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1話 違和感

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私の名前は篠宮ヒカリ。大学卒業後、地方の小さなスーパーに就職し、5年が経った。彼氏いない歴イコール年齢で、趣味はお酒とアニメや漫画を見ること。実家暮らしで、自分の買いたいものはそれなりに買えて、今の生活に大きな不満はなく、これからも、平凡な日々が続いていくと思っていた。

ある日の朝礼、店長が話し始めた。

「今日から、新しいバイト君が入るので、紹介します」
「山田君、入ってきていいよ」

事務所に入ってきた山田君を見て、みんな騒然となった。
身長は余裕で2メートル以上あり、顔や手などには複数の傷があり、髪は金髪で、目の色は緑で、腰には剣を差していて、年齢は若そうに見えるが、明らかに普通ではないオーラを放っていた。

「店長、この人は?」

私は店長に質問した。

「昨日の夜なんだけど、店の裏に置いてたごみ箱を漁っててさ、声をかけたんだよ」
「お金がなくて、帰る家もなさそうで、困ってたから、うちで雇うことに決めたんだ」

淡々と話す店長に、私は質問を続けた。

「あの~、店長、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「素性の分からない人を雇うのって、ちょっと……」

「だって、みんな男手が欲しいって、言ってたでしょ」

たしかに、うちのスーパーのスタッフは、店長以外は女性で、男手が欲しいという話は以前から出ていたけど……

「見た目で判断するのはよくないと思うんですが、
その……剣はまずくないですか?」

「ああ、これは大丈夫だよ。気になって見せてもらったら、
 刃の部分はなかったから」

「えっ」

「最近のファッションって、すごいね」

いやいや、そんな流行、聴いたことないし、
刃がなくて柄だけの剣って、それはそれで怖いよ。
たぶん日本人じゃない、2メートル以上の人で、
腰に剣を差してて、店の裏でごみを漁ってるって、
どう考えても、危ない人でしょ。

質問ばかりする私に対して、
店長は少し、鬱陶しいような顔をしていた。

「とにかく、山田君には今日から働いてもらうから」
「それで、山田君の教育係は、篠宮さんお願いね」

「私ですか!」

「他の人はパートだし、篠宮さん以外いないでしょ」

「そうですけど……」

「じゃあ、よろしく♪」

そういって店長は、どこかに行ってしまった。他のスタッフも足早に、事務所を出ていき、私は、山田君と二人っきりになった。

私の身長は150cmもなく、山田君をより高く感じた。

「えっと……篠宮です。よ、よろしくお願いします」

山田君はうなづいた。

その後、私は山田君に仕事を教えた。
一度教えたことは、しっかり覚えて、
仕事ぶりも真面目だった。
力仕事はもちろんのこと、事務作業も完ぺきにこなした。

最初は見た目から、誰も山田君に近寄ろうとしなかったが、
私と一緒にいる山田君の様子を見て、
怖い人じゃないことが分かると、

「山田君、棚の上の段ボール取ってくれる?」

「山田君、パソコンが止まっちゃったんだけど、
 どうしたらいいかな?」

「山田君、日曜日のシフト変わってくれないかな?」

1週間も経つと、
会社のみんなから、
頼られる存在となった。

店長に、この1週間の山田君の報告を行うと、店長は

「山田君、すごいよねぇ」

「そうですね、山田君のおかげで、残業がなくなりました」

「山田君を雇って良かったよ」

でも私は、気になることがあった。

「店長、山田君の事で気になることがあるんですが」

「何?」

「山田君って、一言もしゃべらないんです」

「そうなの?」

「私が話したことは理解してくれますし、
 ジェスチャーで返事はしてくれるんですが……」

「たしかに、しゃべってるとこ見たことないね」

「無口っていうレベルじゃないし、何かあるんですかね」

「別にいいんじゃない」

「はぁ?」

私は思わずタメ口で返事をしてしまった。
店長は気にする様子はなく、私の質問に答えた。

「みんな助かってるし、問題ないよ」
「ベラベラしゃべって問題起こす人より、全然良いでしょ」

「そうかもしれないですけど」

「気にしない、気にしない」

「気にしないっていっても……」
「あと、山田君の名前って、本当に山田なんですか?」
「どうやって名前を知ったんですか?」

「何もしゃべってくれないからさ、
 僕が名付けたんだよ」
「なんか山田って感じがしたんだよね」

「……名前も分からない人を雇ったんですか?」

「まぁ、固いことはいいじゃない」
「これからも山田君の事、頼むよ♪」

店長は去っていった。

あいかわらず、いい加減だなぁ。
でもやっぱり気になるよ。

昼休み、事務所で山田君と二人になった時に、
聴いてみることにした。

「山田君、お疲れ」

山田君は頭を下げる。

「あのさ、店長から聞いたんだけど、
山田って本当の名前じゃないんだよね」

「……」

「店長って、いつも適当なんだよね」

「……」

「嫌なら、嫌って言った方が良いと思うよ」

「……」

「なんで山田君はしゃべらないの?」

「……」

山田君は下を向いている。

「別に、怒ってるわけじゃないよ」
「仕事もちゃんとやってくれてるし」
「ただ、何か事情があるのかなって思って」

「……」
山田君はうつむいたまま、何を言わない。

結局、山田君がしゃべらない理由は分からなかった。


退社後、唯一の友人のユリに、カフェで
山田君のことを相談することにした。

ユリに山田君の事を話すと、

「アハハハ、何その子、変わってるねぇ」

「そうなんだよ、なんでしゃべらないのかな」

「それって、しゃべれないのかもしれないよ」

「えっ」

「いろんな理由でしゃべれない人っているからさ、
 もしかしたら、しゃべりたくても、しゃべれないのかも」

「そうなのかな」

「あんまりその事を指摘されると、プレッシャーになるかもしれないね」

「私、嫌なこと聞いちゃったのかな」

「いやいや、ヒカリは普通だって。店長がおかしいんだよ。
 そういうこと確認せずに雇うって、ありえないって」

次に山田君に会ったら、謝らないといけないな。

「今度さ、山田君に会わせてよ」
「興味あるし」

「分かった、山田君に聴いてみる」

カフェを出た後、しばらく二人で歩いた。


「じゃあユリ、私こっちだから」

「家まで送ろうか?」

「大丈夫だよ」

「心配なんだよね。だってヒカリって
 パッと見、小学生じゃん」

「ひどいよ」

私はユリをにらみつけたが、
ユリは笑っていた。

ユリ「アハハ、じゃあ、気を付けて帰りなよ」

そうして、ユリと別れた。

家に向かって歩いていると、
遊び人風の男に声をかけられた。

「ねぇ、今何してんの」

「………」

「俺と遊びに行こうよ」

「………」

「無視すんなよ!」
男に肩をつかまれた。 

ユリの言ってた通りになってしまった。
今さらこんなことを考えていても仕方ない。
何とかしないと。

「何するんですか!」

「何するんですか!って、かわいいなぁ」

「警察呼びますよ」

「いいよ、呼んでも。たださぁ~
 小学生がこんな時間に出歩いて、
 親にバレっちゃってもいいのかなぁ」

こいつ、マジで小学生と間違えてんの?
小学生って思って声かけてくるとか、
気持ち悪い。

バックから携帯を取り出そうとすると、
男に取られてしまった。

「ちょっと、返してください!」

「俺の家に来てくれたら、
 返してあげるよ」

男にしつこく付きまとわれていると、
男の後ろに、見覚えのある男性が現れた。

「山田君⁉」

「な、なんだよお前」

山田君はじっと男をにらんでいる。
男は、山田君の見た目にビビったのか、
どこかに逃げていった。

「山田君」

「……」

何も言わずに立ち去ろうとする
山田君に私は、
「ちょっと待って!」

山田君は立ち止る。

「助けてくれたんだよね」

「……」

「ありがとう」

山田君は小さく頭を下げて、
立ち去って行った。

そういえば、田中君って、
お金に困ってるんだよね。
うちのスーパーのゴミを漁ってたっていうし。
家とか大丈夫なのかな。

自分のことで大変なのに、
私を助けてくれたんだ……
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