晴れときどき婿日和

丸井まー(旧:まー)

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41:ようこそ。幸せの小鳥さん

 シグルドがいよいよ臨月に入り、いつ産気づいてもいいように、お抱えの医者に常駐してもらうようになった。

 予定日の2日後の昼食の時に、ガツガツ料理を食べていたシグルドがピタッと止まった。


「シグルドさん?」

「……ん? 気のせいか?」

「どうしたんです?」

「なんか腹に違和感があったような?」

「はいっ!? ちょっ、お医者さん呼んできます!!」


 ペーターは慌てて立ち上がり、シグルドの止める声を無視して、医者がいる部屋へと全速力で向かった。
 医者を連れて食堂に戻れば、シグルドが食後のミルクを飲んでいた。


「多分気のせいだぞ」

「シグルド様。念のため診察いたしますね。何事もなく、陣痛の場合は数時間後にまた痛みがあるでしょうから、今日は様子を見ましょう」

「は、はいっ! シグルドさん! 本当になんともないんですか!?」

「今は本当になんともない」


 シグルドはケロッとした顔をしている。念のため医者から診察してもらったが、特に異常はなく、陣痛の始まりの可能性が高いとのことだった。
 寝室で産むことになるので、大急ぎで出産体制を整え、平気だと渋るシグルドをベッドに寝かせた。

 その後、暫く時間を置いてから、またシグルドが微かな痛みを訴えた。シグルドは痛みに強いから、まだケロッとしている。陣痛の間隔が短くなり、本格的に痛み始めると、ペーターはオロオロしながら、シグルドの腰を優しく擦ったり、流れる汗を拭ったりした。

 夜になる頃に本格的に産気づき、ペーターはタオルを握りしめたシグルドの手を握って、痛みに唸るシグルドの側にいた。


「くっっっっそいてぇぇぇぇぇぇ!! ペーター! てめぇ後で拳骨っ!!」

「なんでぇ!? いや、拳骨してもいいですけどぉ!? が、頑張ってくださいっ! シグルドさんっ!」

「もう頑張ってるわボケェェェェェェ!! あぁぁぁぁっ!! くっそいてぇぇぇぇ!!」

「なんかすんませんっ!!」

「はーい。大きくいきんでください。もう少しで頭が出ますよ」

「とっとと出ろやぁぁぁぁ!!」

「シグルドさんっ! あと少し! あと少し!!」


 体感的にはすごく長く感じたが、シグルドは無事に赤ちゃんを産んだ。大きな産声が聞こえた瞬間、ペーターはシグルドの手を握ったまま、へなへなと床に座り込んだ。
 医者がまだ血塗れの赤ちゃんを抱いて、ニコッと笑った。


「元気な女の子ですよ。シグルド様の処置をいたしますので、産湯をお願いします」

「はい。先生」


 助手の看護師が産湯で赤ちゃんをキレイにしてくれている間に、医者がシグルドの処置をしてくれた。汗まみれでぐったりしているシグルドの顔の汗を拭ってやってると、シグルドがペーターを見上げて、ニッと笑った。


「どうだ。ちゃんと子供も俺も大丈夫だっただろう」

「シグルドさん……あ、ありがとうっ、ございますぅっ!」

「泣くなよ。ばーか」


 ペーターはシグルドの手を握りしめたまま、ポロポロと涙を零した。シグルドも、子供も、無事で本当によかった。
 処置をしてくれた医者から、出血はそこまで酷くなかったが、身体が消耗しているので、暫くは安静にしているようにと言われた。

 ペーターは、産着を着せてもらった小さな娘を恐る恐る抱っこした。シグルドに娘の顔が見えるようにすると、シグルドがクックッと笑った。


「まだどっちに似てるか分からなねぇな」

「ですね。『リリア』。生まれてきてくれてありがとう」

「『リリア』。俺達の幸せを運んできてくれる小鳥。ようこそ。俺達の巣へ」


 シグルドが本当に幸せそうに笑ったので、ペーターも半べそかきながら笑った。
 小さな小さな新たな家族の温もりが愛おしい。
 ペーターはそっとシグルドに『リリア』と名付けた娘を手渡した。リリアを抱っこしたシグルドが、嬉しそうに笑った。


「こんだけ元気に泣いてりゃ、逞しく育つな」

「元気でいてくれたら、それだけで十分です」

「だな。父上達は?」

「別室で待ってもらってます。僕、知らせてきますね。会うのは数日休んでからにしてもらいますか?」

「あぁ。流石にちと疲れた」

「ゆっくり休んでください。シグルドさん」

「あ?」

「本当にありがとうございます」


 ペーターがまた泣きそうになるのを堪えて言うと、シグルドがふっと笑った。


「お前の伴侶の頑丈っぷりを舐めるなよ。伊達に鍛えちゃいねぇよ」

「ははっ。あっ! でも、そろそろ休んでください。リリアはお医者さん達と一緒にお世話しときますんで!」

「おぅ。頼む」

「はぁい!」


 ペーターはそっとシグルドからリリアを受け取り、赤ちゃん用のベッドに寝かせた。医者の指示を受けながら、やるべきことをやると、別室で待機してもらっていた義家族の元へ向かった。

 ペーターが義家族が待機していた部屋に入ると、ざっと皆立ち上がった。
 ペーターはまたぐっと込み上げてくるものを堪えながら、大きな声で嬉しい報告をした。


「元気な女の子です! シグルドさんも大丈夫です!」


 義母オリビアがへなへなと椅子に座り、泣き出した。義父アーカイドがオリビアの手を握りながら、ペーターを見て、嬉しそうに笑った。


「そうか。女の子か。2人とも何事もなくて本当によかった」

「シグルドさんは暫くは安静にしとかなきゃいけないですけど、出血の量もそんなに多くなくて、今のところは問題ないそうです」

「まぁ、まぁ……本当によかったわ……名前を教えてくれるかしら?」

「『リリア』です」

「そう……可愛らしくてよい名前ですわ」

「シグルドとリリアに会うのは、少し落ち着いた数日後がよかろう。特にシグルドは、今は休ませなければ」

「はい。旦那様。ペーター。あなたもよくシグルドを支えてくれました。本当にありがとうございます」

「い、いえっ! 僕は当然のことをしただけです! 頑張ってくれたのはシグルドさんなんで、会ったらいっぱい褒めてあげてください!」

「ふふっ。そうしますわ」


 オリビアが涙を拭きながら、本当に嬉しそうに笑った。義兄一家も安心したようで、リリアの誕生をとても喜んでくれた。
 もう遅い時間だが、シグルドを休ませたいからと、義家族は母屋へと帰っていった。

 ペーターが寝室に戻ると、医者や使用人達が器用にシーツを交換してくれていた。シグルドは豪快な鼾をかいて眠っている。
 ペーターは何度もリリアを取り上げてくれた医者にお礼を言って、産後の注意点や新生児のお世話の注意点などを改めて詳しく聞いた。

 全ての後始末が終わり、医者や使用人達が寝室から出ていくと、ペーターは椅子をベッドの側に置き、眠っているシグルドの疲労が滲む寝顔をじっと見つめた。
 シグルドもリリアも無事で本当によかった。ペーターは、じっとシグルドの寝顔を見つめながら、1人ポロポロと涙を零した。

 翌々日。ペーターはシグルドがリリアに初乳を飲ませるところをじっと眺めていた。シグルドの元々むっきり盛り上がっていた胸筋が、心なしか更に盛り上がっているような気がする。
 リリアは髪色と瞳の色はペーターに似たようで、亜麻色の髪がちょろっと生えている。顔立ちは、なんとなくペーターの母ベルナに似ているような気がする。

 恐る恐る縦抱きにしてげっぷをさせるシグルドを見つめながら、ペーターは、ほあーと気の抜けた声を上げた。


「飲みましたねぇ」

「おー。吸われたわ。本当に出るもんなんだな。母乳」

「出てよかったですねぇ」

「あ」

「え?」

「今、尻がぷぷぷって」

「あー。うんちかな?」

「飲んで早速出すかー」

「おむつ替えますねー」

「頼む」


 ペーターはシグルドからそっとリリアを受け取り、赤ちゃん用のベッドに寝かせて、おむつを替えた。下に兄弟が何人もいてよかった。一応、新生児にミルクを飲ませたり、おむつを替えたりはできる。お風呂はまだやったことがないが、シグルドが回復したら、一緒にお風呂に入れさせる予定である。

 ペーターは手を洗ってきてから、小さな小さなリリアの手をやんわりと握り、だらしなく笑った。
 うちの娘は世界で一番可愛い。シグルドは世界で一番格好いいから、ペーターは間違いなく世界で一番幸せな男だ。

 ペーターはシグルドとリリアのお世話に奮闘する日々を送り始めた。


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