田辺さんと沢村さん

クトルト

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7話 クソど下手

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ウソだろ・・
あんだけ、下手で才能がなくても、
朝練までして、大学でもやろうとしてた
ソフトバカなのに。
何があったんだ。
もしかして俺が、沢村さんに正直に言い過ぎたから。
残りわずかの自信を奪ってしまったのか。

「もしかして俺が・・」

俺が話し終える前に、沢村さんは、
「それは絶対に違います!・・・違うんです・・」

ななめ下を見ながら、今にも泣きそうな顔で
「3者面談で、担任とお母さんから、また部活やめるように言われたんです」
「部活するより、勉強に専念した方がいいって」
「続けたって、試合には出れないし、無駄だって」

「それでも、続けたいって言ったんです。そしたら、
 担任とお母さんは・・」


「沢村さん、この際だから正直に言うよ。
ソフトの顧問から言われたんだけどね、沢村さんがいると、
 全体の練習のレベルを上げられないんだってさ。
 チームメイトも、一生懸命頑張ってるって
 思ってくれている人もいるけど、
中には迷惑に感じている子もいるみたいだよ。
 好きなことも大事だけど、向き不向きを知ることも
 大切なんだ。
 自分のためにも、退部を考えくれないか」

「先生もこう言ってるんだから、
さっさとやめたらいいのよ。
また、自分に向いてること見つけて、
 頑張ればいいの。
 ソフトの才能がないってだけで、
 他の才能はきっとあるんだから。」


「って言われて、どうしたらいいか分からなくて」
「向いてるとか向いてないとか、
 才能があるとかないとか、
 関係ないじゃないですか!」
「・・好きなのに、なんでやっちゃいけないの」

今にも泣きそうなのを我慢しながら、
沢村さんは話している。

担任や母親の言っていることは、
沢村さんの事を思ってのことだと思う。
俺も同じような考えで生きてきた。
でも、今は引っかかるんだ。

無駄だと思えることを
努力し続ける沢村さんは、
俺より楽しそうだから。

「何を言われようと、決めるのは、
沢村さん自身じゃないですか」

「私のことだけなら、こんなに悩まないです。
でも、みんなの迷惑になるんなら、
続けることは、わがままなんじゃないかって思って・・」

「俺も朝練、迷惑なんですけど」

「なんで今、そんなこと言うんですか!」
「田辺さんから言ってくれたんじゃないですか!」
「ひどいですよ」
不満そうな顔で、俺を見てくる。

「迷惑ですけど、嫌じゃないです」

「えっ」


「沢村さんと会って気づいたことがあります」
「俺は、今まで自分には才能がないと早く見切りをつけて、
無駄な努力はしないように生きてきました」
「でも、無駄だと思えることを頑張ってる
沢村さんの方が人生を楽しんでいるように見えるんです」
「俺が今まで無駄だと思ってたことは、
 実は意味のある事なんじゃないかって」
「そう考えるようになったのは、
 沢村さんの影響だと思います」


「でも、いくらやっても、上手くならない。
 迷惑かけて、みんなの足を引っ張ってるし、
 レギュラーになんか、なれないかもしれない」

「かもしれないじゃなくて、
 確率はほぼ0です」

「なんで追い打ちをかけるんですか!」

「0とは言ってないです。
 ほぼ0です」

「何が違うんですか!」

「チームのメンバーが退部して、
 9人になれば、自動的にレギュラーですよ」
「続けていれば、可能性はあります」

「なんかうれしくないです」
「才能があって努力して、
 みんなに頼りにされて・・
 そんな自分が夢の中にだけいるんです。」

「俺もそうですよ。才能があれば・・」

俺はふと思った。
「才能ってなんなんですかね」

「何って言われても・・
 そうですね、最初から周りの人より
 上手くできて、成長スピードも速いって
 いうイメージですね」

「才能があるかないかの根拠って
ありますか?」

「・・・どうなんですかね。
自分や周りの判断ですか?」

「そうですよね。こんなあいまいなものに、
 価値ってあるのかなって思うんです。」

「確かに、感覚的なものですよね。
上手い人を才能があるって、後付けで
言うこともありますし」

「人間を測る指標としては、欠陥品です」
「こんな、形のないものに、俺も沢村さんも
振り回されてきたんですよ」

「つまり、どういうことですか?」

「俺は野球が下手で、
沢村さんはソフトがクソ下手っていう
 事実があるだけなんです」

「なんで私だけ、クソを付けるんですか」

「間違えました、クソど下手です」

「正解とかないんですよ!!」
「それに、下手かどうかも根拠はないですよね」

「それはありますよ。沢村さんは、
 キャッチボールでもポロポロ落とすし、
 空振りばっかりするし、
 スイングも遅いし、
 足も遅いし、
 速い球が来たらビビるし、
 あと何がありましたっけ?」

「私に聴かないでください!」

「クソど下手の根拠、分かってもらえましたか」

「田辺さんは悪口を言ってる
 自覚はありますか」

「悪口じゃなくて、事実です」

「なんなん、この人」
沢村さんのほほが膨れてきた。

「怒ってるんですか?」

「怒ってます!」

「そうですか」

「そうですか、じゃないんですよ!」
沢村さんはあきれた表情をしている。
続けて、沢村さんは、
「なんか、田辺さんはずるいです」

「どういうことですか?」

「私だけ・・・言いたくないですけど、
クソど下手、クソど下手って言われて、
田辺さんのクソど下手の部分も見ないと
公平じゃないです。」

「朝練で一緒にやってるじゃないですか。」

「田辺さんは下手じゃないと思います。」
むしろ、上手いですよ。
うちの野球部に入ったら、
確実にレギュラーになれます。」

「そうなんですか」

「そうなんです!だから野球じゃなくて
別の何かを・・・」
「じゃあ、絵を描いてくれませんか?」

「絵ですか」

「黒木君から聴きました。」
「田辺さんは、自分には絵の才能はないって言って
美術部に来なくなったって」

「そうですけど」

「今から、絵を描いてください」

「今からですか」
「別にいいですけど、
絵はクソど下手だと思いますよ」

「だから、意味があるんです」

俺はバックからスケッチブックと鉛筆を取り出した。

「じゃあ、沢村さんを描いていいですか」

「私ですか⁉」

「美術部の課題が人物画なんです。
 提出しないと退部になるんで、
 ついでに課題を終わらせたいと思って」

「さすが、無駄がないですね」

バットを構えた沢村さんを描き始めた。
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