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現実と矛盾

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-----メッセージ1件-----

『ーー会うの久々だろ、楽しんできてね。帰り、必要なら迎えにいくから何時でも呼んで』

ハッと我に返り、感情が忙しくなる。
後ろめたさなのか、罪悪感なのか。
なんとも言い難い気持ちでいっぱいになった。

ごめんね。

彼はいつも優しい。
優しすぎて、私はいつも甘えすぎている。


「あんたを幸せにできるのは━━━」


あの時彼女に言われた言葉はあながち間違っていないのだろう。
一番の理解者であり、全身全霊で愛情を伝えてくれ、全てを受け入れてくれる彼は私には勿体ないほど完璧な善人だと思う。
私は彼の怒った顔を見たことがない。
いつでも笑顔で、私の言うこと成すこと、本当に全てを許容する。


ねぇ、彼女と会ったらどうなるか、本当は全て分かってるんでしょ?
なんで止めないの?
なんで怒らないの?
嫌じゃないの?
力づくでも止めてくれたら…


そんな事も考えるけれど、結局私は止められても彼女に会いに行く。
きっと彼もそれを知っていて、全てを笑顔で許しているのだ。
それでも私は…

「…独占欲とかないの?」

溢れた言葉には矛盾しかなかった。

彼女の事も彼の事も私はイマイチ理解出来ない。
何より私自身のことが一番分かっていないのかもしれない。

私にも彼女にも、帰る場所がある。

彼女は行為の最中だけはいつも私をまっすぐに見ていてくれる。
それはおそらく愛情ではなく、快楽に夢中になっているだけなんだけど。

「私が映ってる」

と発した言葉は、それの延長線上にあるのだろうと、私の求める意味では決してないと思い直した瞬間、急激に虚しい感情に襲われた。
久しぶりの優越感の後の虚無感。
次はいつ会えるんだろう。
彼女の体に永遠に染み込むことのない私の愛情は、また見て見ぬふりをされ寂しそうに宙に浮き儚く消えた。

進入禁止と書かれた黄色いテープ。
いや、そんな生易しいものじゃない。
有刺鉄線を血まみれになりながら、自らの足で越えたのは紛れもなく私自身の意思だ。
その先には、あっという間に引きずり込まれ決して抜け出すことなどできない、アリジゴクが私を待っていた。

---終---
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