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30:ブルーベリー狩り

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セベリノはアロンソやミレーラ達と一緒に、庭の隅っこの日陰にしゃがんで、ニルダとアベラルドを眺めていた。
隣にしゃがんでいるアロンソが、セベリノに寄りかかってきた。


「ねー。おっさん達ヤバくない?」

「ヤバいね。あんなのに巻き込まれたら死ぬ自信しかないわ。俺」

「死ぬのかよ」

「死ぬよ。ヤバいでしょ。あれ」

「母さん。あの二人の治療、俺がしてもいい?」

「いいよ。アル。薬を持ってきて正解だったね。やー。ルドったら、本当にすごく楽しそう。可愛いなぁ」

「可愛い……?熊対熊血で血を洗う縄張り争いみたいな感じじゃん……」


アルセニオが明らかに引いた顔をして、うっとりとアベラルドを眺めているミレーラからじりじりと離れた。
今日はアベラルド一家がブルーベリーの収穫をしに遊びに来ている。ブルーベリーの収穫をする前に、アベラルドがニルダと組手がしたいと言い出し、現在組手の真っ最中である。白熱し過ぎて、もはや組手ではなく単なる殴り合いか喧嘩のようになっているが。ニルダもアベラルドも、実に楽しそうに獰猛に笑っている。ニルダ大好きなセベリノでも、ちょっと引くくらい獰猛過ぎてヤバい。2人とも相当な実力者なので、拳や蹴りが飛び交い、肉を打つ音が響いてきても、2人揃って倒れる気配がまるでない。お互いに結構打撃を受けているのだが、中々勝負がつかない。
この家の庭が広く、鍛錬用のスペースが奥の方で助かった。この組手という名の殴り合いをご近所さんに見られたら、確実に警邏隊に通報されそうだ。庭が荒れないようにと、組手用のスペースを決め、地面に引いた線から出たら負けというルールを作って始めたが、2人とも器用に線内に留まり続け、相手を殴ったり蹴ったり関節技を決めようとしている。
セベリノは腕時計を見た。そろそろ半時は経つ。止め時だろう。今日のメインは、あくまでブルーベリーの収穫なのだ。
セベリノは立ち上がり、ニルダとアベラルドの名前を呼んだ。ぴたっと動きを止め、ニルダが鼻から血を流しながら振り返った。


「そろそろ時間ですよ」

「あとちょっと」

「駄目です」

「あと2、3発」

「駄目です。ブルーベリーが俺達を待ってます」

「しょうがねぇ。今日はここまでにしとくか。次は詰所の訓練場でやるか?彼処なら剣も振り回せるし」

「あぁ」

「昼休みって何処で食ってんだ?食堂で見かけねぇんだけど」

「訓練場で弁当」

「ふーん。じゃあ、昼飯食ったら訓練場に行くわ。時間に余裕がある時にやりてぇ」

「あぁ」


唇から血を流しているルドがニッと笑って、ガッとニルダの肩へ腕を回した。楽しそうに組手もとい殴り合いの話をしている2人を見て、セベリノは若干むっとした。仲がいいのはいいけれど、近すぎやしないだろうか。ていうか、近い。同じことを思ったのか、ミレーラが立ち上がり、貼り付けた笑みを浮かべ、つかつかとアベラルドに近寄り、ニルダの拳を受けていたアベラルドの脇腹をぐりっと拳で押した。


「いてぇ!?」

「あー。思いっきり入ってたもんねぇ。痛いねぇ。痣になってるかもねぇ」

「ちょ、ミリィ!ぐりぐりはやめてっ!ぐりぐりはやめてっ!」

「はっはっは。お風呂借りておいで。とびきり染みる薬を塗りたくってやる。アル。全力で摺り込んでやってね」

「はーい」

「う、うぃっす」

「あ、ニーの治療は僕がするね」

「あぁ。頼む」

「うん。じゃあ、ニー。先にお風呂に入っておいでよ」

「ルド」

「ちょっとお仕置きしたいから、先に入ってきて」

「……あぁ」


妙に威圧感のある笑みを浮かべているミレーラに圧されて、ニルダがちょっと引いた顔をした。裏口に向かって歩き出したニルダを追いかけ、セベリノはニルダの隣に並んだ。


「ニー。大丈夫ですか?かなり入ってましたよね」

「痛い。平気」

「治療には俺も立ち会います。楽しそうで何よりでしたけど、ちょっと組手の域を超えてましたよ」

「楽しかった」

「もー。見てるこっちはハラハラでしたよ」


本当に楽しかったのだろう。ニルダはすこぶるご機嫌である。セベリノはそんなニルダに呆れながらも、アベラルドへの嫉妬心をこっそり燃やした。羨ましい。セベリノでは、ニルダをこんなに楽しそうな顔にしてやれない。セベリノはとても弱くて、ニルダの本気の相手なんてできない。
脱衣場までついていき、ニルダの身体の怪我をチェックしながら、セベリノが嫉妬して拗ねていると、ニルダがセベリノの名前を呼んだ。腹の打撃痕を見て眉間に皺を寄せていたセベリノがニルダを見上げると、すぐにニルダの唇がセベリノの唇に降ってきた。ちゅっと小さな音を立てて、唇を優しく吸われる。ニルダが間近で小さく笑った。


「平気。楽しかった」

「……もー。怪我し過ぎですよ。ミリィにしこたま染みる薬を塗られてください」

「あぁ。セーべ」

「なんです?」

「夜。する」

「え?俺と組手やるんですか?俺死なない?」

「違う」

「ん?」


セベリノが小首を傾げていると、ニルダがくっくっと低く楽しそうに笑いながら、セベリノの耳元で囁いた。


「セックス」


セベリノはニルダの言葉で床に撃沈した。喜びとか照れとか恥ずかしさとか、なんかもう色々ごちゃまぜになって悶てしまう。脱衣場の床で悶始めたセベリノを見下ろして、ニルダが小さく声を出して笑った。熱くなった顔を両手で押さえているセベリノの頭を撫でてから、ニルダが風呂場へと入っていった。セベリノはバッと起き上がり、慌てて脱衣場を出た。ニルダがシャワーを浴びている音なんか聞いちゃったら、確実に勃起してしまう。セックスは既に何度かしているが、だからこそ、より一層ニルダに股間が反応するようになった。慣れる日なんて多分来ないと思う。
怪我の具合を見ている間は平気だったが、耳元であんなことを囁かれたら、絶対に反応してしまうではないか。
少しでも落ち着くこうとニルダ達の水分補給用の水を用意している間に、もしや自分は誤魔化されたのではないかということに、セベリノは気づいた。ニルダの小悪魔さんめ……と、セベリノは悔しくて奥歯をギリギリ噛み締めた。

暴れまわっていた熊2人の治療が終わると、ブルーベリーの収穫開始である。
昨日は収穫しなかったので、今日はそれなりに採れる筈だ。去年のこの時期は、まだ結婚していなかったので、セベリノはこの家にブルーベリーの木があることすら知らなかった。セベリノもブルーベリーの収穫は今年が初めてで、数日前にニルダと一緒にやった。収穫したばかりのブルーベリーは酸味の方が強かったが、それでもすごく美味しかった。
わいわい喋りながら、皆でブルーベリーを収穫していく。今日のおやつは収穫したばかりのブルーベリーである。それだけじゃ足りないかもしれないので、一応お菓子や小さめのサンドイッチも用意してある。
少し高い所の実が採りたいと言うアロンソを抱っこしてあげているニルダにほっこりしながら、セベリノも一つ、薄く白い粉を吹いている濃い紫色のブルーベリーを採った。

思っていたよりも量が採れたので、生で食べるように数粒を残して、あとは冷凍しておいたものと一緒に軽く砂糖で煮てソースにし、ヨーグルトと一緒に食べることになった。子供達が、この食べ方が一番好きらしい。
アベラルドとくっついてきたアロンソと一緒に、セベリノは収穫したブルーベリーを持って、台所へと移動した。
洗ったブルーベリーを軽く拭き、水気をとってから、砂糖と絞ったレモンを入れて火にかける。すぐにブルーベリーの水分が出てきて、甘酸っぱい香りが台所に広がり始めた。
アロンソが真剣な顔で鍋の中を木べらで掻き回しているのを横に、セベリノはヨーグルトや珈琲、アロンソ用のお茶の準備をする。アベラルドはアロンソを見守っている。


「親父。もうちょい?」

「もうちょいだな」

「すげぇいい匂い」

「なー。早く食いてぇわ」


セベリノが仲良し親子にほのぼのしていると、アルセニオが台所に顔を出した。


「すごくいい匂い。珈琲淹れるの手伝うよ。人数多いから大変でしょ」

「ありがとう。アル。助かるよ。じゃあ、ヨーグルトを分けてくれる?器は出してあるから」

「うん。この器可愛い。不思議な器だね。硝子なのに色がついてるし、模様まで入ってる」

「亡くなったニーのお祖父さんがお祖母さんの為に買ったものらしいよ。花の模様が可愛いよね」

「慎重に扱わなきゃ。大事なものでしょ。落として割ったら大変」

「結構丈夫みたいだから、そんなに気負わなくていいよ」

「なんか、この街って見たことがないすごいものがいっぱいあるね。この硝子の器もそうだし。流石職人の街」

「ははっ。体験教室施設に行ったんでしょ。楽しかった?」

「うん。すごく。本立てを作ったよ。ちゃんと彫刻刀で彫り物もしたんだ」

「へぇー。俺はあんまり興味がなかったから行ったことが殆どないんだよね。本を読む方が楽しかったし」

「ちょっと勿体無いね。他にも色んなことが体験できるのに」

「ニーと2人で行ってみるかな。あそこ、子供だけじゃなくて大人も普通に利用できるし。実際、いいデートスポットになってるんだよね」

「あぁ。だから、やたら恋人達が多かったんだ」

「でしょ。時期によっては、子供連れより恋人達の方が多いらしいよ」

「ふーん。あ、セーべさん。前から聞こうと思ってたんだけど、いい古本屋さん知らない?学校の図書館で借りた本がどうしても欲しくなっちゃって。普通の本屋さんの前に古本屋さんで探したいんだよね。お値段高めの本だったから」

「いくつかあるよ。地図を書こうか。俺的に一番オススメなのは、学校の近くにある古本屋かな。学校の卒業生がいらなくなった本を売ることが多いから、学生が読む本の品揃えがいいんだよね」

「え?そうなの?学校の近くにそんな店あったっけ?」

「大通りから少し奥に入った所にあるんだ。俺も先輩から教えてもらうまでは気づかなかったよ」

「へぇー。ありがと。助かるよ」

「にいちゃーん。できたっ!!」


どうやらブルーベリーソースが完成したらしい。珈琲の準備もちょうど終わった。いくつかのお盆に分けて、セベリノはアルセニオ達と話しながら、居間へと運んだ。
収穫したばかりのブルーベリーも、ブルーベリーソースも大変好評で、セベリノ達が用意していたお菓子も喜ばれた。次はアベラルドの家にお邪魔することになった。ニルダが気に入っていた鶏肉のローストを習いに行く。
夕方が近くなるまで居間で楽しくお喋りをして、セベリノはオススメの本をアルセニオに貸してから、帰っていくアベラルド一家を玄関先で見送った。

今日も楽しかったのだろう。ニルダがほわほわした空気を纏っている。セベリノは小さく笑いながら、ニルダの太い腕に自分の腕を絡めた。
見下ろしてきたニルダに、セベリノはニッと笑った。


「ニー。ちょこっとだけ俺とデートしましょ。今夜使う予定のタマネギを買い忘れてました」

「あぁ」

「ついでにお酒も買っちゃいます?」

「ん」


セベリノを見下ろして、ニルダが小さく笑った。セベリノはうきうきとニルダと腕を組んだまま家の中に入り、急いで自室に買い物袋と財布を取りに行った。ただ単に野菜を買いに行くだけだが、デートだと思えばなんでもデートである。ここ最近、休日はアベラルド家の人達と過ごすことが多いので、2人っきりでお出かけというのが嬉しい。アベラルド家と過ごすのはセベリノも楽しいが、やはりニルダと2人っきりというのが一番いい。ニルダをセベリノが独占できるなんて最高だと思う。通勤は、どちらかが休みの時以外は、いつも2人でしているが、それとこれとは話が別だ。休日デートというのがいいのである。
セベリノは居間で待っていてくれたニルダに笑いかけ、軽やかな足取りで家を出た。
今夜の夕食はニルダが好きなものを作る予定だし、その後にはセックスが待っている。明日は仕事なので、そんなに羽目を外せないが、できるだけで嬉しい。
セベリノはだらしなく頬をゆるめて、ニルダと一緒に市場へ向かった。

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