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第一章 黒い髪のメイド
メイドの日常(6.2')
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……少し時間は遡る。
「何なんだあの化け物達は、あんなのを相手しなければいけないなんて聞いていない」
マルカムを狙っていた暗殺者ヘンリーは、ねぐらにかまえていた街はずれにある木こり小屋の中で、一人背中に流れる冷たい汗を感じていた。
強大な黒いオーラを放つ存在と、考えられないほどのマナを保有する小さな魔獣が、とんでもないスピードでこちらに向かって接近していることを、付近の監視をさせている蟲どもが放つ思念波によって感じていた。
「なぜたかだか片田舎の君主の屋敷にあんな護衛がいる? 教皇や国王の警護でも見たことがないレベルだぞ」
男は最初このマルカムの暗殺依頼を受けたとき、今回の仕事はやさしいと考えていた。
君主の息子とはいえ護衛は警護の騎士数名のみ、それも常時張り付いているわけでもない。
姉カリンの存在は蟲のもつマナを検知される恐れがあるため厄介だと感じていたが、彼女が不在のときを狙えばよいと考えていた。
男は依頼内容のわりには報酬金額が多いと感じてはいたが、そのようなことも珍しいことではないため、おいしい仕事程度の認識であった。
なぜ依頼報酬が相場よりも高額となっていることを調査していれば、きっとこの依頼を受けなかったであろう。
過去にこの依頼を受けた暗殺者達は、誰一人として戻ってきた者はいなかったのだから……。
「だめだ、斥侯に出している蟲たちは、既に皆、無効化されている」
ヘンリーは想定外の異常事態に、脳漿をしぼって今の状況を把握しようしてしてた。
今回の仕事に関しては、二回ほどマルカム殺害を仕掛けていたが、理由がわからず失敗していた。
一回目は食事のデザートに毒を混入するも、なぜか毒が効かなかった。
二回目は屋敷に納入した食材の中に、小さな蜂の魔物を混入させ、その仕込んだ毒にて直接マルカムを刺し殺すように仕込むも、すべての蟲はどのようにされたのかわからないが、完全に駆除されてしまったようだった。
ヘンリーは、いまさらながら気がついたのだ。
この二度の失敗は、この近づいてくる存在たちが何らかの方法で防いでいたのだと……。
「一度目の失敗で撤退すべきだった。これは俺の手に余る仕事だった……」
彼は暗殺術の仕事人として、その自身の甘い認識を後悔していた。
そして現在でとれうる、自身の生存確率が高いであろう行動を取捨選択し、速やかに撤退の作戦を組み上げていく。
「お前達、あの近づいてくる二つの存在に襲い掛かれ」
男は別の部屋に非常時の戦闘用に配備していた、大型のキラービーと毒蛾を放った。
キラービーはその尻部にもつ黒い針を使い、集団で獲物に襲い掛かる。
今回この蟲使いの放ったキラービーは特別で、その一匹一匹のサイズが子猫ほどもある大型のものだった。
その針の威力は岩をも砕き、また針から放たれる毒は、大型魔獣ですら一撃で動けなくなるほど強力な麻痺の効果を持っている。
毒蛾については戦闘能力こそ低いが、その鱗粉のもつ腐食効果とその毒性は非常に強力なもので、ほんのわずかなに鱗粉が付着しただけで、通常の生物ならばあっという間に死に絶え腐り落ちてしまう。
撤退のためだけにこの二種類の魔物を投入することは、いささか過剰戦力かとも感じたが、三度の失敗はありえない。
もてうる最大の対策をもって望むのだった。
……だが、その対策すらこの巨大な二つの力の前には無力に等しかった。
第一陣として放たれたキラービーたちは、黒い魔女の前になすすべもなく叩き落されていた。
男は驚愕していた、それはありえない光景だった。
キラービーは一匹でA級戦士と同等の戦力がある、その高い戦力を持つ魔物が、集団で襲い掛かっているにもかかわらず、なすすべもなく瞬殺されたのだ。
しかもその女がキラービーを倒したその方法を、男は感じることすらできなかった。
また黒い魔獣はその身体のサイズを変化させられるのか、自身を巨大化させていた。
魔獣に襲い掛かったキラービーたちは、まるでハエでも追い払うかのように一はたきで倒され、また毒蛾の鱗粉もさほど効果がないのか、その存在を無視して小屋まで突き進んでくる。
ヘンリーは暗殺者として蟲使いとして、今まで様々な敵とやりあってきたが、今回のような神のごとき力を持つものと対峙したことはなかった。
その大きな力量の差によって、彼のプロフェッショナルとしての行動は全て封殺されてしまっていた。
もはや通常の方法では逃げられないと悟ったヘンリーは、逃走の最終手段として用意していた、転移の魔方陣をあわてて起動させる。
転移の魔方陣は、大地のマナと契約し、己の保有するマナの一部を捧げることによって、他所に移動が可能となる一般には公開されていない秘術である。
ただこの魔方陣は非常に不安定な部分を抱えている。
現在の魔術では、完全に解明できていないマナの意思との契約をおこなうということもあり、移動先座標の指定を正しくおこなったとしても、まれに正確な位置に転移できず、空中やもしくは地中などの少しずれた場所に転移されたり、最悪のケースでは術者本人がマナの意思に取り込まれ、この世にかえってこれないなどの事故も確認されている。
ヘンリーも、もちろんこのリスクは承知していた。
だがもはやそのリスクですらこの危機の前では、小さなものと感じられるくらいの状況に追い詰められている。
転移の魔方陣に乗り、事前に構築してた契約の術式にマナをそそぎ、転移の魔方陣を起動させたのだった。
男の姿はゆっくりと陽炎のように、その場から消えていった。
転移は成功したかに見えた……。
「ギャーーぁーー」
ヘンリーは、この転移が暗殺者としての生涯の中で、最低最悪の決断となったことを知るのだった……。
「何なんだあの化け物達は、あんなのを相手しなければいけないなんて聞いていない」
マルカムを狙っていた暗殺者ヘンリーは、ねぐらにかまえていた街はずれにある木こり小屋の中で、一人背中に流れる冷たい汗を感じていた。
強大な黒いオーラを放つ存在と、考えられないほどのマナを保有する小さな魔獣が、とんでもないスピードでこちらに向かって接近していることを、付近の監視をさせている蟲どもが放つ思念波によって感じていた。
「なぜたかだか片田舎の君主の屋敷にあんな護衛がいる? 教皇や国王の警護でも見たことがないレベルだぞ」
男は最初このマルカムの暗殺依頼を受けたとき、今回の仕事はやさしいと考えていた。
君主の息子とはいえ護衛は警護の騎士数名のみ、それも常時張り付いているわけでもない。
姉カリンの存在は蟲のもつマナを検知される恐れがあるため厄介だと感じていたが、彼女が不在のときを狙えばよいと考えていた。
男は依頼内容のわりには報酬金額が多いと感じてはいたが、そのようなことも珍しいことではないため、おいしい仕事程度の認識であった。
なぜ依頼報酬が相場よりも高額となっていることを調査していれば、きっとこの依頼を受けなかったであろう。
過去にこの依頼を受けた暗殺者達は、誰一人として戻ってきた者はいなかったのだから……。
「だめだ、斥侯に出している蟲たちは、既に皆、無効化されている」
ヘンリーは想定外の異常事態に、脳漿をしぼって今の状況を把握しようしてしてた。
今回の仕事に関しては、二回ほどマルカム殺害を仕掛けていたが、理由がわからず失敗していた。
一回目は食事のデザートに毒を混入するも、なぜか毒が効かなかった。
二回目は屋敷に納入した食材の中に、小さな蜂の魔物を混入させ、その仕込んだ毒にて直接マルカムを刺し殺すように仕込むも、すべての蟲はどのようにされたのかわからないが、完全に駆除されてしまったようだった。
ヘンリーは、いまさらながら気がついたのだ。
この二度の失敗は、この近づいてくる存在たちが何らかの方法で防いでいたのだと……。
「一度目の失敗で撤退すべきだった。これは俺の手に余る仕事だった……」
彼は暗殺術の仕事人として、その自身の甘い認識を後悔していた。
そして現在でとれうる、自身の生存確率が高いであろう行動を取捨選択し、速やかに撤退の作戦を組み上げていく。
「お前達、あの近づいてくる二つの存在に襲い掛かれ」
男は別の部屋に非常時の戦闘用に配備していた、大型のキラービーと毒蛾を放った。
キラービーはその尻部にもつ黒い針を使い、集団で獲物に襲い掛かる。
今回この蟲使いの放ったキラービーは特別で、その一匹一匹のサイズが子猫ほどもある大型のものだった。
その針の威力は岩をも砕き、また針から放たれる毒は、大型魔獣ですら一撃で動けなくなるほど強力な麻痺の効果を持っている。
毒蛾については戦闘能力こそ低いが、その鱗粉のもつ腐食効果とその毒性は非常に強力なもので、ほんのわずかなに鱗粉が付着しただけで、通常の生物ならばあっという間に死に絶え腐り落ちてしまう。
撤退のためだけにこの二種類の魔物を投入することは、いささか過剰戦力かとも感じたが、三度の失敗はありえない。
もてうる最大の対策をもって望むのだった。
……だが、その対策すらこの巨大な二つの力の前には無力に等しかった。
第一陣として放たれたキラービーたちは、黒い魔女の前になすすべもなく叩き落されていた。
男は驚愕していた、それはありえない光景だった。
キラービーは一匹でA級戦士と同等の戦力がある、その高い戦力を持つ魔物が、集団で襲い掛かっているにもかかわらず、なすすべもなく瞬殺されたのだ。
しかもその女がキラービーを倒したその方法を、男は感じることすらできなかった。
また黒い魔獣はその身体のサイズを変化させられるのか、自身を巨大化させていた。
魔獣に襲い掛かったキラービーたちは、まるでハエでも追い払うかのように一はたきで倒され、また毒蛾の鱗粉もさほど効果がないのか、その存在を無視して小屋まで突き進んでくる。
ヘンリーは暗殺者として蟲使いとして、今まで様々な敵とやりあってきたが、今回のような神のごとき力を持つものと対峙したことはなかった。
その大きな力量の差によって、彼のプロフェッショナルとしての行動は全て封殺されてしまっていた。
もはや通常の方法では逃げられないと悟ったヘンリーは、逃走の最終手段として用意していた、転移の魔方陣をあわてて起動させる。
転移の魔方陣は、大地のマナと契約し、己の保有するマナの一部を捧げることによって、他所に移動が可能となる一般には公開されていない秘術である。
ただこの魔方陣は非常に不安定な部分を抱えている。
現在の魔術では、完全に解明できていないマナの意思との契約をおこなうということもあり、移動先座標の指定を正しくおこなったとしても、まれに正確な位置に転移できず、空中やもしくは地中などの少しずれた場所に転移されたり、最悪のケースでは術者本人がマナの意思に取り込まれ、この世にかえってこれないなどの事故も確認されている。
ヘンリーも、もちろんこのリスクは承知していた。
だがもはやそのリスクですらこの危機の前では、小さなものと感じられるくらいの状況に追い詰められている。
転移の魔方陣に乗り、事前に構築してた契約の術式にマナをそそぎ、転移の魔方陣を起動させたのだった。
男の姿はゆっくりと陽炎のように、その場から消えていった。
転移は成功したかに見えた……。
「ギャーーぁーー」
ヘンリーは、この転移が暗殺者としての生涯の中で、最低最悪の決断となったことを知るのだった……。
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