたのだが……目の前に立つ屋敷を見て俺の中の常識は覆された。
 
 ブリックスの屋敷は敷地が広く、庭もしっかりと整備されている上に街灯のような物が家の敷地の中に幾つもあり昏い道を照らしている。その街灯は屋敷の中に昏き場所無しと言わんばかりに輝いておりまるで太陽のように明るかった。

 屋敷へ向かう途中、ブリックスは屋敷のことを自慢げに話していたが確かにこれは凄い物だ。そしてこの屋敷を更に凄い物だと言わしめるのがこの屋敷の歴史である。

 元々ブリックスは別段お金持ちだったわけでは無いらしい。しかし彼は途轍もなく真面目で働き者だった。町のことに躍起になって身を粉にして努め続ける姿にいつしか町民の心は動かされこの屋敷をプレゼントしたのだという。

 つまりこの屋敷は敷地から建物に至るまで全てタダだと言うのだから驚きである。
 こんな大層な物をもらう程の人物であるのだから町民からの信頼は厚く、彼自身の立場もある程度上の者だという事を想像するのは易いことだった。

 ちなみに、このプレゼントを受け取った瞬間のブリックスはどんな反応をしたかというと気絶してしまい記憶が無いらしい。目を覚ました時には既にこの屋敷のベッドで寝てしまっていたため屋敷に入る初めの一歩は体験できなかったそうな。


「さ、中へどうぞ」


 ブリックスは屋敷の玄関を開けるとソテルを家の中に招こうとドア開き、扉の掴みを持ったままにこりと入室を促した。すると屋敷の中からドタドタと駆ける音が近づいてくる。


「お父様お帰りなさい!」


 屋敷の中へ足を踏み入れようと歩き始めた瞬間聞こえた可愛らしい女の子の声に立ち止まると、ブリックスの胸元に飛びつく影が見えた。


「おぉステラ、ただいま」


 ステラと呼ばれた少女は淡い桃色の髪を宙に遊ばせながら父親の胸の中に飛びついた。父親もそれを受け止めその場でくるくると回り始め、親子で遊んでいる様子を微笑ましく眺めていると少女は来客に気付き父から降りて後ろに隠れてしまった。







「娘のアリステラだ。まだ小さいが僕の手伝いをしようと勉学に熱心でね、こう言ってはなんだけどそこらの子達よりもずっと賢いと思うよ。僕の自慢の娘だ」


 父親に紹介されてしまった少女は一瞬顔を顰めたが、人前に出るのを恥ずかしそうにしたかと思えば、意を決したのか衣服の乱れを正し父の後ろから半歩前に踏み出し一礼した。


「お初にお目にかかります、アリステラと申します。此度は父との用向きとはいえ御足労願いましたこと恐れ入ります。どうぞ気兼ねなくご緩りとお寛ぎください」


 アリステラの丁寧な言葉遣いに俺は面を喰らってしまった。俺も軍属時代に言葉遣いに気をつけ祭典等の代表者として挨拶していたことはあったがこのような美辞麗句を並べるような場面に出くわしたことは無かった。それ以前に恐らく同じくらいの歳であったなら同じことを言えただろうか?

 今の俺でさえ態々そんな言葉遣いをする必要がある場面に遭遇しても諳んじるように言葉が出てくるとは思えない。それを見目でおよそ十に満たない程の少女が口にしたのだから驚嘆の極みである。


「ステラは君が試験を受けた学校の貴族教育課程の第六科目を修了中でね、それと同時に商業学科も三年で修了しているんだよ。娘ながら本当に優秀で鼻が高いよ」


 ブリックスの言葉にどこかくすぐったそうにはにかむ少女の顔は年頃の女の子と何も変わらぬ表情をしており自分の感情を押し殺して教育を受けているわけではない事は容易に解った。

 ブリックスの口にしていた貴族教育課程はテクネアルスにある全ての国で同一の教育が実施され、主に礼節や指揮能力を学ぶ社会上層部の中でも一部の人間だけが受験する権利を与えられるエリート課程だ。

 ソテルも軍所属時に上官から誘いがあったが自分に修了出来るとも思えず断った学科だった。

 全七科目あり一から七まで順に修了しなくては次の科目へ移れないと言う大変厳しいもので、留年率も恐ろしく高い。一応一年間の勉強で一科目を終了する予定にはなってはいるが、実際の数値で言えば毎年科目修了試験を通過する人数は百人中三人程度だと聞く。

 もちろん試験を通過できなければ来年度も同じ科目を受講しなければならずいつまでも卒業できない人も多いと聞く。中には飛び級を繰り返したったの一年で卒業した人物もいるというが、伝説なのか真実なのか真偽の程は定かではない。


「賢しく可憐なご息女ですね。不躾な質問ですが貴族課程は何年目になりますか?」


 流石に貴族教育課程に於いては躓いているだろうと悪戯心で聞くとブリックスは誇らしげに胸を張って答えた。


「四年目だ」


 ブリックスの言葉にぐうの音も出ない。その言葉が本当ならばアリステラは二年分飛び級していたことになる。伝説程でこそ無いもののその存在自体は伝説級だ。


「お嬢様は――」

「アリステラで構いません」

「では、アリステラ様は――」

「どうぞアリステラとお呼び捨てくださいませ」

「……では失礼して、アリステラは今年でお幾つに?」


 ブリックスの友人の例もある。もしかしたら彼女もその例の逆を歩んでいて幼く見えるだけなのかも知れない。見目ではおよそ八歳ほどだがもしかしたら俺よりも年上かも知れないのだ。……多分そんなことは無いだろうけど。

 ブリックスの顔を見て目配せをすると推測は間違っていないのか、くっくっと笑っていた。


「先日新たに歳を重ねて、今現在は齢十二の頃になります」


 ……勘は間違っていなかった。確かに想像していたよりは年上だったが、子供の成長幅は大変差が大きく、成長が早い者もいれば遅れてくる者もいる。そう考えれば彼女は年相応の見た目をしていた。

 十歳の頃合いなど身長の高低差が激しく入り乱れる年頃である。彼女は少し成長が遅い方かも知れないが少なくとも学長ほどの見た目と実際の違いは無い。

 自分のの思い違いで無駄な詮索をしてしまったことがなんだかブリックスにしてやられたような気がして少しの悔しさと恥ずかしさが込み上げる。


「女性に歳を聞くなど大変失礼な事をしました、申し訳ない」

「お気になさらず」


 アリステラは愛想笑いで微笑む。それも気を遣われているようで情けなかった。


「まぁなんだ、ここで立ち話をしていても疲れてしまうから中に入ろうか」


 そう言って再度屋敷の中に招き入れようとするブリックスとは裏腹にソテルはどこか落ち着かない様子で盗人のよう体重を掛けずに慎重に歩き始めた。その様子を見て瞬時に察したブリックスはソテルの肩をポンと叩くと前を歩き始めた。


「ステラは食堂で待っていなさい。さ、ソテル君はこっちに」


 ブリックスはソテルを連れて湯気の立ち籠もる浴場へと向かった。
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