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9:父娘の壁の壊し方

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カールは庭の草むしりをしながら、色々と考えていた。
帰還して数日が経つが、セガールとシェリーの関係があまりよろしくない。シェリーはカールと一緒なら家事の手伝いもしてくれるし、食事も前より食べられる量は減っているが、一応食べてくれる。しかし、セガールとは一切会話をしようとしない。『おはよう』『おやすみ』もなしだ。航海で不在だった半年の間に、また色々と拗れてしまったようで、初めてセガールの家に来た時よりも、関係が明らかに悪化している。

今日はセガールは仕事で、シェリーは学校だ。カールは今日から一週間の休暇なので、暇潰しも兼ねて、庭の手入れを始めた。シェリーに聞いたのだが、シェリーの母親は花が好きで、庭に花壇を作り、花を育てていたらしい。それはキレイなものだったらしいが、今は雑草だらけで見る影もない。草むしりが終わったら、シェリーと花の種でも植えてみようか。花なんて育てたことがないので、種まきがいつの時期なのかも知らないが。
シェリーにも読書以外でやることがあったら、少しは気分転換になるのではないだろうか。

セガールもストレスがヤバいが、シェリーも相当ヤバい気がする。シェリーは未だに母親のことが大好きだし、学校が合わないようなのも大きな要因になっているのだろう。シェリーの学校のことにまでカールが口を出すのは出過ぎた真似だと思うのだが、シェリーが本当に食が細くなって痩せてしまっているので、このまま放置をしておく訳にもいくまい。
どうしたもんかなぁと思いながら、カールはせっせと雑草を引き抜いた。

ほぼ1日かけて、漸く草むしりが終わった。全身が汗ぐっちょりだが、柔らかに吹く秋の風が心地よくて、カールは庭先でぼーっと日向ぼっこをしていた。日があるうちはまだまだ暖かいので、多少汗が冷えても風邪なんか引かない。

カールがキレイになった庭の芝生の上に寝転がって空を眺めていると、ひょいとシェリーがカールの顔を覗き込んできた。


「お。おかえり。シェリー」

「ただいま。何してるの」

「日向ぼっこ」

「年寄りか」

「はっはっは。年寄りじゃなくても日向ぼっこは気持ちいいもんだよ。よっと。シャワーを浴びたら、おやつにしようか」

「……あんま食べたくない」

「もしかして、胃がどうにかある?」

「なんかちょっと痛い」

「急いでシャワーを浴びてくるから、病院に行こう」

「大袈裟だよ。そんなに痛くて堪らない訳じゃないもん」

「念の為だよ。ちょっと待ってて。街に行ったついでに今夜の買い物もしたいし」

「えーー。……まぁいいけど」


カールは大急ぎで家の中に入り、バタバタとシャワーを浴びて、服を着替えた。
もしかしたら、シェリーもストレスで胃をやられているのかもしれない。ただ単に食べたくないじゃなくて、食べられないの方だったのかも。帰ってきた日に気づけばよかった。
カールは財布と家の鍵を鞄に突っ込むと、面倒くさそうな顔をしているシェリーの手を握って、街にあるシェリーのかかりつけの小児科専門の診療所を目指した。

人の良さそうなお爺ちゃん先生に診てもらった結果、シェリーはストレス性の胃炎だった。胃薬を処方してもらった。
カールはシェリーが栄養不足なんじゃないかとも心配して、お爺ちゃん先生に相談してみたのだが、今のところは、まだ栄養剤などの薬を処方しなくてはいけないレベルではないらしい。消化のいい滋養のあるものを食べて、できるだけストレスがかからないように生活をしていたら、すぐに元気になると言われた。

カールはシェリーと手を繋いで、夕食の買い物を手早く済ませると、夕暮れに染まる道を歩いて、丘の上の家を目指した。
ゆるやかな上り坂を歩きながら、シェリーに話しかける。


「シェリー。胃の調子が悪くなったのは、いつ頃から?」

「……ここ1ヶ月くらい」

「パパには言ってる?」

「言ってない」

「そっかー。しんどいの、ずっと1人で我慢してたんだな」

「……パパだって忙しいじゃない。別にこれくらい平気だし。……もう、ママのことだって諦めてる」

「何かあった?」

「……1ヶ月ちょっと前に、私が休みでパパが仕事の日にママが来たの。そんで言われたの。『貴女のこと、本当に愛してるわ。でも、私は真実の愛を見つけちゃったの。ちゃんとお別れを言いに来たのよ。愛してるわ。でも、二度と会わない』だって」

「はぁ!?なんつー身勝手な……」

「ママには、もう私はいらないんだなって思って」

「その事、パパに言った?」

「……言ってない。真実の愛を見つけたってことは、パパのこと、本当に好きな訳じゃなかったんでしょ。パパがちょっとだけ可哀想」

「……そうだね。ねぇ、シェリー」

「なに?」

「一度、パパと2人で腹を割って話し合ってみよう。俺も一緒にいた方がいいなら、俺もいるから。なんなら手を繋いでおくよ」

「…………」

「パパにママが来たこともちゃんと言おう。それで、シェリーがどう思ったかとか、ちゃんとパパにも伝えよう。学校も嫌いなんだろ?その事も一緒に伝えようよ。パパは多分、シェリーの話しが聞きたいと思う」

「……でも、パパに言ったって、どうせ何も変わらない。ママは帰ってこないし、学校だってどうしようもないわ」

「それは分からないよ。3人で、今よりちょっとだけでも前に進めるように話し合おうか。セガールさんも胃をやられて酷い顔のままだし」

「……私のせいよね」

「んー。シェリーだけのせいじゃないよ。セガールさんが多分不器用なんじゃないかな。2人でまともに話し合いとかしたことある?」

「ないわ」

「うん。最終的に喧嘩になってもいいから、お互いに思ってることを全部吐き出そうか。泣いても怒ってもいいから。シェリーが泣いたら、とっておきのホットチョコレートを作ってあげるよ」

「……うん。ねぇ」

「ん?」

「パパと話すの、ちょっと怖いから、手ぇ握っててよ」

「喜んで。シェリー。この際だから、心の中の重たいものを全部軽くしちゃおう」

「うん。カール」

「ん?」

「……ありがと」

「いえいえ。まだ始める前ですよ。帰ったら、パパが帰ってくるまでホットミルクを飲んでいようか。蜂蜜たっぷりの甘いやつ」

「うん。あのジャムクッキーまだある?1枚なら食べられる。多分」

「お。よかった。まだあるよ。一緒に食べよう。あ、シェリー。一つ約束してくれないかな」

「約束」

「辛い時は、ちゃんと辛いって言ってよ。言葉にしてくれないと分からない事って本当に多いからさ。上手く言えないなら、上手く言えないってだけでも言ってくれたらいいし。俺はシェリーもセガールさんの事も好きだからさ、やっぱ今の状態が心配なのよ。いきなりは出来なくていいから、少しずつ頑張ってもらえないかな」

「……うん。カール」

「なんだい?」

「その、ありがと。私もカールが好きよ」

「俺達、友達だからね」

「うん」


シェリーが隣を歩くカールを見上げて、今にも泣き出しそうな不細工な笑みを浮かべた。先日見たセガールの顔にそっくりだ。シェリーも多分、不器用なんだろう。結構似た者父娘なのかもしれない。

明日はセガールは休みだし、シェリーはいっそ学校を休んだらいい。今夜、一晩中話し合っても問題ない。
カールが帰還した日に病院に行ったセガールは、胃に穴が開いていたそうだ。
2人で気が済むまで、お互いに思っていることを吐き出して、喧嘩するなら喧嘩して、泣きたいなら泣いて、これからのことを話し合えばいい。
ちょっと荒療治な気がするが、少なくとも現状維持のままでは、なんの解決にもならない。2人が益々身体を悪くするだけだ。この調子では、シェリーが秋の豊穣祭を楽しめないし、なにより本当に2人が心配なので、早くなんとかしたい。

出過ぎた真似かもしれないが、カールは絶対に今夜、2人に話し合いをさせると決めた。

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