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第29話「怪し火」⑨

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 今回ご主人様がこの件の担当者に任命されたのは、司祭ハットー様の推挙があったからとの事。ネラ様の過去を教えて貰うという形で調査に協力してくれているハットー様ですが……

「ところで今回の怪し火についてだが、何か原因は掴めたのでは無いかな?」

「現在調査中でして……」

「あれだけご息女に熱心に稽古を付けてやってるのだ、まさかあの凛とした出で立ちに惑わされている訳でもあるまい」

 全て知っているのだと言わんばかりに口元に笑みを浮かべるその顔は、司祭とは思えない悪どさをどこか感じさせます。

「……シャルロット様は"火の奇跡"の使い手だと思われます。それが抑圧された環境下でご自身も無意識ながら発現したのかと」

 "火の奇跡"!火に関する奇跡は聖書にも登場しますが、"天と地を繋ぐ門が開かれた"日以降、怪物が出現するようになったのと同時に、その奇跡を何ら聖遺物に頼る事なく、自在に発現できるお方が存在するとは聞いたことはありましたが、まさかシャルロット様もそうだったとは……因みに奇跡の発現には"信仰心"が重要なのですが、心を失っているご主人様は聖遺物を使っても一切奇跡が使えません。

「なるほど……それで鬱憤晴らしをしてやる事で、解決したと言う訳か。流石はレード殿だ」

 そんな企みがあったとは。ご主人様め、異国の地で寂しそうにしているシャルロット様のお相手をしてあげていると思っていたのに。

「ふむ……となると、"火の奇跡"がご息女に宿ったのは例の呪いが原因という訳か」

「いや、原因は呪いでは無く……」

「よく調査してくれた。レード殿の働きぶりは私から総長に伝えておこう」

「それはともかく、この事はネラ様やシャルロット様にはご内密にお願いします。厚い信仰心の証と言えど、異能の力はあの若さには重荷になると思われますので」

「分かっておる分かっておる」

 ハットー様の軽い返事では疑念は消えませんが、ともかく一礼をして退出するご主人様。

「ご主人様、シャルロット様の奇跡について私に教えておいてくれても……」

「え?あぁ、司祭の手前、稽古の理由付けにああは言ったが、本当はお前の思う通り不満を紛らわせたかっただけだ。あとあの剣の腕前と気の強さも興味深かったがな」

 火の奇跡の能力が暴走しないように、憂さ晴らしをさせていたのでは無く、純粋に不満を紛らわせるために相手をしていた……どちらがご主人様の本心かよりも、どちらもご主人様の本心なのかもしれません。もしかしたら、自らも剣の腕を磨きたかったのかもしれませんが。
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